弟子
新章突入に及び一時的に時系列が半年後、3話の続きからになっております。
「猫宮さんとのマッチ…そんで宮園の手を取って、全部が始まったんだよな」
コンビニ袋片手に帰り道を歩きながら物思いにふける。
考えてみればこの間僅か2日の出来事、余りにも濃すぎるな。
もし半年前、猫宮さんと出会ってなかったら。
差し出された宮園の手を拒んでいたら。
その世界線の俺はどこで、何をやっているのだろうか。
最近はよくそんなことを考えてしまう。
「まぁ、絶対に今より充実した日常は過ごせてないだろうな」
不確定が溢れた仮想の未来の中で、唯一確定している要素を述べる。
これだけは誰が何と言おうと間違いないだろう。
だからこそ俺は、胸を張ってあの日の選択を行った自分を褒め称えられるのだ。
……そう言えば美咲の件について知ってた理由を聞きそびれていたな。
会って話すと言われたが、スカウトの件ですっかり忘れてしまっていた。
ポケットからスマホを取り出す。
半年後に聞くのも変な話だが、今なら電話一本ですぐ宮園に確認できる。
「……ううん、やめとこう」
思い直した俺はそっとスマホを元の位置に戻した。
今更それを知ったところで何かが変わる訳でもないしな。
一々過去の出来事を引きずっていても無意味なのは明白。
それよりも次の配信内容について考える方がよっぽど建設的だろう。
と、自分の中で結論を付けた時の事だ。
「ん?」
家の近くまで差し掛かった所で、背後から熱烈な視線を感じて振り返る。
眼前に広がるのはいつもと何ら変わりない住宅街。
並び立つ家屋に枯れ果てた木々、後は電柱と……人影の様なものはまるで見えない。
とすると単なる勘違いだろうか?
いや、戦場で培われた俺の直感がそうではないと告げている。
間違いなくどこかにいる筈だ。
「……見つけたぞ」
集中して目を凝らし、数メートル離れた電柱からこちらを覗いている少女を視界に捉えた。
「…!」
向こうも察知されたことに気が付き、慌てて柱の後ろに隠れるがもう遅い。
舐めるなよ。俺は視力2.5以上あるんだ。
一歩ずつ、ゆっくりと電柱の傍まで歩み寄っていく。
逃げられないと悟ったのか少女は大人しく出てくる道を選んだ。
目の前に立つのは茶色のトレンチコートを羽織った身長150cm程の女の子。
相も変わらず右目を長い黒髪で覆い隠しているのが気になるが、これは本人なりのオシャレらしい。
彼女の名前は桐原 茜。
弱冠19歳にして圧倒的なゲームセンスを持つプロゲーマーだ。
どれぐらいかと言うと……FPS初心者の状態からネオコロシアムのアルティメット帯まで半年で上がって来たと説明すれば分かるだろうか?
俺みたいに元から十年の経験値があった訳でもなく、完全ビギナーでわずか半年。
正に真の天才とでも呼ぶべき存在である。
そして彼女の所属している事務所の名はニューウィーク……つまりは俺の同僚って訳だ。
茜は少し恥ずかしそうに口角を上げながら、ぺこりと頭を下げ始める。
「こ、こんにちは師匠。へへ、バレちゃった」
「……こんにちは」
口ぶりから察するに、多分後ろから驚かせようと画策していたんだろう。
何とも言えない気分になりながら挨拶を返しておく。
気になるのは、人混みが苦手な彼女がわざわざ電車を使ってここまでやって来た件について。
俺に会いに来たのは確かだろうが……特に予定も約束もして無い筈だ。
茜はもじもじと指を絡ませながらじっと青い瞳でこちらを見つめてくる。
「いきなりごめんね。実は…伝えたい事があって来たの」
「伝えたい事?俺にか?」
こくりと頷かれる。
その台詞を聞いた瞬間に体がピタッと強張ってしまった。
このITが進歩しまくってるご時世に電話ではなく直接会って……だと?
一体どんな内容なんだ?
予想もつかないが、相応の話が降りかかる事を俺は覚悟する。
「師匠……チャンネル登録者数40万人突破おめでとう!」
そう言う彼女の顔は敬意と歓喜に満ち溢れていた。
拍子抜けという言葉がまさにぴったりな心境だ。
茜の口から放たれた真相は、めちゃくちゃ電話でいい内容だった。
……いや、違うな。
電話で済ませればいい話なんてのは所詮俺視点での話に過ぎない。
彼女からしたらそれ位大事な内容なんだろう。
だったら俺はこの賛辞を素直に受け取るべきだ。
「……ありがとな。茜の方こそアルティメット帯到達おめでとう。やっぱお前は天才だよ」
「えへへ。そんなことないよ、全部師匠のお陰だもん」
首を横に振って謙遜する茜だが、そんなことはないと声を大にして言いたい。
この半年間による成果は間違いなく本人の才能と努力あってのものだ。
俺の教授なんて微々たる要因だろう。
師匠と言う呼び方から察した人間が居るかもしれないが、一応彼女にFPSの技術を教えたのは俺だ。
と言ってもあくまで最低限、イロハのレベルに過ぎない。
その割にはまぁ……かなり慕われてる訳なんだが。
何にせよ、そこら辺の経緯についても詳しく語りたい所である。
その為にもまずは……俺が初配信を迎える前日まで遡ってみるとしようか。
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今回の章はタイトル通り配信デビュー時期の流れを綴っていくつもりです。
初回配信や猫宮さんと改めてのコラボ、今回出てきた茜等の話が中心予定。
触れるのが遅くなってしまいましたが週間ランキング一位誠にありがとうございました。
これも皆様の寛大な応援のお陰です。
今後も精進してまいりますので何卒宜しくお願い致します。
いやもう本当に光栄が身に余り過ぎて身体張り裂けそうなレベル……




