温泉とトール
この世界に来てもう2年が経つ。もうすぐミノリも15歳だ。
「何かもう、ミノリはそれでいいような気がしてきたよ」
「へ?どういう事?マイラ」
「ミノリはやっぱり御使い様だから、そういう対象とは違う気がするんだよね」
「え?…私は至って普通の女の子なのに」
マイラはくすくすと笑う。
「冗談が過ぎるよ、ミノリ。初めて会った頃は凄い力は使えたけど、それがなかったら普通の女の子に見えたけど、今は全然違う」
まさかレベルの差?
「ミノリには、その辺の普通の男は似合わないと思うな」
「そうそ、ミノリは僕の大切な女の子だからね」
(美味しい魔力をくれる?…もう、そういう言い方やめてよアトム)
「何で?アンデットドラゴン倒したから?」
「私もうまく言えないけど、本当に凄い子だと思うからだよ」
「凄い、か」
確かに、水魔法を使ったら次の日に野菜が育つ人はいない。
石鹸で洗って、温泉に浸かる。心地よい魔力の水が、皮膚から染み渡ってくる。
(ガイアとイフリート、サンダーとアトムは見ちゃだめだよ)
「俺は裸になんか興味はないんだがな」
ガイアとサンダーは、男というより雄だからな。イフリートも半分人外の姿だし。
(そういえば温泉には興味ないの?魔力がたっぷりと含まれているのに)
「僕はミノリの魔力がいい。みんなそうだと思うけど?」
ふとマイラの方を見ると、足だけ温泉に浸かってお乳タイムのようだ。
「ねえマイラ、変な事聞いていい?自分が食料品になるってどうなの?」
「ええっ?…本当に変な事聞くね。私は嬉しいよ?ユーリには私が必要だと思えるもの」
さすがに自分の子供と精霊は違うよね。まあ、私も精霊達の事は大好きだけどさ。
「そろそろ出るね?」
「やっぱりそのまま帰っちゃうの?」
「うん。また来るよ」
ミノリは魔法で水分を飛ばして荷物と服を持ち、そのまま亜空間に入った。
「…へ?」
「あ?」
「きゃー!!」
そのまま寝巻きを着て眠るつもりだったので、裸のまま亜空間に入ったのだ。
「トール!いるならいるって言ってよ!」
収納庫から毛皮を出して羽織り、ベッドの上の寝巻きを素早く着る。
「無茶言うなよ。ていうか無防備過ぎ」
「だっていつも私しかいないし、このまま寝るつもりだったんだもん!」
「まあ…なんだ、タイミングが悪かったな」
「悪過ぎだよ…また飲んでたの?」
「神にとって酒は、食事みたいな物だ」
「…ふうん?」
今日はそんなに酔っ払ってはいないみたいだ。
トールのお酒…どんな味がするのかな?
「?あ、おい!」
ぐはっ!何、これ…。
「げほっ、凄く強くない?これ」
「そりゃ、自分で飲む用のやつだから」
どこかぼんやりとした様子のトールが、少し気になった。
「どうしたの?」
「ちょっと…ミスって」
「ふうん?」
「僕の管理している世界の一つで…判断ミスで、国一つなくなった」
おおう、何か凄い話だ。
「ミノリになら、元気をもらえるかなって」
「何で?」
「ミノリは僕を特別扱いしないし、思いもよらない事やらかしてくれるし、…あの落書きはさすがに参ったけど」
「トールってば無防備過ぎなんだもん」
「仲間達にめっちゃ笑われた」
「仲間?」
「五つの世界をさすがに一人では管理出来ないから、役割分担をしている訳。因みに僕が主神」
…仲間の神様達、苦労しているんだろうな。
「こら、今失礼な事考えなかったか?」
「ううん!優秀な人たちがきっと揃っているんだろうなって」
「まあな。じゃなきゃこっちまで面倒見られない」
「余計な仕事増やしてる?」
「まあ。楽しいからいいよ」
「でもさ、そういう愚痴は、恋人とか奥さんに
聞いてもらったら?」
「今はいないな…ここ何百年か、そういう対象はいなかった」
「何百年て…」
そうだよね。神様だし。だから二年経っても姿が変わらないんだよね。
そうは見えない所もミソなのかな?
「悪かったな、見えなくて」
「あー!また覗いた!そういうのをプライバシーの侵害って言うんだよ?」
「いや、ミノリは顔に出てるし」
むう…不本意だ。
「精霊達は優しいから、生暖かく見守ってくれているのに」
「それは本当に優しいのか?」
「そういう突っ込みは要らない。まあ、美味しい物でも食べて元気出してよ」
器の上で、イクラが光っている。
「へえ…綺麗だね」
「綺麗なだけじゃなくてとっても美味しいよ!落ち込んでいる時にお腹空いていると、余計に元気でないから。イクラ丼の方がいい?」
「…?おいミノリ…いくら何でも中級ダンジョンクリアは早いだろう?」
「ふうん…なら鉱石の方が初級だね」
「こら!ダンジョンクリアはまだ早い!無茶するなよ…君はもっと、慎重な性格だと思ったけどな」
「食の誘惑の前には、全てが遠ざかる物なんだもん」
「もん、じゃない!…はあ。何かあったらどうするのさ?」
「何とかなったし、大丈夫だよ」
「だめ!上級ダンジョン…魔の森ダンジョンは、慎重に行けよ?」
「そこって美味しい物採れるかな?」
「ミノリの嫌いな虫が沢山居るぞ?」
「うう…意地悪だ。こういうのは干渉にならないの?」
「世界への干渉は出来なくても、ミノリへの干渉は出来る」
「はあ?何それ」
「それが条件でもあるのさ。異世界の綺麗な魂を、無駄に散らせる訳にはいかないから」
「む。魂褒められても」
「とにかく無茶禁止。はあ。やっぱりミノリはいいな」
「え?」
「再生が成功する事を願って乾杯しようぜ」
よく分かんないけどトール、少し元気出たみたい。
ミノリはもらったゴブレットに魔力を注ぐ。
「こっちも」
「…はいはい、どうせ魔力が美味しいとかそういうオチでしょ?」
新たにツマミとして、ゲソ大根を出した。
グラスを鳴らして元は自分の魔力!を口に含んだ。
最近飲む回数が増えたかも?味もまろやかになってるし、美味しい。だけどこの一杯を呑みきるのはまだ無理なんだよね…。
「ミノリ、お替わり」
ちっ、これが大人の余裕って奴なのか?
まあ、トールのおかげで魔力もすぐに回復するけどね。
はあ、大根にも味が染みて美味しい!魔法で圧力鍋の代わりが出来るとは思わなかったなー。レンジでチンも魔法で出来るしね。
アトムは量子操作を料理に使われてショックを受けてたけど。