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領主ウェルラント

 大きな屋敷の応接室に通されて、俺は商人二人の隣で緊張しつつソファに座っていた。

 トウゲンとホウライは領主への届け物とやらをテーブルの上に置いたままくつろいでいる。慣れているからかもしれないが、くつろぐを通り越してめちゃめちゃダレている。いいのかこの態度。


 そうしているうちに、扉の外で話し声がして、一人の男が部屋に入ってきた。領主だ。

「すまない、待たせたな、トウゲン、ホウライ」

 金髪碧眼の男前。体つきは逞しいが、俺が知る終い屋のような暑苦しさは全くない。理想の騎士様とは言い得て妙だ。何というか、オーラが半端ない。

 そして若い。名誉騎士団長などと言うからそこそこ歳がいっているのかと思ったのに、明らかに俺の親父より若い。二十代後半ぐらいだろうか。

「ほう、遅いよう、ウェルラント様」

「全く、このまま寝ちまうとこだったぜ」

 商人二人は少しだけ居住まいを正したが、立ち上がり挨拶する様子がない。それに倣うべきか一瞬悩んだけれど、部外者である身、とりあえず立ち上がってお辞儀をした。


「君は?」

 俺の存在について訊ねられたが、俺が口を開く前に商人が答えた。

「ちょっとこいつのことでウェルラント様に頼みがあって連れてきたんだ。俺たちの命の恩人だぜ」

「体毛の恩人でもあるよねえ」

「よく分からないが・・・・・・座ってくれ、先にトウゲンたちの用事を済ませてから話を聞くよ」

 特に感情を動かした様子もない彼は、俺を座らせて自身も向かいのソファに腰を下ろした。


「今回の首尾はどうだった?」

「まあまあ、引っ張ってこれたと思うぜ。良いもんかどうか俺には判断がつかんから、あとで確認してくれ」

「それからあの方からの書簡も預かってきてるよう」

「そうか、これもあとで確認しよう。・・・・・・お前たちはまだしばらくミシガルに滞在するんだろう? 詳しい話は今度でいいな」

 商人二人に目配せし、それからこちらをちらと見る。

 あ、これは明らかに部外者の俺が話の邪魔なんじゃない?

