5袖
夏休みまであと3日となった。 萌実は学校に来てない。
夏の暑さは本格化し、日本の夏特有の高い湿度も重なり、体中に不快感が押し寄せる。
今日は、昨夜した萌モコについての予習で寝不足気味だ。
「おっす、早良。 昨日はどうだった? 行けたか?」
毎日聞いている声がする。
「おはよう中谷。 結果から言うと、駄目だった。」
「なんでだよ??」
「話している途中から結構シビアな空気になって」
「それで?」
「それから、萌実が泣き出して………」
思えば、昨日はほとんど収穫がなかった。
「そっかぁ。 まぁ、いいんじゃね?」
中谷は案外あっさり言った。
「え! いや、なんでだよ?」
「やっぱりさ、萌実ちゃんみたいに暗い過去がある子には、時間をかけて攻略しないと駄目だからな。」
攻略? 何か違う気もするが………
「そうだよなぁ。 頑張るしかないよな。」
「ねぇねぇ、何の話し???」
今、登校してきた速水さんが隣の席に座りながら言う。
中谷は彼女に答える
「あぁ、この前教室に来てた他クラスの女の子について。」
速水さんは目を光らせて言う。
「あの子かあ! 凄く可愛いかったよね! 早良くんに一緒に帰ろって言ってたの覚えてる! もしかして、早良くんの恋人?」
速水さんの恋人発言に教室にいる人が俺達3人を一斉に見る。
「まぁ、恋人みたいな感じ? こいつは"自称"幼馴染みって言い張ってるんだけど、端から見たら彼氏彼女に見えるんだよなぁ。」
そう言って中谷は俺を見てくる。 つられて彼女も俺を見る。
「早良くんって、クラスの女子とは全然話さないのに、高坂さんみたいな美少女とは話すんだね。 なんか、ショック………」
俺は体がビクッと反応する。 やっぱりそう思われていたのか。
中谷は彼女に告げる。
「速水さん。こいつ女性恐怖症なんですよ。」
「え? どういうこと?」
「うーん。俺自身も経緯については知らない。早良、説明してくれよ。」
こんな所でカミングアウトしなければならないのか………
俺は意を決して話した。 とある事情で女性が怖くなったこと、萌実は昔からの知り合いでだったので、萌実だけは怖くならなかったこと。
それらを聞いて、速水さんは
「それじゃあ、私と友達になろっか。」
「え?」
速水さんは俺を真っ直ぐ見て言う。
「やっぱり、どんなに男友達がたくさんいても、病気は克服できないでしょ? だったら、私と友達になって高坂さん以外の女の子に慣れるのが一番だよ。」
俺はその言葉を聞き、伝える。
「あ、ありがとうございます。 よろしく……速水さん。」
「あはは、そんなに固くならなくてもいいよぉ!」
速水さんは笑う。
「それに私、結構同性の友達いるから、今度その子達とも会わない? 高坂さんも一緒に!」
俺は動揺しながら答える。
「急に大人数に会うのはちょっと………無理かも……」
一連の会話を面白くなさそうに見ていた中谷は速水さんに言う。
「それじゃあ、今から俺も友達ってことでよろしく!今度、俺もその子達と会っていい!?」
俺は中谷の言葉に反応する
「お前は何が目的なんだよ!?」
速水さんは中谷を見ると
「えぇー。 中谷くんはちょっと………」
俺達3人は笑い合った。 夏休み前に俺の学校生活が変わった瞬間だった。
夏休み前の最終登校日。 この日は午前中までに学校が終わると云うことなので、萌実も来やすいのでは? と思っていたが、朝、萌実の教室を覗いた時、彼女は来ていなかった。
終業式が終わりクラスの皆がそれぞれ帰りだした頃、俺を含めた3人は教室で話していた。
「早良くん。 明日から何か予定はあるの?」
速水さんは3日前からよく話し掛けて来る。
「あ、いや、特に予定はない……かな。」
一瞬、ライブが頭をちらついたが彼女に言っても多分グループ名自体知らないだろう。
「へー。 中谷くんは?」
「ん? 俺? 俺は、彼女とデートかなぁ。」
俺と速水さんはお互いに目を合わせ、彼を見る。
「「デートォ!?」」
