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萌え袖ニートの萌実さん。  作者: ソメイヨシノ
7/12

7袖

今から5年前の冬、萌実(もえみ)が転校してきて約半年が経過した頃、俺は初めて歩実(あゆみ)さんと出会った。


「お前が、私の妹を虐めているのか。」

冷たい視線と頬にビンタを食らったのが始まりだった。

歩実さんは当時高校1年生。 小5の俺から見たら、大人の女性と大差なかった。

俺は彼女を虐めてなく、むしろ味方であると主張したが、信じてもらえなかった。

「いつか裏切るつもりだろう。」

そう言われて本当にショックだったが、

「早良くんは私の友達なの! お姉ちゃん!これ以上、早良(さわら)くんに悪口言うなら怒るよ!!」

萌実はスカートを両手で握り歩実さんに必死に訴えてくれた。

実の妹に説得され、俺はなんとか歩実さんに半信半疑だが信じて貰えるようになった。



小学6年生の春。 萌実との待ち合わせ場所の校門に彼女の姿はなく、1時間程待ったが、結局彼女は現れなかった。

先に家に帰っているかと思い、彼女の家に向かった。



家の前の一本道で歩実さんと出会った。

「今日は萌実と一緒じゃないのか?」

「うん。 待ってたんだけどいなくて。」

「そうか。 先に帰ったのかもな。」

「そう思って萌実ちゃんの家に行く途中。」


歩実さんに玄関を開けてもらい、リビングに入ると、萌実がいた。

萌実は泥だらけの服に、切り傷だらけのランドセルを胸の前に抱えて泣いていた。

「萌実ちゃ………」

「萌実! 何が合ったんだ!?」

俺よりも先に歩実さんが問い詰める。 その表情は鬼のようにこわばっていた。


萌実は俺達に合ったことを説明した。

沢村達に無理やり校舎裏まで連れて行かれて、雨上がりの土壌の上で蹴られ、転がされたこと。 図工の時間の彫刻刀でランドセルやスカート、髪の毛まで切られたこと。


一連の話しを聞いて、俺は自分の無力さを痛感した。

歩実さんは悔し涙を流している。


そんな時、ふと萌実が涙を流しながら言った。




「私って、生きてちゃダメなのかな??」




彼女の発言を聞いた瞬間、歩実さんは萌実を抱き締めた。

姉妹はどちらも嗚咽をあげて泣いていた。

俺はまだ、立ちすくんだままだった。


西に向かう太陽がリビングを嫌なほど橙色に染め上げていた。


次の日から、萌実は学校に来なくなった。 虐めの対象は萌実を庇ってた俺へと移り、俺はクラスで孤立した。





ライブの日以来、萌実との連絡が絶たれてしまった。 彼女にメールや電話が届かなくなってしまったのだ。


枕元に置いていた携帯電話のメールの受信音で目が覚める。

ボヤけている目で文面を読む。 歩実さんからのメールだった。

「「19:00に駅前のホテルに来てくれ。」」


え? ホテル!? 俺はその単語に衝撃を受ける。 どう返事をすれば良いかわからない。

取り敢えず、「「わかりました」」と返信してみたが、頭の整理が出来ていない。


一旦落ち着こうと思い時計を見る、8/26(日) 13:40 と表示されている。あと6時間もない。



「お兄ちゃん、起きてる?」

悶々としている中、千夏が起こしに来た。

「うん起きてるよ。」

千夏は頬を膨らませ俺に言う。

「もう昼すぎだよ!? 生活のリズム直しなさい!」

日常生活にうるさいところは母親譲りだ。

「お腹空いてるでしょ? ご飯出来てるからリビングに来てね。」

そう言うと、千夏は1階に降りて行った。



リビングに行き、朝昼兼用の食事をしていると母が千夏に言う

「昨日、萌実ちゃん来たんだってね。私も会いたかったわぁ。」

「うん!萌実さん相変わらず、すっごく美人だったよ! 多分、彼氏さんとか居ると思う!」

千夏はそう言いながら俺を見る。

「お兄ちゃん、萌実さんって彼氏いるの?」

「あいつニートだぞ? いないと思うけど。」

「彼女と接点がある男の子って、健一ぐらいしかいないんじゃないかしら。」

母は千夏に言う。 千夏は俺を見て

「じゃあ、お兄ちゃんが彼氏になってあげなよ!」

「そうねぇ。 あんな美人さん滅多にいないわよ。」

勝手に話を進める女性陣に向かって言う。

「萌実は(ただ)の友達だぞ。」

「えぇ、ロマンがないなぁ」

妹は言う。

「萌実ちゃんにまた今度遊びに来てって伝えといて!」

千夏の言葉に俺は不安のようなものを感じた。





約束の19:00俺は指定されたホテルの部屋の前に立っていた。

これから何が起こるのか、期待や不安が混じり、足が前に進まない。


そうたじろいでいると、後ろの空間に人の気配をかんじた。

「何をしている?」

後ろから歩実さんの声が聞こえ、彼女は先に部屋に入って行った。

「早く入れ。」

「は、はい」

声が上ずる。緊張しながら一歩前に進んだ。




歩実さんはソファーに座り、コーヒーを一杯飲み干してから話し出した。

「この前の13日に何があったんだ? あの日からあいつは部屋に引きこもっているぞ? 」

「いや、前々から引きこもってはいたが、家族に顔を見せてないんだ。 今までにこんな事はなかった。」

「……………」

俺は視線を落とす。

「おい、何があった。 もしかしてお前、あいつのことを…………」

歩実さんは立ち上がり、今にも殴りかかって来そうだ。

「いや、ちょっと待って下さい! 俺は何もしていないですよ!!」

何かとんでもない誤解されていないか? そう思ったが、今は全力で誤解を解くことに注力すべきだろう。

「13日にあった事を全て話します。」



俺は全て話した。桜さんのアイドル活動引退を受けて、とてもショックを受けていたこと。萌実自身が、萌モコを心の拠り所としていたと告白したことを。




歩実さんは俺の話しを聞き、うつむいて嘆く。

「あの、馬鹿………」

俺は彼女に思うことを話した。

「これは推測ですけど、桜さんを失った萌実は、生きる源……と言うか、原動力みたいなのを無くしてしまったんじゃないかなって。」

「萌袖は彼女自身の桜さんに対する憧れであり、アイデンティティだと思うんです。 でも、その憧れの対象が居なくなってしまったら、それを意味するものは、………アイデンティティの喪失………なのかな。」

