10.嫉妬
それからというもの、マルティナのフィリップ王子に対する執念というか執着は凄まじく、来る日も来る日も相変わらず王子に纏わりついていた。
さすがに経営科の教室に居座ることはあの日以来無くなったが、短い休憩時間の間でさえも訪ねて来るようになっていた。
そして日に日にフィリップ王子の機嫌が悪くなっていくのが分かった。ただ、気付いているのは私とローランだけだろう。今日もまたローランと目線だけで会話をする。王子も災難だ。
王子の機嫌が悪くなるのと比例して、カールの機嫌も悪化していっていた。いや、カールだけではない。気付けば料理人のベンやブルーノ先生、そしていつの間にか乱入していたブルーノ先生の息子であるエリアスまでもが、嫉妬の目でフィリップ王子を睨んでいた。
エリアスは親の背中を見て育ったせいか、指導科に所属している。簡単に言うと、教職員を育成する学科だ。人を指導する立場になるため、ある程度の知識が必要となるので平民の中でも割と裕福な家庭か、高位から低位までの幅広い貴族が学んでいる。
経営科とは多少なりとも関わることがあるのだが、一般科とは関わりのない学科のエリアスがマルティナに夢中になっているのは、やはり親の影響があるのだろうか。優秀だと聞いていたのだが…今のエリアスを見る限りでは優秀さの片鱗は見えない。それを言うとカールも同じだが。
「少し離れてもらえないだろうか」
少しだけ苛ついたような声音で王子はマルティナに向かって言った。
「そんな!こんなにフィリップ様をお慕いしているのに…」
「こんなに優しくて可愛いマルティナに何てことを言うんだ!」
耐えきれなくなったのだろう。カールが参戦してきた。
「そうです!王子とはいえ、マルティナ様に向かって酷すぎます」
エリアスだ。その後、残りのベンとブルーノ先生までごちゃごちゃと口を出してきたので、私はちょっとだけうんざりしていた。
いや、もっとうんざりしていたのは王子だろう。しかし反論もせずに静かに聞いて……正確にはキレていた。だが素晴らしい王族教育。決して態度には出さず冷たい笑みを浮かべたまま、ぐっと力強くマルティナの手を除けて私の方へ向かってきた。
長らく一緒に時間を過ごしているが、こんな王子は見たことがない。そんな王子がローランへ鋭い視線を送った気がしたが、あまりにも一瞬のことだったので見間違いかもしれない。ただ、ローランはいつもよりもほんの少しだけ強ばった顔をしていた気がした。
王子はらしくなく私の手をパッと取ると、そのまま教室から連れ出そうとした。
「レベッカ!」
そんな私をマルティナが呼び止める。さすがに無視するわけにはいかず、王子に「ごめんなさい、少しお待ちいただいても?」と断りをいれる。
こちらへ向かって来るマルティナを王子からは少し離した方が良いと思い、私自らマルティナの方へ近づく。すると、とても鋭い目つきで私を睨み
「今に見てなさいよ」
と、低い声で呟いた。
おそらく私しか聞こえていなかっただろう。その恐ろしい声に私は小さく身震いをしながら、踵を返して教室内に残っていたカールの元へ向かうマルティナをただ見つめるだけだった。
思わぬことに立ち竦んで動けなかった私に気付いた王子は、わざわざ私を迎えに来て教室から連れ出してくれた。私が出ていくのと同時にサーラが教室内へ入って行くのを見かけた。目が合うと何故か睨まれたような気がした。私は何だかとても嫌な予感がしたのだった。