自称ビッチの小松さんがウブだということを俺だけが知っている
「あー、マジ眠ーわー。昨日も大学生の彼氏が朝まで寝かしてくんなくてさー」
「へー、そうなんだー! 小松さんたら大人ー!」
やれやれ。
今日も小松さんが隣の席の足立さんに見栄張ってるよ。
どうせ寝不足なのは深夜アニメの『ラブ☆ハーモニクス』をリアタイしてたからでしょ?
……まあ、俺もしてたけど。
俺が小松さんに生温い目線を向けていると、それに気付いた小松さんが「何だよ前野、何か文句あんのかよ」とでも言いたげな顔で俺を睨んできた。
いえいえ、別に文句はありませんけどね。
はぁ~、何でこんな状況になっちゃったんだろうなぁ。
――話は一ヶ月程前に遡る。
「ねえねえ小松さん、今からみんなでパンケーキ食べに行こうって話が出てるんだけど、一緒に行かない?」
「え?」
とある放課後、足立さんが天真爛漫な笑みを浮かべながら、小松さんに声を掛けた。
「あ、あー、せっかくだけどあーしはこれから彼氏とデートだから遠慮しとくわ。ゴメンね」
「あれ? ついこないだ彼氏と別れたって言ってなかったっけ?」
「あ! うん! そ、それとはまた別の彼氏が出来たんだよねッ!」
「へー、そうなんだー! 小松さんもなかなかやるねぇ」
「ア、アハハハハ、別にこのくらい普通っしょ」
ふーん、やっぱ小松さんてそんな感じなのかぁ。
小松さんは輝くような金髪に濃いメイク、全身にジャラジャラつけたアクセサリーが良くも悪くも眩しい、絵に描いたようなギャルだ。
だが悔しいことに美人でスタイルもいいので、いかにも男からモテそうではある。
現に今の発言からも彼氏を取っ替え引っ替えしてるみたいだし、俺みたいな彼女いない歴イコール年齢のオタク野郎とは対極に位置する存在だな。
まあ、俺は別にそんなの気にしないけどね。
俺は俺だし。
……いや、断じて強がりじゃないよ?
……さて、俺も帰るかな。
俺は意気揚々と帰り支度をし、とある場所へと向かった。
そして俺がやって来たのは、学校から少し離れたところにある小さなカラオケボックス。
「すいません、学生一人、二時間でお願いします」
「はい、では206号室へどうぞ。ごゆっくり」
すっかり顔馴染みになった店員さんから笑顔で送り出された俺は、颯爽と206号室へと歩を進めた。
これが俺の一番の趣味、『一人カラオケ』である。
あ、今一人カラオケをバカにしただろッ!?
寂しいやつだと思っただろッッ!!?
俺は寂しいやつなんかじゃないッッッ!!!!
そもそもみんなで行くカラオケって好きな曲入れづらいし、音程ズレてないかスゲェ気になるし、全然楽しくないんだよねッ!!
その点一人カラオケならアニソンだって入れ放題!!
音程なんか気にせず大声で歌っても大丈夫だしで、良いこと尽くめ!
悪いこと言わないからみんなも一回やってみ?
絶対ハマるからさ!(悪魔の囁き)
『あ~、真夏の恋は錆びたシンセサイザ~』
「……ん?」
俺が206号室へと入ろうとした、正にその時だった。
隣の205号室から俺が大好きな深夜アニメ、『ラブ☆ハーモニクス』のオープニングテーマである、『真夏の恋は錆びたシンセサイザー』を誰かが歌っているのが耳に入った。
しかも女性の声だ。
女性で夏シン(真夏の恋は錆びたシンセサイザーの略)をチョイスするとはお目が高いッ!!
いったいどんな人がッ!?
