8.王子
そんなことを二人で言い合った翌日。早速関わることになってしまう。
何と、私達が教室へ着くと同時にマルティナが何故か私達の教室へ向かって来たのだ。またカールに会いに来たのかと思い、会釈だけして関わらないようにしようとしたのだが、
「フィリップ様っ!!」
マルティナがフィリップ王子を呼んだためそれも叶わなくなってしまった。
ちらっと私の方を向いた王子は心底嫌そうな表情だった。王族たる者、本音を見せてはいけないと教育を受けている王子にしては珍しく顔に出していた。本当に嫌だったのだろう。ただ、それも一瞬のことで、私しか気付いていないと思う。それなりに長く付き合ってきたので分かるのだ。思わず私は苦笑してしまった。
「おはよう、マルティナ嬢」
「おはようございます!フィリップ様っ!」
マルティナはそう言いながら私を突き飛ばして、王子の腕に自らの腕を絡めた。す、素早い…。
そして私は思いがけず突き飛ばされてしまったので受け身が取りきれずヨタヨタとした後、ドスンと尻もちをついてしまった。何気に痛かった。
「まあ、どんくさいのね!レベッカったら」
「………」
私はそのマルティナの顔を見ると何も言えなかった。だって、ものすごく…悪い顔をしていたのだ。王子には見えていなかったと思うが、遠巻きに見ていたクラスメイト達は顔をひきつらせていたので、確実に目撃したと思う。
そんな周囲には目もくれず、マルティナはぐいぐいと王子を引っ張って教室内へ入っていった。
ちなみに王子は何かを言おうとしていたが、私がマルティナを優先して良いと視線で促したので、唇を少しだけ噛み締めながらも何も言わずにマルティナにされるがままになっていた。
「大丈夫ですか?レベッカ様」
そう言って手を差し伸べてくれたのはローランだった。
「え、ええ…ありがとう、ローラン」
「何というか…あんな令嬢がいるのですね…」
「そうね…」
「…帰ってからの王子が怖い…」
「?何か仰いました?」
「いいえ何でも。授業が始まりますので教室へ参りましょう」
ローランは一人でぶつぶつと何かを呟いているが、私には聞こえない。なかなか気の重い1日が始まったのだった。
「フィリップ様ぁ~」
今日はいったい何度聞いただろうか。甘えるように王子を呼ぶマルティナの声。さすがにうんざりだった。
「…マルティナ嬢。今日は特別に許されたが、きちんと自らが選んだ勉学をすべきだと思うよ」
「だって、一般的科の授業は面白くないんですもの。経営科の授業はさっぱりですけれど!でもフィリップ様が教えてくださいますよねっ」
「……僕は教師ではないので人に教えたりはしない。今日はもう良いだろうか?レベッカ、帰ろう」
「はい、フィリッ…「わたしと一緒に帰りましょう!」
器用にも王子には見えないように私をこれでもかと睨み付けながら、絶対に離さないといった気迫を見せつつ王子の腕を掴んでいた。
「…すまない、レベッカと共に城に用事があるのだ。腕を離してくれないか?」
「何ですか用事って。あたしも公爵家の令嬢ですよ?あたしも同じ用事があると思いませんか?」
いやいや、誰も思わないよ。教室内では皆が冷めた視線をマルティナに送っている。そうなるのも仕方がない。何たってマルティナはこの教室に一日中居たのだ。本来であれば私が座る席に、王子の隣の席にずっと座っていたのだ。ちなみに私は追加で用意してもらったよ。一番後ろの席に。
先ほどの屁理屈というか、公爵家という身分を思う存分に振り撒いて、経営科に居座っていた。学園内では身分は平等というルールを完全に無視して、マルティナはやってくれた。
まあ、許されたのは誰かが何かをしたのだろう。だって、今日の授業は一日中教師が変わらなかった。
そう、あの教師…ブルーノ先生だ。同じ室内で過ごせることが嬉しかったのか、カールは何も言わなかったし、普段なら休憩時には必ず側にいるサーラですら今日は見ていない。
何をしたらこんなことが出来るのか私には分からないが、とにかくマルティナは実行したのだ。ある意味素晴らしい行動力である。
「マルティナ嬢は僕の婚約者ではないだろう。僕達には僕達の用事があるのだ。邪魔はしないでもらいたい」
暗に、次期国王と王妃の教育があるのだと言っているのだが、伝わらないと思う。しかし、王子が強めに言ったせいなのかマルティナはスッと王子の腕から手を離した。
「では、また明日にします」
そうして、嵐は突然去った。一体何だったのだろうか。
次の話は短いので、二話同時に投稿です。