ミシガルの入り口
ミシガルの城門に差し掛かると、そこから外に向かって列が伸びていた。サージがその中程に並んでいるのが見える。
商人二人が連なる列を指差して、俺に並べと促した。
「検問の列だぜ。今日はわりと多めだな。でもまあ、一時間もすれば街に入れるだろ。俺たちは先に行って体洗ってっから、あとで落ち合おうぜ」
「あとで?」
「ほう、おれたちは領主様発行の通行手形を持ってる、ほぼ顔パスの優良商人なんだよう。だから行列の脇からにゅるんと通り抜けできちゃうんだよう」
何その擬音のチョイス。まあ、確かに二人とも今はぬるぬるしてるから、合ってるような気もするけども。
「あとで落ち合うと言っても、俺ミシガルは初めてなんで、どこに行けば良いのかわからないんですけど」
特に突っ込むこともなく訴える俺に、トウゲンが顎で城門の方を指した。
「そこ、城門に入ってすぐに子供たちがいるぜ。そのリーダーのシギに話しておくから、場所はそいつに教えてもらってくれ」
「子供たち・・・・・・って、ミシガルの孤児たち?」
商人の言葉に、ふとサージから聞いた話を思い出した。
あの男は確か、子供に金をせびられると言っていたっけ。
「ああ、そうだぜ。お前、あの子供たちのことを知ってんのか?」
「いえ、ちょっと話に聞いただけなんですけど。・・・・・・そうか、そこにいるなら両替商で金貨を崩さないと。孤児って全部で何人くらいいるんだろう」
基本的に無駄な出費は避けたいが、話を聞いたときからこれに関しては金を出す心づもりがあった。とりあえず出せる金額を考えながら独りごちる。
すると二人で顔を見合わせた商人が、俺の自問に答えてくれた。
「子供はこの時間、城門前にいるのが十五人、他に街中に十人いるぜ。その全ての子供のリーダーがシギだ。・・・・・・ターロイ、あの子らに金を出す気があるのか? だったらシギに銀貨五枚も払えば十分だが」
「え、でもそれじゃ全員に渡らないんじゃないですか? できれば全員に公平にあげたいんですけど」
「ほうほうほう、良い心がけだねえ、ターロイ!」
俺の言葉にホウライが弾んだ声を上げる。その隣でトウゲンもにいと口角を上げた。
「『あげたい』のか、なるほど。だったらターロイ、俺たちが金貨と銀貨、銅貨の両替してやるぜ。行商してると銀貨と銅貨が結構貯まるんだ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
これはマジでありがたい。両替手数料が節約できる。消化液でぬるぬるなのはこの際我慢しよう。
リュックを下ろして中をごそごそと漁るトウゲンに、俺も自分の鞄を探る。
「それで、いくら分を何に両替するんだ?」
じゃらりと音を立てて商人のリュックから取り出されたそれは、丈夫そうな革袋に入っていた。あ、あれなら中身は無事かも。
「ええと、二十五人分だから、金貨三枚を銀貨三十枚に」
自分も硬貨を入れていた麻袋を取り出して返事をする。そして金貨三枚を手にして差し出した。
「・・・・・・全員に銀貨一枚ずつやる気か、すげえな」
「ほう、ターロイは太っ腹だねえ。子供たち驚くよう」
トウゲンが銀貨を十枚ずつ数えて、その都度俺の手のひらの金貨を一枚取り、銀貨を置いていく。うん、大丈夫、ぬるぬるしてない。
「これでOKだな。じゃあ俺たちは先に行くぜ」
両替を終えるとトウゲンはぬるついたリュックを再び背負った。
「はい、ありがとうございました」
俺も銀貨を鞄に収めて礼を言う。するとホウライが楽しそうに笑った。
「ほうほう、助けてもらったんだし礼を言うのはこっちの方だよねえ。面白いなあ、おれは俄然ターロイに興味がわいてきたよう」
「確かに、お前面白いな。あとで美味いもん食いながらゆっくり話そうぜ。じゃあ、待ってるからな!」
二人は手を上げて挨拶をすると、城門に向かっていってしまった。
うーん、・・・・・・一人になると途端にやることがない。
