記録を書き上げる
そこには多くの本が収められた本棚の列が並んでいた。
並べられた本棚による圧を感じる、それでいて薄暗いという事もない空間に設けられた読書スペースに、一人の少女が座っていた。
読書用の机上には、数冊の、表題の無い分厚い書籍と、蓋の付いた銀色のコップ。そして、鍵が装飾として付属するペンダントが置かれている。
「記録。世界は英雄を欲しており、事実、その通りになった。この世界における異種族間抗争の発端は、そもそも、身分法の制定と、それの徹底した順守にあり…」
少女は、置かれている書籍の一冊を開き、万年筆を用いて、自ら口に出した言葉を書き込み続けている。紙を捲る音。書き込む音。蓋の付いたコップから飲み物を飲む音。全てが一体となってその場に溶け込んでおり、端から見ていたとしても違和感を覚えることは無いだろう。
「最終的に外交官による交渉は決裂し、非常事態に発展。これを解決するために一部の軍事機関が結託。表舞台から姿を消して奔走し、多くの国民の危機を救う。しかし、大局の趨勢は変わらず、多民族国家間の戦争、つまり世界大戦に突入した…」
少女はひたすらに言葉を口にし続け、まるで力ある言葉から呪文でも編み上るように書き込んでいく。
すると。
「ほう、精が出るじゃないか」
そういう言葉と共に、向かい側の席に一人の老人が座った。
「“翁”ですか。すみません、手を動かしながらで失礼します」
「構わんよ。むしろ私の方が邪魔しておるわけだからね」
老人は、手前にあった本を一冊手に取り、数ページ捲る。読むうちに、ふむと相槌を打つように息を吐くと、別の一冊を手に取った。同じように数ページ捲っていく。
「ほう。これは、昨日、扉を“閉鎖”した、あの世界の記録だね?」
「ええ。私が直接的に観測していた世界ですから、どうしても、ここで書き上げておきたくて。まあそれも、もうすぐ終わりますけど…」
そう話す間にも、少女は手元から目を離すことは無く、書く手を止めることもない。次々と記録が文字として羅列され、ページを埋めていく。
「今回の世界はどうだった?アルバ」
「そう、ですねぇ…」
アルバと呼ばれた少女は、そこで初めて書く手を止め、顔を上げ、何かを思い出すようにゆっくりと目を閉じる。その動作からは、特に何らかの感情を窺うことは出来なかった。
ただ、次に彼女が目を開け、再び執筆に戻った瞬間に、ページを見下ろす顔には、愛おしい我が子の悪戯を見守るような、柔らかな苦笑が浮かんでいた。
「人々の営みが楽しくて、起こる結末が哀しくて、どこまでも…」
そのまま最後の一文を書き上げ、筆を置き、本を閉じる。
「世界を観測するノルンとして見てきた、いつも通りの世界でしたよ」
そうして静かに呟き、本の表紙部分を手でそっと撫でると、ぼんやりとした調子で文字が浮かび上がる。
アウターワールドストーリー、と。
ゆっくりと更新していきたいと思います。
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