思わずガラス越しに205号室の中に目線を向けると、そこには――。
『……あ』
「……あ」
一人でマイクを握り締めている小松さんと、バッチリ目が合ったのであった。
「いいか前野!? このことはゼッテー誰にも言うなよッ!!」
「わ、わかったよ、そんなに怒鳴らなくても、誰にも言ったりしないよ」
小松さんに205号室に引きずり込まれた俺は、物凄い剣幕で口止めをされた。
「あーもうマジ最悪ッ!! ここなら誰も来ないと思ったのに、何で前野がいんだよー!!」
いやそれはこっちの台詞なんですけど。
それにしても……。
「意外だね、小松さんアニソン歌うんだ」
「ハッ、どーせお前もあーしのことバカにしてんだろッ!? 学校じゃビッチのフリしてたあーしが実はただのオタク女で、内心ドン引きしてんだろッ!!?」
「い、いや、そんなことないよ……」
確かにちょっとビックリはしたけど。
「……何でビッチのフリなんてしてるの?」
「っ! それは……」
小松さんは一瞬だけ逡巡した素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「お前にゃあーしの気持ちなんてわかんねーよ。周りから冴えない芋女って思われるのが、どんだけ惨めか」
「は? 冴えない芋女?」
ギャルでデーハー(死語)な小松さんのことをそんな風に思ってる人はいないと思うけど……。
「……ホラ、これ」
「?」
小松さんがスマホの画面を見せてきた。
そこには丸メガネをかけた黒髪の、全体的にもっさりしたいかにもオタクっぽい女の子が写っていた。
……誰、これ?
「これが中学の時のあーしだよ」
「ファッ!?!?」
こ れ が!?!?!?
今と全然ちゃうやんけッ!!!
「こんな見た目だったからさ、同じクラスのビッチギャル達からそれはそれは見下されてたんだ。……だからあーしは高校行ったらイメチェンするって決めてたんだよ! ギャルっぽい喋り方も練習したし、メイクも死ぬ気で覚えたね!」
「……そうだったんだ」
まさか小松さんにそんな過去があったとは……。
「でもやっぱアニメは好きだからさ。たまにこーして一人カラオケでアニソン熱唱してたんだ」
「……」
小松さん……。
「……正直、小松さんが言う通り、俺にはそこまでしてビッチのフリをする気持ちはわからない」
「ハッ、いいよ別に! わかってほしいなんて思ってねーし!」
「でも、アニメが好きだっていう気持ちならわかる」
「――え?」
「――実は俺も、一人カラオケでアニソン歌うのが趣味なんだ」
「えっ!!? マ、マジかよッ!!?」
途端、小松さんはバトルアニメで主人公のピンチに師匠ポジのキャラが駆けつけてくれたのを見たみたいに、顔をパアッと輝かせた。
「夏シンは俺も持ち歌だよ。ラブハー(ラブ☆ハーモニクスの略)も毎週リアタイしてるし」
「うおおおおおおおお!!!! ラブハーマジ面白れーよなッ!!! ヒロインの人格が108個もあるとか、マジパねえよッ!!」
「そうそう! 特に50番目の人格が織田信長だった時は度肝を抜かれたよ! 急に敦盛舞い出すんだもん!」
「もう何でもアリだよなッ!」
この日は二人でそれはそれは盛り上がった。
それ以来、たまに二人でコッソリ放課後このカラオケボックスでアニソンを熱唱するのが恒例になった。
――だが、あくまで俺達の関係はこのカラオケボックスの中のみのもので、学校では他人のフリをしている。
まあ、これからも小松さんはビッチのフリをし続けるつもりなのだろうし、俺と接点があるなんてバレたらビッチじゃないこともバレかねないから、さもありなんといったところだが。
小松さんがビッチだろうがビッチじゃなかろうが、バカにするような人はうちのクラスにはいないと思うんだけどなあ。
そうした訳で、今日も今日とてビッチのフリをしている小松さんに、生温い目線を向けている俺であった。
「あ! そうだ小松さん! 今度その大学生の彼氏さんも誘ってダブルデートしない?」
「――え?」
えっ!!?
あ、足立さん!?!?
急に何を!?!?
「あ、あーでも、あーしの彼氏スゲェチャラいから、会っても全然楽しくねーと思うよ?」
そもそも存在すらしてないから、絶対会えないけどなッ!
「大丈夫大丈夫! 全然気にしないよ私は! ……それとも何か、会ったら都合が悪いことでもあるのかな?」
「い、いやッ! そそそそそそんなことはねーけどッ! ……わ、わかったよ。しようぜ、ダブルデート」
小松さんッ!?!?
また君はそうやって見栄を張って!!!
俺は知らないからな!!
――が、意味あり気な目線を向けてきた小松さんを見て、俺はそこはかとなく嫌な予感がした。
「頼む前野、一生の頼みだ!! あーしの彼氏役をやってくれ!! 心の友よッ!!」
「ジャイ〇ンがものを頼む時の言い方ッ!!」
嫌な予感が見事に当たったぜ!!
