悲惨な過去
マリトッツォが何なのか未だによく分かってないです。
……今なんて?
少なくともこんにちは……いや、挨拶の類では無かった筈だ。
俺の聞き間違いで無ければ、弟子にしてください。とか言ってたような……
この期に及んで洗練された己の聴覚を疑う気はない。
とするとやるべきは言葉の意味を理解する事だ。
『弟子にしてください』か。成程、ふむふむ……
「……えっと、どういうことなのかな?」
ごめん無理だった。
何だ?弟子って。俺が知る限り将棋関係の話でしか聞かない単語だぞ?
それともいつの間にか剣や魔法が蔓延るファンタジーな世界観になったとでも言うのか?
いや、百歩譲ってそうだったとしても初対面でのたまう台詞じゃないだろう。
アニメや漫画等でも普通は時間経過と共に少しずつ師弟関係が成り立っていく筈だ。
刻むだろっ……!普通もっと……!段階をっ……!
俺の不審げな様子に気付いて、大きく目を見開く桐原さん。
同時に彼女の顔はたちまち真っ赤に紅潮していく。
それはもう……まるで熟れた林檎の様だった。
「あ、ああっと……えと、ごごごめんなさい!わ、私急に……あれ?えっと……」
「き、桐原さん?大丈夫だから落ち着いて……?」
「弟子……じゃなくて、ああいや弟子にはして欲しいんですけど。あ、まず挨拶…おはようござ……って違う!こんにちは!」
「……こ、こんにちは。全然俺は気にしてないからね?」
ぐるぐると回る視線、上ずる声、震える膝、滴る汗。
どこを取っても彼女が緊張と困惑の極致に居るのは明白だった。
しかし、俺が出来ることは精々心配はいらないと慰める程度である。
下手に行き過ぎた所に踏み込んでしまえば猶更桐原さんは動揺してしまう。
仕方ないと分かってはいるが何とももどかしい気分だ。
こんな時に頼れるのは……
「はいはい。説明は簡単に私からさせて頂きますねー」
「貴女が神か?」
颯爽と仲介に入ってくれる宮園。
こういう時に円滑に話を進めてくれるのは本当に助かるとしか言いようがない。
入口から差し込む日差しがまるで神聖な後光の様にすら見えた。
そのまま桐原さんの頭をぽんぽんと軽く叩きながら解説をしてくれる。
「そう、あれは一月前の出来事……」
△
「と、という訳で今日は初めてのFPS配信。ネオコロシアムをやって行きたいと思うよ」
【待ってた】
【とうとう茜ちゃんもネコデビューか…】
【ビギナー帯からか。がんばれ!】
「……あ、敵居た!………ってあれ?」
【は?】
【何で死んだし】
【ヘッショでもないしダメージおかしいやろ】
【即死?バグか?】
「な、何で?今のじゃ普通やられないよね?このガイコツの人達おかしくない?」
「へははははははは!!ビビッてんねぇ!雑魚乙!!」
「君桐原茜ちゃんだよね?俺達スカルブラザーズの売名に利用させてもらいまーす!」
「え?え?す、すかるぶらざーず?」
「こっからどんどん他の人の配信も荒らしていく予定なんでぇ、皆様今後とも
どうぞ宜しくぅ!!」
「じゃ、バイバーイ!一発で死んじゃう貧弱な茜ちゃーん。ぶははは!!」
「………………」
【はぁ……】
【これも人気配信者の宿命かね】
【キモイってマジで】
【あれチーターか】
【シンプルにクズ】
「……うぅ…………ぐすっ……」
【あっ……】
【泣かないで】
【元気出して】¥3000
【ドンマイドンマイ!】
【次頑張ろう!】
【あれは茜ちゃん悪くないよ】
「も、もう……はい、ひん……止める。今日はこれで終わりぃ……」
▽
「……って感じの事があったんです」
「いや可哀想すぎない?」
宮園の口から放たれた過去話は何とも悲惨なものだった。
聞いているだけでも胸がむかむかとしてくる。
FPS初日でチーターに狙われて挙句の果てに煽られるって……
人によっては二度とやらなくなってもおかしくないレベルだろ。
全くもって同情する。
しかし……ここでも出てくるかスカルブラザーズ。
何だか一周回って数奇な運命すら感じてきてしまうぞ。
まさかこの先また会うなんて事が……いや、それは無い……よな?
「で、そんな奴らを倒した柿田先輩は茜ちゃんからしたらヒーローそのものなんですよ」
「……だから弟子に?要はFPSを教えて欲しいって事なのか?」
ちらりと彼女の方を見ると小さく頷いてくれた。
成程……宮園のお陰でかなり状況がスッキリしてきたな。
だが、簡単に俺の技術は教えられるものではない。
何しろ軍人経験を活かすプレイなんてのはかなりのレアケースだからな。
「……えっと、桐原さん。一応俺明日配信でネコやろうと思っててさ」
「し、知ってます。18時からですよね?」
「うん。それでさ、俺配信中に軽く自分の立ち回り方とか説明しようと思ってるから。良かったら見てくれないかな?」
「あ…………はい!しっかり勉強させて頂きます!」
……まぁ、落としどころとしてはこんなものだろう。
実際役に立つかは分からないが、やるだけやってみるさ。
「そう言えば聞きそびれてたけど茜ちゃんは何でここまで来たの?」
「……あ、そうだ。ちょっと待ってて」
宮園の質問を受けた桐原さんは慌てて自分が座っていたソファまで戻る。
そうして、ずっと隅に置いていた白い二つの箱を持って再びこちらへとやってきた。
箱をテーブルに置き、おもむろに蓋を開く桐原さん。
「これ、良かったら会社の皆で食べて欲しくて……」
「おお……!」
つまりは差し入れと言った所だろう。
そこに広がるのは色とりどりのカップケーキ達。
甘い香りが次第に玄関ホールを包み込んでいく。
宮園は目を輝かせて再び桐原さんに抱き着いた。
「きゃー!凄い、ありがとうね!!わざわざ作ってきてくれたの?」
「うん……一応……手作り」
「え?これが!?」
見てるだけでも腹の虫がざわめきそうな出来栄え。
ケーキ屋のものと言われても何ら違和感は持てない。
……この子、ゲームだけじゃなくお菓子作りの才能まであるのか?
「あ、それと……そっちのも見てみて」
言われるがままもう一つの箱の方も開けてみる。
「……あっ」
入っていたのは12個のシュークリーム。
粉糖とカスタードの香りが鼻を刺激する。
初配信でも言ったが……俺の大好物だ。
「柿田さんが昨日好きだって言ってたから……駅前にあるシュークリーム屋さんで買ってきたの」
「貴女が神か?」
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次回、柿田の二回目の配信です




