反省会
翌日、さんさんと太陽が輝く午前11時。
俺と宮園は打ち合わせ室にて向かい合う形で座っていた。
「最高同時接続者数80255人。チャンネル登録者数は一日で17万人を突破……と」
「……それって、凄い事なんだよな?」
「ヤバい事ですね」
シンプルかつ死ぬほど分かりやすい一言が来る。
配信業界においての数字の水準をいまいち知らない俺でも目に見えておかしい規模だと分かるからな。
訝し気な宮園の目つきを前に俺は肩をすくめてしまう。
そんな化け物を見るような視線を向けないでくれよ……
恐る恐る見解を問いただしてみる。
「お前からしてもやっぱり予想以上の結果なのか?」
「以上で異常ですよ。8万ってうちの事務所全体含めても圧倒的に最高記録ですし」
「……一応聞いときたいんだけどそれ以前の最高記録ってどの位?」
「確か……全体コラボで4万人ちょいだったかな。あ、いや全然凄い人数ですからね?」
慌てて補足を付け加える宮園に大きく頷く。
そろそろ感覚が麻痺しそうになってくるが4万人と言うスケールは決して軽んじれるものではない。
俺の小学校時代の全校生徒数が確か約400人。
全校集会で揃って体育館に集まった際はやたら窮屈に感じたのを覚えている。
あれの更に100倍の人数が同時に一つの配信を見ていると考えたら……もう夥しいとしか言いようがない。
この算出方法は現実感を取り戻すのにはうってつけなのでこれからも忘れないようにしようと心から思った。
「とまぁ……恐ろしい話ではありますが、勿論これは嬉しい誤算って奴です」
「そ、そうだよな!別に悪い事ではないよな!」
あまりにもぎこちない空気だったが為無駄に恐縮していたがその一言を聞いて安心する。
常識的に考えたら人気になるのが悪い事な筈がないじゃないか。
ここでようやく宮園は満面の笑みを見せてくれた。
「おめでとうございます。最高の初配信でしたよ、先輩」
「み、宮園……」
まるで我が子を称える母親の様な温和な声音に目頭が熱くなってくる。
純粋な称賛は、やはり何よりも強く胸に響いてくるものだ。
最高の結果を初配信だけで終わらせないように、明日以降も頑張っていこう……!
「ところで先輩、今日はもう予定無いんですよね?」
「え?……ああ、次の配信は明日だしな」
元々今日は初配信の反省会を行う手筈だった為予定を開けておいた。
それが終わったとなると特にやるべきことは見受けられない。
一応家で機材の操作方法をもう一度確認しておきたいが……それも数分で事足りる話だ。
つまり今日の俺は完全に暇と言う訳である。
どうしようか……家に帰ってネコのソロモードで事前練習をしておくか。
それとも早々に別ジャンルのゲームに手を付けてみるべきか。
明日に備えてゆっくり休むのもなしではないな。
そんなことを考えていると妙によそよそしい彼女の様子に気付く。
髪をくるくると指に巻きながら、ちらちらとこちらを横目で見てくる。
まるで何かを待ち構えているかのようだ。
「……どうした?」
「いえ、その…………私も、今日は丸々一日空いてるんですよね」
「へぇ……社長故に忙しいって事は案外無いのな」
「配信業界って良くも悪くも変則的ですから。忙しい時と暇な時がはっきり分かれるんですよ」
宮園は俺を誘う時の行動といい自由に立ち回れる事が多かった。
立場的にはもっと業務があるものだと思っていたが……そういう事情があったのか。
確かに配信界隈は時流に合わせて左右されていくものだ。
必然的に予定も何かと偏ったりするのだろう。
「で、その……もちろん先輩が良ければなんですけど」
「おう、何だ?」
「こ、この後一緒に……で、デートとか「社長。少々お時間宜しいでしょうか」
宮園が何かを言いかけた途端に聞こえてくるノック音とハスキーな女性の声。
必然的に俺たちの視線は扉の方へと向かっていく。
「……角谷ちゃんかな?入っていいよー」
「失礼します」
ガチャリとドアが開き、リクルートスーツに身を包んだ眼鏡の女性が入って来た。
角谷ちゃんと呼ばれる彼女は部屋に入るなりこちらを向いてぺこりとお辞儀をし始める。
「こんにちは、柿田さん。先日の初配信は本当に素晴らしかったです」
「あ、い、いえ……全然」
あまりにも直角すぎる礼にたじろいでしまう。
態度と言い立ち振る舞いと言い……とてもきっちりした人だと言う事が数秒で理解できた。
僅かの間の後に頭を上げ、改めて角谷さんは宮園の方へ向き直る。
「どしたの?何かあった?」
「玄関前にて桐原さんがお呼びです」
「……茜ちゃんか。ちょっと待ってて、すぐ行くから」
「了解。その旨を早急に彼女へと伝えておきます」
「ありがとう」
最低限の会話を済ませた後に角谷さんは足早に社長室を後にしていった。
それに合わせて宮園も速やかに席から立ち上がる。
「ごめん先輩。私ちょっと行かなきゃだわ」
「ああ、ていうか俺もついていってもいいか?」
宮園は勢いよく頷く。
桐原茜さん……何はともあれ一応挨拶はしておきたいからな。
その後関わるかはともかくとして同僚として最低限のマナーは必要だろう。
宮園の後を追って俺も玄関ホールへと向かう。
「ところで、さっき何か言いかけてなかったか?」
「……いえ、また今度にしましょう」
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金曜日だーーーーーーーああああああああ