昔からこういう予感だけは当たるんだよな……。
放課後、小松さんからいつものカラオケボックスに呼び出された俺は、無茶ブリと形容するのさえ生ヌルい無理難題を前に、ただただドン引きしていた。
「よりによって何で俺なのさ!?」
「こんなこと頼めるのお前しかいねーじゃんかよッ! わかれよッ!!」
「いいやわからないしわかりたくもないねッ! 小松さんの今の彼氏は大学生のチャラ男って設定なんでしょ? 逆立ちしたって俺は大学生のチャラ男には見えないよ! そもそも俺も足立さんとはクラスメイトだしね!」
「いやいや、そこはあーしがお前をどこに出しても恥ずかしくないチャラ男に改造してやるから大丈夫だって。きっと足立さんにもバレねーよ」
「チャラ男になんかなりたくないッ!!!」
俺が一番忌避してる存在なのにッ!!!
「……なぁ、本当に頼むよ前野」
「っ! ……小松さん」
途端、小松さんは目元をうるうるさせながら上目遣いを向けてきた。
くおっ!!?
お、俺としたことが……!
ちょっとだけ……!
ほんのちょっとだけ可愛いと思っちゃったじゃないか……!
相手はあの小松さんなのに……!
「協力してくれたら、お礼に何でも言うこと聞いてやるから!」
「な、何でも……!?」
薄い本で死ぬ程見た台詞……!!
……くっ。
しょ、しょうがない。
友達がこんなに困ってるんだ。
ここで見捨てるのは、男らしくないよな、うん。
「……わかったよ。でも今回限りだからね」
「FOOOOO!!!! 前野ならそう言ってくれると思ってたぜ! 今度叔父さんのクルーザー乗せてやっからよ!」
今度はス〇夫の真似かよ。
「紹介すんね! これがあーしの彼氏のあっくん!」
「はじめましてー! 私は小松さんのクラスメイトの足立っていいまーす!」
「は、はじめまして。僕も同じくクラスメイトの浅井です」
「チョリーッスッ!! あっくんでーっすッ! チャラ男やってまーすッ! チャラ男ビーム!!」
いやチャラ男ビームって何だよ!?(哲学)
……嗚呼、死にたい。
今更だけど引き受けるんじゃなかった。
秒単位で俺の中の大事な何かがガリガリ削られていってる気がする……。
だが流石小松さんがプロデュースしただけあって、今の俺は誰がどう見てもチャラ男にしか見えないだろう。
髪もスプレーで金髪に染めたし、変な形のグラサンにEX〇Tみたいな服装!
これならきっと足立さんと浅井君にもまさか俺だとはバレないはず!
――俺達はいつものカラオケボックスに四人で膝を突き合わせていた(何故か足立さんがこの店をデート場所に指定してきたのだ)。
しかも俺が初めて小松さんを目撃した205号室だ。
これも何かの因縁だろうか……。
「これが私の彼氏のともくんでーす。可愛いでしょー」
「いやまーちゃん!? 僕はさっき自分で自己紹介したから!? あと人前で抱きつくのはやめてっていつも言ってるでしょッ!」
オウオウ……、また足立さんと浅井君が人目もはばからずイチャついてるよ。
この二人は我がクラス内でもトップ級のバカップルで、いつも周りから香ばしい目で見られている。
因みに足立さんの下の名前は茉央だから『まーちゃん』、浅井君の下の名前は智哉だから『ともくん』と、互いに呼び合っている。
こういうところもいかにもバカップルっぽいと俺は感じる。
「いやあ、でもお二人もいかにもお似合いのカップルって感じですよねー!」
「そ、そう? まあ、あーしとあっくんはマジで愛し合ってっかんね!」
「――!」
そう言うなり小松さんは、俺の腕にこれでもかと腕を絡めてきた。
ふおおおおおおおおおおお!?!?!?
ギャルゲーの中でしか経験したことのないシチュエーションが、まさか三次元で俺の身に起こるとは……!