歩実さんは顔を伏せたまま俺に言う。

「じゃあ、なんだ? その"アイデンティティ"とやらが無くなれば…………ふて腐れていい理由になるのか? 健一。」

「………いや、それは」

俺は答えられなかった。



歩実さんはため息をついて話す。

「あの馬鹿は小5の頃から成長してないんだ。根本的な所がな。」

彼女の発言に疑問を覚える。

「………どういうことですか?」

「あいつは、目を背けたい"事実"から逃げているんだよ。今も昔も。」

「いや、向きあってますよ! この前の終業式も学校に来てて、だから!…………」

俺の返しに歩実さんは平然と答える。

「あぁ、あの日は無理やり行かせたんだ。私が学校まで、車を運転してな。」

「でも………」

俺はなんとか萌実にフォロー出来るよう思考を巡らす。

彼女は俺を見て問い詰める。

「なぁ、何処が成長しているんだよ。16にもなって一人で学校に行けないんだぞ? ずっとお前がいないと録に外にも出られないんだぞ?」

俺はムキになって答える。

「いや、でも、………それは昔虐められていて、……それで、………」

歩実さんは冷静に言う。

「健一。それは違うぞ。 お前も中学の時虐められていたんだろ? だが、お前は学校に行き続け、今では友達が出来るまでになった。」

「お前は克服したんだよ。 自身の暗い過去を。 それが、私の言う"成長"だ。」

「あいつにその成長があるか?」

「………………」


歩実さんは新しくコーヒーを淹れ治し、熱を逃がすため息を吹いている。

俺が固まっている間に彼女はそれを口にする。 部屋にコーヒーの匂いが広がり、何を言うべきか熟考している俺の気を散乱させてくる。


暫しの沈黙を破ったのは俺だった。

「それでも、姉妹ですか! 歩実さんは萌実のお姉さんなんですよ!? それが、妹に対する言葉ですか!? 」

彼女は持っていたティーカップを机に静かに置き、凛とした目で俺を見、言う。

「………それは感情論だ。」

「それでも、普通は!もっと優しく………」

「お前には、私たち姉妹が普通の姉妹に見えるのか?」

俺の言葉は彼女に全く響かない。それどころか、彼女の言葉は鋭い氷の槍のようで、俺の胸を刺してくる。



クーラーの稼働音が嫌になるほど煩わしく、耳に響く。

俺も歩実さんも黙り時間だけが過ぎて行った。




「お姉ちゃん、早良くん。 私………」

制服姿の歩実さんに抱き締められている萌実は声を振り絞り呟いた。

「要らない子なのかな?」

西日に照らされた彼女の顔は涙と鼻水で湿っていた。

「萌実ちゃん、僕は萌実ちゃんの味方だから………だから……」

姉妹を見て、幼い俺はそれだけしか言えなかった。


抱き締めながら、歩実さんは妹の目をしっかり見て伝える。

「萌実。……私は……お姉ちゃんは………」



あの日の姉妹の顔、表情、息遣いが俺の身体を熱くした。

俺は、五年前の事を思いだし、拳をきつく握り大声で訴える。

「あ………あの日! 萌実を抱き締めて一緒に泣いていた……歩実さんは何処に行ったんですか? 大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるからねって言って、抱き締めていた歩実さんは!どこに行ったんですか!!」

