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それは猫。それは罪。

作者: 霧坂 玲瑠

秋の早朝のことである。私は自転車で学校に向かっていた。早朝のため空気は冷たい。一漕ぎ一漕ぎ自転車を漕ぐたびに切り裂くような冷たい風が全身にあたる。私はその痛みに苛立ちを感じていた。

信号機のない直線じみた道路を走っていると、反対車線の車が妙な動きで走っているのに気づいた。それはまるで何かを避けるような動きだった。自転車を止め、その現象が起きているところを注意深く見た。そこにいたのは一匹の猫だった。

「なんだ。ただの猫か。」

そう思った私は再び走り始めようとした。その時であった。ある違和感に気づいた。

「なぜあの猫は動かないのだ。」

例え寝ていたとしても車が近くを通っているのだからそれに気づいて起きるだろうし、まず猫が堂々と車が通る道路のど真ん中で寝るだろうか。誰もがわかる。そんなことあるはずがない。じゃあなぜピクリとも動かないのだろう。答えは簡単である。道路で猫が死んでいるのである。おそらくそこらを走る巨大な鉄の塊にぶつかったのであろう。

私は決して動かないそれを眺めていた。

「かわいそうだな。」

私は猫が好きだ。だからそれを見たとき、ただただそう思った。

「このままではこれはまた引かれ、生前その生き物であったことも分からなくなってしまうだろう。」

そう考えるといっそう可哀想に思えた。

私は自転車を降りると車が行きかうのが終わるのを待った。それをせめて、いま以上の悲しい姿にさせたくなかったのである。偽善だというのはわかっていた。例え道端に移動させても最終的には処理されてしまう。しかし私は、その無意味な行為をやめようとはしなかった。

車が行きかうのが止んだタイミングで私はそれに近づいた。近くで見るとそれはまるで生きているかのようだった。その体に傷はなかった。血は出ていなかった。潰れたり、眼球が飛び出したりといったこともなかった。そこにいるのは一匹の猫。ただ寝ているだけの猫。そう思ってしまうほど、あまりにもそのままの姿であったのである。

とりあえずここから移動させようと思い、私はすぐに猫を抱きあげた。そのときであった。気づいてしまったのである。猫は呼吸をしていなかった。それだけに気づいたのならよかった。手に伝わるのである。温かさが。ぬくもりが。命の温度が。この猫は先程まで生きていたのである。想像できるだろうか。見た目も、重さも、体温もあるのに、それは確かに死んでいる。もう動くことは無いのである。

私は動くことは二度とない猫を抱きかかえると、歩道の近くに行きゆっくりと猫を降ろした。寒さのせいだろうか。温かさが手に残っていた。

私はその場にしゃがむと手を合わせた。

「どうか神様この子を安らかな眠りの場へとお導きください。」

神などいないと考えている人間だったが、この時ばかりはその神に祈った。祈り終わると私は自転車に戻り、再び学校に向かって自転車を漕ぎ始めた。冷たい風が当たったせいで頭が冷静になったのか、自分がした行いが正しかったのか考え始めた。

私はあの猫が可哀想に思えた。だからその行為をした。でも実際はどうだろうか。素人の目による検視で死んでいると判断し、移動させた。だが猫は奇跡的に生きていて何らかの手当を施せば生き延びることができたかもしれない。病院に連れて行けば命は助かったかもしれない。私が見過ごせば通りかかった獣医さんがその猫に気づいて助けたかもしれない。中途半端な感情で関わった私のせいでその猫は死んでしまったのかもしれない。

加害妄想だというのはわかっていた。そんなことは無いと気づいていた。でも冴えた私の頭はあらゆる可能性を考えていた。

おそらく、いやきっと、自己満足のために行った私の中途半端な行為は決して許されることではないのであろう。心が罪悪感の黒い霧に包まれていくのを感じた。


私はペダルを強く漕ぎ、冷たい風を自ら浴びた。

もしあなたがこの学生と同じ状況にで会ったらどういう行動をしますか。

見て見ぬふりをしますか?助けますか?

いろいろな選択があるでしょう。いろんな行動があるでしょう。

でもその行為が本当に正しいかどうかなんてどう決めるのでしょう。

周りの人や他者が決める?

それも正しいかもしれません。

ですが最終的に正しいかどうかを決めるのは自分自身なのです。

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