引退と約束
作者はFPSや軍人関連に関してはドが付く程の素人なのでご都合主義な部分や至らぬ点が多々あるとはございますが、ご了承のほどをお願いいたします。
「軍を辞めるというのはやはり冗談では無かったのだな」
提出した辞表を眺めながら、ぼそりと長官は呟く。
さぞ名残惜しそうな表情を見て思わず決心が鈍りそうになるが……
「……申し訳ありません。既に心は決まっております」
自ら退路を塞ぐように謝罪を述べ、びしっと頭を下げる。
「いや、いいんだ。前々から覚悟はしていた…君は冗談でそういう事を言うタイプでは無いからな」
あごひげを弄りながらふっと彼は笑って見せた。
恐らく責任を感じてる俺の心を少しでも解きほぐそうとしてくれたんだろう。
煙管を咥えながら、物思いにふける長官。
「俺が長官の座に着いてもう10年以上経つが……柿田 通。君ほど優れた軍人は後にも先にも居なかった」
「いえ、私はそんな……長官殿にお褒めいただく程大した人間ではございません」
顔を赤らめながら必死に否定の言葉を口にする。
「謙遜はよせ。君がこれまで挙げてきた戦果がそれを物語っているんだ」
長官はおもむろに席から立ち上がって、俺の目前まで歩く。
コツコツと革靴の足音が作戦室内に響き渡る。
……確かに、俺は今まで活躍してきた。
銃弾飛び交う戦場を駆け抜ける毎日。普通の生活をしている人間なら一生味わえないであろう体験だ。
そんな世界で生きていくには当然強くなければいけないからな。
が、俺一人で得た勝利とは口が裂けても言いたくない。
これまで多くの人が俺を支えてくれた。だからこそここまでやって来れたんだ。
共に切磋琢磨し、背中を預け合った同期。
厳しいながらも過酷な世界の中で生き残れるように強く育ててくれた上官たち。
そして何より…
俺の肩を抱いて、がっしりと力を籠める長官。
「フィアンセに宜しく。是非とも結婚式には呼んでくれよ?」
「はい!その際は主賓をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「構わんさ。君の活躍っぷりをご家族にも教えてやりたいからな」
もう最後に会ってから十年もの年月が経った、彼女との約束。
『10年後にまた会いましょう。その時、私達は結婚するの』
軍人として生きていく中でどれだけこの言葉が糧になったか。
全くもって計り知れない。
再会という希望を胸に、ここまで俺はやって来れた。
地獄の様な訓練も、目を逸らしたくなるほど凄惨な戦場も……乗り越えることが出来たんだ。
そう全ては……彼女に、美咲に会う為に……!
◆
「はぁ……あんたまだ死んでなかったんだ」
「は?」
その一言で喫茶店内の空気は凍り付く。
周りの人たちは皆、宇宙人でも見るような目つきを俺たちに向けていた。
だが俺にとってそんなものは些末な事でしかない。
……今何て言った?
投げかけられた言葉の余りの醜さに、思考が追い付かなくなる。
幻聴かとすら疑った。
しかし彼女の、桃矢 美咲の向ける視線の冷たさがその可能性を否定する。
心底鬱陶しそうにしかめた表情。
明らかに俺を嫌悪しているのは一目瞭然だった。
「……ど、どういう事だよ?」
上ずった声で問う。
既に心中は全くもって穏やかではない。
荒れ狂う波の様に様々な感情が乱高下を繰り返していく。
そんな俺の困惑など知らんと言った様子で美咲は続けた。
「どういうも何も、あんな約束なんて最初から守る気無かったし」
「最初って…………10年前から?」
「正直適当な所で死ぬと思っててさぁ。それであんたが残した金だけ貰ってく算段だったの」
悪びれることもなく美咲は頬杖を突いて笑う。
その様子から罪悪感の様なものは微塵も見当たらなかった。
俺には分からない。
今、こいつは何を言っているんだ?
ていうか……こいつは誰なんだ?
『必ず生き残って帰ってくるって信じてる。私はずっと待ってるから』
「てかさ、28にもなって未だに高校生時代の思い出引きずってたの?引くんだけど」
救われるような過去の美咲の言葉。
心を抉り取るような現在の美咲の言葉。
この真逆とも言える二つの台詞が、同じ人間から発せられたものだとは思えなかった。
脳が理解を拒んだのだ。
嫌だ。嘘だ。信じない。信じたくない。
次いで頭の中で繰り返されるのは必死な否定。
嘘だと言ってくれ。頼むから。
だって……もし今全部言ったことが本当なら。
俺の事など、都合のいい金ヅル程度にしか思っていなかったと言うのなら。
「だったら……俺は今まで何の為に……?」
「知らない。てかあたしもう行くから」
愕然とする俺をよそに美咲は長い茶髪を揺らしながら立ち上がる。
そのまま隣に置いていたブランド物らしきバッグを引っ掴んで勢いよく肩に掛けた。
背を向ける彼女に、藁にも縋る様な思いで問いかける。
「行くって……どこにだよ」
「どこも何も、彼氏の所だけど?この後デートの約束あるから」
あっけらかんと言い放たれた。
最後の希望すらいとも簡単に打ち砕かれる。
向こうからしたら既に俺の存在など道端を歩くアリと同然だったのだろう。
こちらに顔を見せないまま美咲はひらひらと手を振って別れを告げる。
「じゃあバイバイ。もう二度と会う気無いから連絡しないで……あ、ここの会計は宜しくね」
残された俺は、ただ茫然と過去の美咲との思い出を振り返る。
『ここのケーキ美味しい!絶対また一緒に食べに来ようね!』
何気ない約束も。
『私ね……通くんに出会えたこと、運命だって思ってるんだ』
歯の浮くような甘い言葉も。
『絶対帰って来た時にまた言わせてよね。……大好きだって』
「あの時も……!」
全ては嘘だったのだ。
目を覆いたくなる程残酷で、どれだけ否定したところで逃げようのない。
残された俺はただ、そんな現実に涙を流すことしか出来なかった。
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