ロストマル
夕べの寝苦しさが嘘のように、すっきりと目が覚めた。
だけど、寝巻きが汗で濡れていて、気持ち悪い。
何度も水に浸かったから、熱が出たのかもしれない。
「ね、夕べトール、来た?」
「はい、すぐに消えてしまいましたが」
やっばりか。風邪を治してくれたんだ。それと…魔法?
特殊スキルに、リードが増えている。記憶を読む魔法のようだ。あの領主からちょっかいかけられているから?
トールって、意外と過保護?有難いけど、記憶を読むのはちょっと…。
とりあえずお風呂に入ってさっぱりして、ベッドと寝巻きにはクリーンをかける。
和食の気分だったので、お味噌汁と、焼き魚。煙は空間指定で、外に出す。
今日はどうしようかな?熱が出たのは、しばらく休んでいなかったせいもあるんだよね。
ダンジョン攻略は、やめておこう。病み上がりにする事じゃないし、また無理して動けなくなるのも嫌だ。
各町を廻って、種を蒔いたり、ポーションを補充したり。それと、ポーションで治らない怪我人に魔法を使ったり。
西の町の名前を私に決めて欲しいと言われたので、適当にウエストタウンと言ったら、採用されてしまった。
みんなの要望を聞いたら、お酒が欲しいと各町から言われた。
いい傾向だと思う。それだけ余裕が出てきたって事だから。
グレプの苗木を多めに植えて、あとは実がなったら、潰して樽に入れてしばらく放っておけばいいと話した。
私にはそれ位の知識しかない。普通の葡萄で出来るかどうかは分からないけどね。
マルクトの町では、フードをしっかり被って町の様子を見たけど、特に変わりはないかな?と思っていたら、ルースが来た。
「良かった、ミノリ。姿が見られなかったから、心配したよ」
「んー、ダンジョンの海産物に浮かれていただけだよ」
「でもダンジョンには罠もあるんだよね?気を付けて」
そういうのは、精霊達が教えてくれるんだよね。
「まあ、何とかなってるよ」
「他の町にも行ってるの?」
「そりゃ、行くよ。だんだん心配はいらなくなっているけど」
「出来れば、どこにも行かないで欲しいな」
は?
「ジュース飲まない?」
ルースの指さす先には、喫茶店のような物があった。
「あれ…でも果実の木なんてあったっけ?」
「ここから北にロストマルっていう町があって、そこは農業の町なんだ。ただ、柵はあっても空からの魔物は防げなくてね」
結界碑が必要だな。
「良かったらこれから行ってみる?馬に乗せてあげるよ。ちょっとここで待ってて」
「え?え?」
まだ行くって言ってないのに、意外と強引だな。
まあ、歩いて行くよりはいいかな。
馬に乗った事のない私を、抱えるようにしてルースが軽快に馬を走らせる。
めっちゃどきどきしたのは、初めて馬に乗ったからなのか、爽やかイケメンのルースに抱えられたからなのか。
結界碑2本で全体をカバーできた。
こっちの町にも私の噂は広まっていたらしく、歓迎された。
近くに小川が流れているから、水には不自由していないようだ。ただ、マルクトの町よりも生活水準は低そう?
「ここもあの領主が管理しているの?」
「そうだよ」
「あの…御使い様からも言って頂けませんか?税が重すぎて、儂らの食べる分もないのです」
「その御使い様のおかげで空からの魔物も防がれる。問題は無いはずだ」
「ちょっとルース、言い方冷たくない?」
「ミノリ、ここの町の住人は、罪人なんだよ。領主様の温情で、こうして作物を作る事で罪を免れている」
つまりは強制労働?
「でも、食べられないのは酷いと思う。あの…良かったらどうぞ」
ミノリは適当に食用魔物を出す。
「はあ…。ミノリは優し過ぎるよ。町で売れば、お金になったのに」
「別に要らない。お金は否定しないけど、目の前で困っている人を見捨てるのは、違うと思うから」
ミノリは、トイレに行くふりをして、この町にも亜空間を開く。
よく見ると柵も、魔物よけというよりは、この町の人を逃がさない為の物らしいし、兵士達も物々しい。具合の悪そうな人達をまとめて治療して、さすがに部位欠損は治せないけど、あとは何が足りないか聞く。
「出来れば…塩を」
え?こんなに海が近くにあるのに?とりあえず岩塩を渡して、ルースを見る。
「本当に生かしているだけの暮らし?部位欠損の人も多いし、酷すぎる」
ルースを見ると、苦虫をかみ潰したような顔をしている。
「もう行こう、ミノリ」
「待ってよ。町の人達は、ここの人達の事何とも思ってないの?」
よく見れば、子供までいる。犯罪者の子供も犯罪者という事だろうか?
「ミノリ、犯罪者が普通の人達と同じ暮らしはできないよ」
「子供達も?」
「親のいない子達も、盗みを働く事でしか生活出来ない」
「そういう子達は、大人がまとめて面倒を見るとか、そういう施設があればいい事じゃない?」
「君は難しい事を色々考えているんだね。けど、それをするにもお金がかかるだろう」
「その為の税金だと思うけどな」
「普通の人に払えと?」
「だって、その子供達が大きくなったら、同じように働いて、税金も払えるようになるんだし」
「分からないな。それじゃ他人の為に自分が損をするじゃないか」
「ここの人達が何をしたか分からないけど、そのおかげでルース達は生活出来ている訳でしょ?」
「もう、この話はやめよう。僕達にどうこうできる事じゃない」
「大事な事だよ?そこまで考えてくれる人が領主になるべきだと思う。それに領主は随分いい暮らしをしていそうだったけど」
「ミノリ、戻ろう?」
「御使い様の言う通りだ!俺の子供は何もしていないのに、俺の子供だからという理由だけで、小さなうちから働いている!」
「黙れ!犯罪者が!」
「怪我をして働けなくなって…生きる為だったんだ!」
「ルース、やっぱり私、この現状は、おかしいと思うよ?」
「分かった。領主様には伝える。それでいい?」
ルースが?
ミノリは頷いた。所詮自分は余所者だから、首を突っ込み過ぎるのもどうかと思った。