11.不安
前半レベッカ、後半王子目線です。
「どうして…」
私は教室の入り口で愕然としていた。
何故なら、マルティナと王子が仲良く歓談しているのだ。王子は以前のように嫌悪感を滲ませてはいない。むしろ普通になっている。
そしてマルティナと仲良くしていた面々とも会話がはずんでいるようだ。同じ学科のためカールが隣に座っている。ブルーノ先生はさすがに居ないが、料理人のベンは手作りの焼き菓子を皆に振る舞っているし、エリアスは立ったままだがにこやかに皆と話をしていた。
いつの間に…。
あの後私は体調を崩して一週間ほど休んでしまった。気付かないうちに、かなりストレスとなっていたらしい。休んでいた間は毎日フィリップ王子からお見舞いの花が届いていた。
今日は念のためにと朝の検診があり、王子とは一緒に通学出来なかった。教室に入るなりこの光景だ。私はまだ夢の中にいるのかと思った。
「レベッカ様」
「ローラン…どういう、こと…なのかしら…」
「殿下を信じてください」
「……ええ…」
そうは言ったものの、胸の奥に燻ったこの言い様のない不安な気持ちは消えることはなかった。
体調を崩してしまったこともあり、しばらく王城での王妃教育は中止となっている。グランルンド公爵家での教育だけのため、王子と会うことはほとんどない。
王子とは学園への行き帰りを共にしているのだが、私が生徒会の仕事で長引いたりすると別々の行動になることもある。ただ、今日は少し頭を冷やしたくて、王子には先に帰ってもらうことにした。休んでいた分溜まっている生徒会の仕事もある。そんな私が生徒会室に向かう前に見たのは、王子とマルティナが二人で仲良く帰る光景だった。
「はぁ…」
「レベッカ様…」
「あら?ローランはフィリップ様と帰らなかったの?」
「私は殿下とレベッカ様の護衛ですから。本日は殿下よりレベッカ様へ付いていて欲しいと指示を受けています」
「そう…」
どんどんと不安な気持ちが大きくなっていくのが止められず、そんな気持ちに気付きたくないと生徒会の仕事に没頭する。
今思えば、前世の記憶が頭の奥底にあったのかもしれない。マルティナがヒロインで、ヒロインには誰しもが惹かれてしまうことを。攻略対象でない人ですら惹かれることもあるかもしれないと、無意識下で思っていたのかもしれない。
だから私はたくさんの人の前で倒れてしまったのだ。
あの、断罪事件で…。
◇◇◇
思いの外レベッカにはマルティナのことで負荷がかかっていたようだ。翌日、学園は休日だったが、城で一緒に教育をするレベッカに会えることを楽しみにしていた。この日はクラスメイトの誰一人として邪魔が入らない。
しかし、発熱と嘔吐の体調不良で王妃教育はしばらくの間取り止めになった。僕はすぐに見舞いの品を送った。食べ物は辛いだろうから毎日違う花を送った。本当は直接手渡しに行きたい。だが、王子の身分である自分にはそれは叶わない。こんな時だけは身分など無くなってしまえば良いと思う。好きな人に会いたい時に会えない苦痛は何よりも辛い。会えない一日がとても長く感じてしまう。
教育にもあまり身が入らずに、どことなくぼんやりと過ごしていた僕だったが、影から入った情報には思わず視線が鋭くなってしまった。
ちなみにローランではない。ローランはレベッカの護衛に回ってもらっている。もちろんレベッカには内緒だ。
「間違いないな?」
「はい」
「分かった…。少し考える」
「何かあればお申し付け下さい。引き続きストレーム家を監視します」
「任せる」
頭の痛くなるような内容だった。
それは、マルティナの狙いが僕になったという情報だったからだ。それもストレーム家が諸手を挙げて賛成しているらしい。レベッカという愛しい婚約者のいる僕をターゲットにするなんて、公爵家といえども潰して欲しいのかと思ってしまう。
王族の僕にとってみれば、潰すのは簡単だ。しかし代わりの貴族は早々居ない。何といっても、長らく王家に仕えてきた三大公爵家のひとつだ。ならば、徹底的に反旗を翻さないようにさせるしかない。いや、やはり取り潰しか。これは少し考えるとして、まずはマルティナを何とかしよう。あいつだけはこの国にとって害虫だ。あいつの考えているストーリーを逆手に取って、正しくこの国を追放してしまおう。そのためには、あいつに弄ばれている彼らの協力を仰ぐことにしよう。あとは勝手に転ぶだろう。
ただ、その間のレベッカが心配だ。相手は知の家であるストレーム家。どこから情報が漏れるか分からないため、詳しいことが話せない。誤解しないで欲しいと願う。
僕はレベッカが居ないとダメなんだ。