……でも、余程小松さんは見栄を張りたいんだな。
ホントは俺みたいな冴えないオタク野郎には触れるのさえ嫌だろうに、無理してこんなことまでして。
「なるほどなるほどー。じゃあじゃあ、具体的に相手のどこが好きなのかお聞きしてもいいですか?」
「「……は?」」
「初対面でもグイグイいくねまーちゃんはッ!!」
ホントだよッ!!
これだから陽キャは苦手なんだッ!!
……しかしこれは困ったぞ。
俺達はあくまで偽の恋人同士なんだから、どこが好きかなんてパッとは出てこない……。
「あ、あー、えーっとねー、それはさー」
とはいえ、小松さんは何とか絞り出そうと苦心している様子だ。
何だか俺もいたたまれないし、無理しないでいいからッ!
――が、不意に小松さんは何かに気付いたような素振りをしたかと思うと、途端に笑顔になった。
「……やっぱ、一緒にいて楽しいとこかな」
「――!」
……小松さん。
「あっくんといる時だけはさ、なんつーかありのままの自分でいられるっつーか。スッゲェ気持ちが楽なんだよね。素の自分を受け入れてくれてるのが、マジ嬉しいっつーか。超照れるっつーか。……いや、何言ってんだろあーし! ハハハ、マジウケる!」
小松さんは頭をポリポリと掻きながら頬を赤く染めた。
そんな風に思ってくれてたのか……。
あ、いやいや、今のはあくまで演技なんだろうから、真に受けるなよ、俺。
「ほほう、これはお安くないですなぁ。――では、次はあっくんさん、どーぞ!」
「えっ、お、俺!?」
つーか『あっくんさん』て……。
さ〇なクンさんみたいなもの?
ううん、小松さんがあんなに迫真の演技をしたんだ。
俺のせいで偽物だってバレる訳にはいかない……。
……だが、何を言えばいい!?
うわっ!
頭の中が真っ白だッ!!
そもそも俺、人前で喋るのとか超苦手なんだよッ!!
やっぱりこんなの、俺には荷が重かったんだ……。
ゴメンよ、小松さん……。
「……あっくん」
「――!!」
その時だった。
小松さんが潤んだ瞳で、俺を心配そうに見つめてきた。
その目を見た瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
……嗚呼、そうか、そうだったのか。
「――俺もやっぱ、一緒にいて楽しいとこかな」
「っ! あっくん……」
うん、そうだ、そうだったんだ。
「二人でいると喧嘩することも多いし、ぶっちゃけメンドクセーなって思うこともたまにはあるんだけど、そういうところも含めて好きっていうか。生活の一部になってるっつーか。かけがえのない存在っつーか。……上手く言えねーけど、まあ要は、俺はどうしようもねーくらい、こいつのことが好きみたいだわ」
「あ、あっくん……」
何故か小松さんは今にも泣き出しそうな顔になっている。
いやはや、まさかこんな形で自分の本当の気持ちに気付くとはなぁ。
「なるほど、お二人の気持ちはよーくわかりました。――じゃ、ともくん、私達はお邪魔みたいだから帰ろっか」
「「えっ」」
あ、足立さん!?!?
「それではごゆっくり~」
「ま、まーちゃん! 待ってよまーちゃああん!」
足立さんはタッチパネルで素早く曲を入れたかと思うと、自分では歌わずにそのまま部屋から出て行ってしまった。
浅井君もその背中を追う。
205号室には俺と小松さんだけが残された。
え? どういうことなのマジで?
何が起こったの今??
誰か三行で説明してくれない??
――その時だった。
部屋の中に、『真夏の恋は錆びたシンセサイザー』の前奏が、爆音で流れ始めたのだった。
「「――!!!」」
あ、足立さんッッ!!!!
まさか足立さんは、最初から全部……!
「ハハッ、よーし、今日は夜までアニソン歌いまくんぞ前野!」
小松さんが満面の笑みで俺にマイクを手渡してきた。
……やれやれ。
「はいよ。今日一日俺は小松さんの彼氏役だからね。お付き合いしますよ」
「よくわかってるじゃねーかあっくん! ――あ、約束通り何でも一つだけ言うこと聞いてやるよ。何がいい?」
「え? ……うーん、そうだなぁ」
小松さんはワクワクした顔で俺を見つめてくる。
――「俺と本物の恋人同士になってほしい」って言ったら、小松さんは何て言うかな?
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
そちらでは足立さんと浅井君が主人公ですので、もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)