「うん。デート。」
彼は真顔で答える。
「どうやって出会ったんだよ!」
こいつと出会ってから4ヶ月が経つが、彼女がいるなんて聞いたことがなかった。
「同じ中学出身の奴。」
「えぇ……、中谷くんに彼女がいるなんて信じられ…………」
速水さんの言葉を聞いてる時、俺の机を隔てた前の空間に制服のスカートが視界に入ってきた。。
速水さんはぽかんと開いた口のまま、斜め上を見る。
横にいる中谷も視線をスカートの主へと移す。
「健一。」
「え?? も、萌実!?」
俺は何が起こったのかわからなかったが、彼女の名前を声に出した。
彼女は、中谷と速水さんをチラっと見ると俺に言う。
「………おはよ。」
「お、おう、おはよう。」
さっき教室を見たときは居なかったのに、何処に行ってたのだろうか。
「あなたが高坂さんね!」
速水さんが大きな声で言う。
萌実は突然の大声に驚き、左右に目を配らせていたが
「………は、はい!」
勇気を出して返事をした。
「めっちゃ可愛い………」
中谷は彼女の美貌に見とれている。
「本当に美人さんだね。 私、速水 凛花です。最近、早良くんと友達になりました! よろしくね!」
「こ、高坂 萌実………です。………よ、よろしく……お願いします。」
萌実は彼女に緊張しながらお辞儀をする。
「あ、俺は早良の親友の中谷 達也です! よろし………」
「はいはい。 中谷くんはいいからいいから」
速水さんが強引に中谷を黙らせる。
「おい! 俺だって、もえ……高坂さんと仲良くなりたいの!」
「中谷、お前今、"萌実ちゃん"って言おうとしたよな」
萌実は中谷を見る。
中谷は顔が赤くなって、教室から逃げ出した。
約15分位話していただろうか、いや、速水さんが萌実に一方的に話しかけていたのだが。
それでも、萌実は時々笑い、それを見た速水さんは更に話す。 その繰り返しの中に俺はいた。中谷は帰ってきていない。
「凛花~。 一緒に帰ろうよー。」
他のクラスの女子達だろうか、速水さんを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はーい! あぁ、これで萌実ちゃんともお別れかぁ。 それじゃあね! 来月も学校来るよね? さっき話してたパフェ屋さん一緒に行こうね! 」
そう言って彼女は萌実に手を振りながら教室の外で待っている友達達の元へ駆け寄って行った。
「速水さんって本当に友達多いんだな。」
俺は素直な感想を口にする。
「うん。凄い」
萌実も感想を漏らす。
「帰るか」
「そうだね。」
俺達も教室を出る。
「健一。昨日はありがとね。 時間くれて。」
「ん、ああ。いいよ。」
「ちょっとは、気持ちの整理できたの。 だから、今日学校に来たの。」
「そっか。」
「うん。」
これ以上会話は続かなかった。
俺達は暑い日差しの中、額に汗を浮かべながら歩いた。
彼女は深呼吸をして言う。
「あついね。いつもニートしてるから暑さには特別弱いのよね。」
「なら、もっと慣れるようにしないと駄目だな。」
「どうやって?」
「これから毎朝10キロのランニングをする! とか?」
「嫌よ。ゲームの中で10キロなら走れるけど、現実では絶対にしたくない。」
まぁ、最初から予想はしていた答えだ。
「だろうな。」
「じゃあ、あんたがしなさいよ。10キロランニング」
俺は少し意地悪な冗談を彼女に投げ掛ける。
「俺が毎日したら、学校来月から毎日行くか?」
彼女は暫し考えてから言う。
彼女の返事は蝉の声に打ち消された。
やがて、萌実の家についた。
「じゃあ、次は13日のライブの日ね。 今日は速水さんと、中……」
間髪入れずに答えてやる。
「中谷な。」
「そう。中谷くん。 普段健一が仲良くしてる人達と出会えて嬉しかった。」
彼女は笑顔で言う。
俺も少し微笑み
「また4人で話そうな。」
と言った。
夏の日差しは最高高度に達して輝きを放つ、こんな毎日が続いてくれればいいなと心の中で願った。