7.頭痛の種
マルティナの侍女と別れてから教室に戻ると、何やら人集りが出来ておりザワザワとしている。
少し嫌な予感がしたものの、フィリップ王子を待たせるわけにはいかないと、人集りを失礼のないように掻き分けて教室へ入る。
そこで見た光景に、ああ…これで人集りが出来ていたのかと納得した。
そこには…
「フィリップ様ぁ」
と、マルティナが王子に寄りかかっていた。
そんなマルティナに、腕を思いきり伸ばせば届くような微妙な位置でカールは王子を睨み付けている。
ちなみに王子は無表情で何もしていない。ただ、私の到着を知るとガタンと勢いよく椅子から立ち上がり、マルティナの手を払い私の方に急ぎ足で向かってきた。
「フィリップ様…お待たせして申し訳ございません。あの…」
「後でゆっくり話すよ。今日は疲れただろう?生徒会の仕事は休んでもう帰ろう。ローラン、伝言を頼むよ」
「ええ…そうですわね。では皆様ごきげんよう」
王子にエスコートされて教室を出て行く私の背中には、悪寒がするほど鋭く怖い視線が刺さっていた。おそらくマルティナであろう。さすがに振り向く勇気はなく、ただ震えるばかりだった。
「はあ…」
「フィリップ様…」
「ああ、すまない。レベッカも大変だったろう?」
「…いえ…まあ、そう…でございますわ…ね」
迎えに来ていた馬車に乗り込み、そんな会話をしながら二人で顔を見合わせて苦笑した。
「さ、レベッカから話を聞こうか?」
「いえ、私の方は長くなりそうなのでフィリップ様から…と言いますか、先ほどのはいかがされたのですか?」
「僕にもよく分からないが…おそらく医務室へ連れて行ったから、僕が彼女に気があると勝手に思っているようなんだ」
「あらまあ…それは私のせいですわね…。フィリップ様には申し訳な…」
私が話すのを止めるように、スッと私の口元に王子の指が添えられる。
「それ以上謝らないように。レベッカのせいじゃない。あの時のレベッカの対応は何も間違ってはいないよ。僕でも同じことをしていたはずだ。レベッカではなくて…彼女自身が問題だろう」
「……」
そりゃそうだ。まさか医務室へ連れて行っただけで気があるなどと思うわけがない。ましてや相手は婚約者までいるこの国の王子だ。婚約者は私だけれど。
あの場で王子ではなく私がマルティナを医務室に連れて行くことが果たして可能だっただろうか?
『あんたなんかに用はない』と言われたのだったか…。私が連れ添って行くのは難しかっただろう。咄嗟の判断だったが、王子にも同じ判断をすると言われたことが少し気持ちを軽くした。
「あ…そういえば、マルティナ様のお怪我はひどくなかったようですわね」
「頬は腫れていたようだけどね。他は全く元気だったようだよ。先生に診てもらったから間違いないはずだ。ああそうだ、彼女の新しい制服は先生に準備してもらったよ」
「先ほどはすっかり頬の腫れもひいていたようですし、良かったですわ」
「まあ、大怪我でなかったのは良いことだけどね。それで?侍女の話はどうだったんだい?ずいぶん時間がかかっていたようだけど?」
「それがですね…」
長い時間話を聞いていたが、要約すると単純なことだ。
マルティナの気が多いことを侍女のサーラがストレーム家に報告したところ、せめて誰か一人に絞るように誘導しろとサーラに指令がくだり実施するものの、その方法が少々乱暴なやり方であったこと。
しかし、マルティナにはまったく伝わっておらず、しびれを切らしたサーラが問い詰めていたのが本日の出来事であった。その場所に運悪く私達が通りかかり参戦してしまったのだ。
「何だか頭が痛くなってくるね…」
「そうですわね…。ストレーム家も手に負えずに放っておいているようですもの…」
「それとなく宰相に聞いてみるよ。そして僕達はあまり関わらないようにしよう」
「ええ…」
二人で顔を見合わせて、大きな溜め息を吐いたのであった。