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萌え袖ニートの萌実さん。  作者: ソメイヨシノ
4/12

4袖

「私のせいで、健一が虐められてるの?」

彼女の不安を(はら)んだ瞳は俺の心を(えぐ)った。絆創膏(ばんそうこう)を貼ってある俺の腕を見つめている。

「そんなことないよ、この怪我は俺が決めた選択の結果だから。」

「でも、でも、………」

泣き出しそうな彼女の頭にポンと(てのひら)を乗せ言う

「心配すんな。 また悩み事があれば言えよ? いつでも相談に乗ってやるから」

「………うん」

消え入りそうな声で彼女は答えた。





本当は後悔したんだ。 なんで、俺がこんな目に遭わないといけないんだ。 泣きそうだった、心が折れそうだった。 しかし、彼女の前だけは強い自分でいると誓っていたのだ………。








俺は授業が終わると同時に学校を飛び出し萌実の家へと急いだ。

教室を出る前、中谷は俺に「当たって砕けてこい!」と励ましてくれた。 本当に良い友達を持てたと思う。 無我夢中で走り萌実宅に着いた。




呼吸を整え、チャイムを押す。

約10秒後に階段を降りてくる足音が聞こえ、玄関が開かれた。

「健一! 待ってたわよ!」

彼女はサイズの大きなフード付のモコモコスウェットにデニムショートパンツの姿で現れた。

そして、萌袖をしている。 中学生の時から変わってない、萌実のスタイルだ。

「お前、夏なのに暑くないのかよ!?」

俺自身走ってきたから汗だくなのだが。

「年がら年中この姿だし大丈夫! しかも、冷暖房も完備してる部屋に(こも)ってるから、どんな季節でもかかってこい!」

萌実は腕を組み、得意そうに宣言する。

「そうか。まあ、萌実がいいならいいか。」

「それより、早く上がって!外、暑いし眩しいのよ。」

「今日も外に出てないのかよ……」

そう俺は小さく呟き家の中に入る。





萌実の部屋に入ると、まず萌実に謝った。

「萌実、昨日はごめん。姉妹喧嘩に口出ししちゃって。」

俺の発言を聞き、昨日のことを思い出したのか、萌実の表情が暗くる。

「………いいわよ。」

彼女は一呼吸して、笑顔を作り話し始めた。

「今日、健一を呼んだのは8月にある萌モコのライブについての話し合い。 作戦会議のために呼んだのよ。」

彼女の機嫌の変わりように驚いたが

「そんなことのために呼んだのかよ!?」

「"そんなこと"って何よ? それ以外に呼ぶ理由なんて無いわよ。」

萌実はきょとんとした顔でさも当たり前かのように言い放った。


中谷。 すまん。もう心が砕けてしまった………。

取り敢えず、気を取り戻し彼女の話しを聞く。

「8月13日に駅前のバーの地下でライブをするんだけど、その時には萌モコファンクラブの皆も来るからよろしくね。」

「何か、必要な物はあるか? 光る棒とか、鉢巻(はちまき)とか、うちわ?………」

「あんたねぇ、ほんっっとにわかってないのね!」

「え? あの………」

「それらの道具は必要じゃなくて!必須!!なの! 基本装備! 三種の神器! それなしでライブに行くなんて刑事案件よ!…………………」



萌実の説明は5分程続いた。 正直ほとんど覚えてない。

「あ、あと、萌モコのライブには、この服を着ていかないと駄目だから。」

そう言って彼女が持ってきたのは、普段彼女が来ているフード付スウェットだった。

「いや、恥ずかしすぎるだろ! これ女もんだし!」

「仕方ないでしょ! ライブには萌袖で行かないと駄目なのよ」


俺はそれを聞いて一つ思い出したことがある。萌モコのファンの男女比は男性4に対して女性6だと、かつて萌実に聞いたことがあることだ。

「もしかして、男性のファンも萌袖……?」

想像したら恐ろしい疑問を彼女に投げ掛ける。

「当たり前じゃない。」

「マジか………」

いい年をしたお兄さん方がアイドルと同じ服装で萌袖をしつつ楽しんでいる状況が容易に浮かぶ。

「ちょっと! 嫌そうな顔しないでよね!」

「これは流石に……キツいな」

顔を反らしながら萌実は言う。

「その内なれるわよ。…………多分」

よく顔を見ると笑いを堪えている表情をしている。

「多分って何? 物凄く怖いんだけど!!」

萌実は腹を抱えて笑っている。 先程の作り笑いではなく、彼女本来の笑顔に俺は安心する。





「今日は学校行ってないんだ。」

彼女はさっきまでの笑顔とは正反対の顔をして言う。

「知ってる。無理せずに、お前のペースでいいんだぞ?」

「でも、お姉ちゃんは………」

「………歩実(あゆみ)さんは反対してたな。」

「私ね、昨日、お姉ちゃんに親から信用されてないって面と向かって言われて、物凄いショックだったの」

「それは………誰でもショック受けると思う。」

「私が、ちゃんと学校に行き出したら信用されるってことだよね。 わかってる。 でも、でも、…………」

萌実は身を丸くするように三角座りをする

あの時と同じだ。 萌実は目に涙を浮かべている。

俺は彼女のフードに掌を優しく乗せ、言う。

「心配すんな。萌実が皆から信用されなくても、俺はお前を信用し続ける。」

これで良かったのか? と、彼女の反応を待つ。

彼女は涙を拭いて俺に言う。

「ほんとに健一は強いよね。 家族と私と私のお姉ちゃん以外の女子に話しかけられない癖に、あの学校に通っているし。」

俺は少しムッとして彼女に問う。

「嫌みか?」

彼女は笑って

「違うわよ。 羨ましいの。 過去の自分を克服しようとする力が有ることが。 私は虐められていた記憶を言い訳にして、"今"から逃げてる。なんにも成長してないのよ。私は。」

彼女は、自虐する癖がある。 俺は思っていることをぶつける。

「そうやって、自分を卑下(ひげ)するな。一昨日(おととい)は学校に来てただろ? この事実だけで十分だ。 萌実は成長しているんだよ。」

たとえ、その一歩が(あり)ほどの歩幅だとしても、積み重ねることで、それはいつか空にも届く糧となるはずだ。


「健一………」




萌実は気持ちを整理をしたいと言い、今日はお開きとなった。

家路についている途中、大学から帰ってくる歩実さんに会ったが、俺が会釈(えしゃく)をするだけで、何も反応されなかった。


きっと、あの姉妹はどちらも、まだ気持ちの整理が出来ていないのだろう。

過去に囚われている妹。 自身の思う理想の妹像に囚われている姉。

お互いが元の仲の良い姉妹に戻る為には、まだ時間がかかりそうだ。


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