2袖
夏休みまであと6日となった今日、萌実はやはりと言うか予想はしていたが、学校には来ていなかった。
クラスメイト達はまるで昨日の事など、誰も覚えてないといった様子だった。
このまま学校の皆には昨日の俺と萌実を忘れて欲しいと切に願っていたんだが………
「おい! お前が昨日、高坂さんから貰ってたチケットって何の奴?」
だよな。 忘れてないよな。 中谷。
「チケット? 何の事?」
中谷よ、俺はそんなもの知らないぞ。
努めて平然を装って返したのだが、
「はぐらかしても無理だぞ。 昨日、高坂さんと一緒に帰ってただろ? しかも、高坂さんの家の前で固まってたのも知ってるぞ?」
中谷の声に反応し、クラスの視線が俺達に向く。
萌実と別れた後、萌実宅の前で固まってたのも見られていたことが恥ずかしくなり、つい反応してしまった。
「なんで知ってるんだよ!? 昨日、俺達について来てたのか?!」
「ついてきたなんて、ストーカーみたいで人聞き悪いだろ? 俺は、た ま た ま、お前らと帰り道が一緒だったんだよ。」
得意そうな顔で言ってくるが、こいつの家は萌実の家とは真逆の方角だ。やはり十中八九尾行してきたのだろう。
クラスの女子達は思い思いに俺と萌実の関係について話している。
このままでは、マズイと思い、中谷とクラスメイトに向けて誤解を解く様に言った。
「俺とあいつは単に、幼馴染みで………」
俺の言葉は途中で遮られ、皆の視線が時計に集まった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたのだ。
今日ほどチャイムに感謝する日はないだろう。
午後の授業が終わり各々が部活や帰る準備をしているとき、携帯が着信音と共に震える。
「「今日、我が家にて待つ。」」
萌実からだ。 返信しようと指をキーボードに当てた時、後ろから聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「よぉ、早良。これから萌実ちゃん家に行くのか? 俺も行っていい?」
またなのか中谷よ。 あと、ニヤついた顔は正直気持ち悪いぞ。
「ついて来んな! あと、"ちゃん"付けは止めろ!」
中谷は萌実と話した事すらないのに、もう呼び方が変わっている。
どうやって、彼から逃げ出そうかと思案していた時
「おーい、中谷。 そろそろ部活始まるぞー」
隣のクラスの奴が中谷を呼びに来た。
中谷は俺を見ると不機嫌そうに
「お し あ わ せ に。」
と言って部活仲間の方へと走っていった。
「またかよ! おい! ………あいつ部活サボってまでついて来たかったのかよ………。」
俺はこの機を逃すまいと早々に学校を出た。
萌実宅に着いた俺はチャイムを鳴らし、中からの返事を待っていると、玄関の扉が開かれ、そこには萌実の姉である"歩実さん"が立っていた。
「あ、歩実さん、こんにちは。」
歩実さんは現在21歳の大学生で、妹の萌実と負けず劣らずの美人さんである。 俺が小学生の時から知り合いなのだが…………
「………何しに来た?」
と、物凄く冷徹な人なのだ。
「萌実に呼ばれて、来ました。あの、今、萌実は家に………」
居ますか? と言おうとした時、歩実さんの表情が暗くなった。
「あの馬鹿は確かに部屋にいるが………」
と家の中に視線を向け、
「あいつは今日、学校に半日でも行ったのか?」
再び俺を見てくる。
「昨日は来てたんですけど、今日は来てなかったですね。」
と俺が言うと、歩実さんは顔色を変えて二階に走っていった。
突然の展開に面食らっていた俺に、歩実さんの怒鳴る声が耳に響いた。
「おい! 昨日の約束はどうした! 夏休みまで毎日学校に行くって約束しただろ! 私が講義で家にいないからって学校サボりやがって!」
俺は反射的に靴を脱ぎ、二階に急いだ。
「歩実さん! ちょっと、待って下さい!」
彼女は憤怒の表情で萌実を見つめていた。 萌実は頭を抱えて震えている。
「おい! なんとか言ったらどうなんだ! クズ野郎! 馬鹿妹! そんなんだから、お父さんにも、お母さんにも信用されてないんだよ!!」
萌実は泣きだし、目が直ぐに充血し始めた。
「歩実さん! 落ち着いて下さい!」
そう言いながら、歩実さんを押し退け、姉妹の間に割って入った。
歩実さんは目に涙を浮かべ、荒い呼吸をしていた。
「俺には、この家の事情に口出しする権利はないですけど、、、」
言葉に詰まる俺を姉妹が涙ぐんだ目で見つめる。
「でも、でも、萌実だって、昨日は頑張って学校に来てたんです! 約束を破ることは許されないことだけれど……」
萌実を見ると服で目元を擦っている。
「萌実には萌実のペースがあると思うんです。」
「私がコイツのペースとやらに合わせろと言うのか健一? 悪いがそれは出来ない。」
「な、何故ですか?」
「コイツは私達家族と約束するたびに破ってきた。 もう、この馬鹿に対する信用度はゼロなんだよ。 さっき、お前も言ったよな。この家の事情に口出しする権利はないって。 わかってるなら黙ってろ。 これはコイツと家族の問題だ。」
そう言われて、俺は何も言い返せなかった。
「もう、これ以上罵詈雑言を言いたくない。あと、1時間で親も帰ってくる。 健一、今日は帰ってくれ。」
歩実さんはそう言うと部屋を出て、階段を降り自分の部屋に入っていった。
歩実さんが去った後、俺は萌実の前に腰を降ろした。
「おい、萌実。大丈夫か?」
「…………………」
「なんかごめんな。」
「なんで、健一が謝るのよ。 私が一番悪いのに。」
こんな時になんて慰めれば良いかわからない。
俺は天井を見ながら、言葉を探した
「…………萌実は頑張ってるよ。昨日のことしか見てないけど。」
まだすすり泣いている萌実を見て、告げる。
「うん、頑張ってる。」
今の俺にはこれくらいの同情しか出来なかった。
「健一………………ありがと。」
彼女は涙を拭き、ニッと作り笑いをした。
「明日、家に来てくれる? 今日話したかったこと言うから。 それに、明日のこの時間帯なら、お姉ちゃんいないと思うし。」
「わかった。 また明日な。今日はゆっくり休めよ。」
俺は部屋から出ようとした。
「健一が学校に行ってる間、ずっと休んでたよ。」
後ろで自虐的とも思える萌実の発言を背にしながらドアを締め、重い足取りで歩実さんの部屋の前を通りすぎ、玄関に向かった。