歩実さんの顔色が変化する。昔を思い出して表情が強張った様子だ。

俺は顔を上げ歩実さんの目を捉える。

「その顔ですよ。 萌実に向けてた表情。」

彼女は戸惑ったように言う

「わ、私は………」

俺はあの日を鮮明に思い出しながら彼女の目を見て問い掛ける。

「本当に妹の萌実を心配して、萌実の気持ちにより添って泣いていましたよね?」

「……………」

歩実さんは黙り膝元を見ている。

今、ここで言うしかない。 歩実さんの外壁が崩れた今しか!


「萌実に寄り添ってあげられるのは俺でも! 桜さんでもないんです!!」




「歩実さんなんです。 実の姉で、妹想いの貴女(あなた)しかいないんです。」




胸の奥が熱くなるのが自分でもわかる。 これが、今の俺に言える彼女への最大のメッセージだ。



歩実さんは俺の言葉を聞くな否や涙を流し初めた。

「わ、私は………も、萌実を………ずっと、前から………」


「本当は心配していたんですよね。 誰よりも。」

彼女は首を縦に振る。

歩実さんの声を殺した泣き声が永遠に響いた。



時間が停止したかの様な感覚に陥る。 なんとか彼女を慰めなければと思い、俺は言葉を絞り出した。


「歩実さんって、普段から冷徹だから、感情表現が苦手なのかなぁって思ってましたけど、今、確信しました。 学校に行く約束も、車で送ったのも、妹想いの感情から来ている行動だったんだなって。」

歩実さんは両腕で涙を拭いながら泣いている。

「あ、この部屋に入って言っていた、萌実に何をしたって云う発言も萌実を大切に想っているからですよね。」

「勿論、何もしてないですよ!? 萌実想いの歩実さんに何されるかわかりませんからね!?」

彼女は潤んだ瞳で俺を見る。 やはり泣いていて、顔が崩れていても、美人なんだなぁと関心する。



歩実さんは涙を両袖で拭き、若干くぐもった声を俺に放つ。

「さっきから好き放題喋りやがって……」

そう言う、彼女の顔は笑っていた。

俺も笑って言う。

「そうでもしないと歩実さんを押し崩せないと思って………」


パァン! と部屋に乾いた音が鳴り響いた。


「痛ってぇ! あ、歩実さん!?」

「言いたい放題言ってくれた罰だ。」

彼女は手の平をパンパンとはたきながら言う。

「5年振りの平手打ちだな。 ………案外悪くない。」

「もう一発いいか?」

「えぇ! 勘弁して下さいよ!」

もしかして、彼女のSっ気を目覚めさせてしまったのだろうか。




成長の速度、定義は人それぞれだ。 しかし、己の定義を押し付けるのではなく、真摯に向き合う姿勢が大切なのだろう。 歩実さんはずっと一人で萌実を案じていた。 その結果、妹想いが暴走して自分でも気づかない内に姉妹の(わだかま)りを(つく)ってしまった。


今日の歩実さんの涙には、一粒一粒に彼女の5年間の苦悩が詰まっていた。

近い内に姉妹は仲を戻し、家庭環境も変わることだろう。


俺は? 歩実さんは健一は成長したと言ってくれた。 でも、俺は……………


俺はまだ、何処かで萌実を恨んでいる。

成長なんてしていない。 していないんだ。

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