「あの、俺しばらく席を外しましょうか」

 おずおずと口を挟むと、ウェルラントは軽く首を振った。


「気にしなくていい。見ての通り、こいつら今日はもう仕事の話をする気が無い。君もそう緊張せずに体を楽にしてくれ」

 生真面目そうだが、以外にフランクな人なのか。完璧超人で性格も良いとか、そりゃ人気があるのも頷けるわ。

「それで、二人の命の恩人が、私に何の用かな?」

 訊ねる言葉は柔らかい。

「こいつ、短期でがっつり稼げる仕事が欲しいんだって。金貨三十枚くらい出せる仕事ないか? 能力は俺が保証するぜ」

「金貨三十枚か。随分乱暴な頼みだな。今必要な事業の助けになるなら考えるが・・・・・・。彼の能力というのは何だ」

「ほう、こいつはすごい終い屋だよう。おれたちが入ったドラゴンネペントをハンマーで叩き割ったんだよう」


「ドラゴンネペントを? そんな馬鹿な、あれを壊せるのは・・・・・・」

 ウェルラントの反応が少し変わった。一瞬はっとしたような顔をして、まじまじと俺を見る。

「君は、もしかして・・・・・・。名前は?」

 何だか射るような目つきに、俺は再び緊張して背筋をピッと伸ばした。

「は、はい、ターロイ・ミチバです」

「「ミチバ?」」

 隣の二人が訊き返したのに対し、目の前の男は思った通りだというように頷く。

「やはり、イリウのところの息子か」


「え、ターロイはイリウのせがれかよ!」

「ほう、先に言ってよ~!」

「あれ、俺の義父を知ってるんですか?」

 そういえば、親父はよく街の外にも債権回収に行っていた。他の街に知り合いがいるのも当然か。

「もちろんだよう。イリウはおれたち界隈では有名人だもの。昔はよく一緒に・・・・・・」


「よし、分かった、仕事をやろう。金貨三十五枚出す」


 会話の途中、唐突に、ウェルラントが俺を見据えたまま言い放った。

「き、金貨三十五枚!」

 マジか、それは心底ありがたい。思わず前のめりになった俺の横で、商人二人が「あ」と小さく声を上げた。

「・・・・・・おい、この人の困った人格が出て来ちゃったぜ」

「アレ絡みのことになると性格変わっちゃうからねえ」

「お前らはもう帰っていいぞ。あとはこいつと直接話す」

 領主は先ほどとはまるで違うぞんざいな態度で、二人をしっしっと手で追い払う。

 それに商人はやれやれといった風情で立ち上がり、俺に耳打ちした。

「はいはい、俺たちは退散しますよっと。・・・・・・ターロイ、こうなるとちょっと面倒臭え人だが、金のためにがんばって相手してくれ」

「ほう、こりゃあ公共事業なんて平和なもんじゃなくなっちゃったねえ」



 俺の肩を叩いて二人が出て行ってしまうと、向かいの男はテーブルの上にあった届け物を片付けて、書棚から紙とペンを取り出してきた。

「早速だが仕事の話をしよう。細かいことを考える必要は無い。お前は私の命令に絶対服従し、言うとおりの破壊をしてくれればいい」

 さっきまでの柔らかい物言いはどこへやら。鬼上官みたいな有無を言わせぬ声音と目線に、俺は黙って頷くしかない。

「これは私のごく個人的な依頼になる。正式な手続きを踏む必要も無いから、この場で誓約書を作るが、構わないな?」


 そう言うとウェルラントはペンを取って、『誓約書 この約定は必ず遵守すること』と紙の頭に書き置いた。

 次いで数字がふられていく。全部で約定が八項目あるようだ。その項目が埋まるまで、俺はひたすら黙って注視することにした。


『一、この仕事内容はいかなる者にも漏らさないこと』

 うん、まあこれは終い屋の仕事でもよくある項目だ。

『二、雇用主の指示に従うこと』

 これも分かる。

『三、何を見ても口外しないこと』

 うん? 個人的な仕事だと言うし、何か性癖にでも関係ある物の破壊とか?

『四、移動中大声を出さないこと』

 あれ、移動って、どこに。

『五、王国の規則は無視すること』

 え、ちょっと待て。

『六、倫理は考えないこと』

 いやいやいやいや、そこは考えないと!

『七、万が一獣に襲われても反撃しないこと』

 何でここで獣!? 獣出んの!? 反撃したくてもできないよ!

『八、死にたくなければその場から逃げ出さないこと』


「何ですかそれ! 待って、逃げたら殺す気ですか!?」

「人聞きが悪いな。殺すとは言ってないし、そもそも逃げなければ死なん」

 さらりと言って、『以上 同意のもと作業を終えた時点で、報酬として金貨三十五枚を支払う』と書き添えたウェルラントは、自身の署名をしてからその用紙を俺の方に向けて差し出した。

「お前の署名はこの下に」

 さも俺が署名をするのが当たり前であるかのように、こちらに持ち手を向けてペンを置く。

 しかし何だか危険な匂いのぷんぷんする仕事。俺はあからさまに尻込みした。


「いや、あの、やっぱり少し考えさせてもらって・・・・・・」

「何だ、仕事が欲しいと言ったのはお前だろう。それに他に短期でこの金額が稼げる仕事はないと思うがな」

 うぐう、それは確かに。

「で、でもこの誓約書を見る限り、危険な仕事ですよね? 死んだら元も子も・・・・・・」

「そこに書いてある事項は、最悪のことが起こった場合を想定して書き出してあるだけだ。それを守って淡々と仕事をしてくれれば、何事もなく終わるはずさ。それに」

 そう告げた男は、ソファの背もたれに体を預け、にやりと不敵に口角を上げた。


「もし万が一何かあっても、一応私は騎士として剣の腕にそれなりの自信がある。お前一人を守るくらい造作ない」

 そう言えば、商人たちがこの人を不死身だと噂されるほどの剣の達人だと言っていた。これだけ自信満々なら、もしかして大丈夫、なのかも?


「ぜぜ、絶対守ってくれますか? 言っときますが俺、蚊くらいしか殺せない戦闘力ですよ?」

「お前の戦闘力なんかあてにしないさ。・・・・・・お前はただその能力を発揮してくれればいい」

 ここは決心するべきだろうか。人望ある領主と言われる人らしからぬ悪っぽい笑みを浮かべているのが、ちょっと気にはなるけれど。

 とりあえず金貨三十五枚は必要なのだし、断ると何か怖いことになりそうだし。


 俺のしばしの熟考を、目の前の領主はもう結果を知っているみたいににやにやしながらじっと待っている。

 その視線にさらされながら、俺はおずおずとペンを手に取った。

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