列はそこそこ進むけれど、俺の順番はまだ遠かった。
横に少し身を乗り出して前の様子を伺ってみる。そろそろサージの順番が回ってこようかというところか。
城門には検問をする衛兵が二人いて、旅人を一人ずつチェックしていた。
その向こうに、子供の集団が見える。
おそらくあの子たちがミシガルの孤児だろう。彼らは街に入ってくる旅人の列を眺めていた。
しかしどうもサージに聞いていたイメージと違う。あの男は子供に金をせびられると言っていたけれど、彼らは誰彼かまわず話しかけるわけでもなく、何人もの旅人を無言でスルーしていた。どちらかと言うと、逆に旅人から話しかけられているように見える。
時折自分たちから話しかけに行くそぶりも見せるけれど、少し話すとあっさりと離れて、サージが言うように無理に金をせびっているようには思えなかった。
彼らを観察しているうちに列は進み、検問を抜けたサージがその前を通過していくのが見えた。
あいつに対しても、子供たちは無反応だった。
何だろう、人を見てるのかな? 子供好きそうとか、お金持ちそうとか。
商人との約束もあるし俺は自分から彼らの元に行くつもりだけど、スルーされたらショックかも。
そうして子供たちの挙動を見ていると、まもなく俺の番がやってきた。
「こんばんは、お兄さん。ようこそミシガルへ。トウゲンさんとホウライさんから聞いてるよ。ターロイで間違いないよね?」
検問を抜けるとすぐに、門の前にいた子供のうち十人ほどが俺のところにやってきた。それにちょっと安堵したりして。
「そうだ。ええと、君がシギでいいのかな」
声を掛けてきた子供は他の子より少しだけ背が高い。見た目は十二・三歳だが、随分と大人びた雰囲気を醸していた。明るい茶色の髪に濃いめの琥珀色の瞳が印象的だ。孤児ゆえか細身ではあるが、ガリガリというほどではない。
「そう、俺がシギだ、よろしく。・・・・・・さて、早速だけどさ、トウゲンさんたちからターロイがお金を出してくれるって聞いてるんだけど、いくら出せるんだ?」
あ、すごい単刀直入。でも俺としては孤児であることに引け目を感じている子供より、こういうしたたかな生きる力のある子供の方が安心する。
瞳にこもる力がまっすぐで強い。やはり子供はこうでなければ。
おもねらないシギの態度に俺は好感を持った。
「あまり出せないけど、一人あたま銀貨一枚くらいで何とか」
そもそもが研修費用に足りていない所持金、少し目減りしたくらいで関係あるまい。そのつもりで両替もしてもらったのだしと金額を提示すると、シギが目を丸くした。
「一人銀貨一枚!?」
周りの子供たちも驚いて顔を見合わせている。
「いや、ちょっと待って、全員に渡す気? あの、ごめん、ターロイってそんな金持ちに見えないんだけど」
うん、確かにおっしゃるとおり。余裕の金なんかないけど。
「大丈夫、俺は何とでもなるから」
最悪、研修費用不足分は王都の教団に後払いを頼み込んでみよう。
そう考えて答えると、目の前の少年は肩を竦めて、少し困ったような苦笑を浮かべた。
「あのさ、気持ちは有り難いよ。でも俺たちは無理な金額を出してもらうつもりはないんだ。訊いておいて何だけど、旅に支障のない金額でいいんだよ」
俺に金がないことを察したらしい彼が、俺の前に手のひらをかざす。
「俺に銀貨五枚出せる? 今回はそれで十分だから」
その金額、確か商人たちにも言われたけれど。
「全員にあげたいんだよ。これは俺のこだわりって言うか、信条って言うか。気にせず問答無用でもらって欲しいんだけどな」
告げた言葉に、周りの子供たちがわあっと歓声を上げた。
その反応に、さすがにシギも折れるしかないだろう。俺の頑なさに困惑したように呟いた。
「・・・・・・まあ、そこまで出すと言うなら断る理由はないけど。いいの? 全員分だと銀貨十五枚になるよ」
「え? 他にここにいない子が十人くらいいるって聞いてるけど」
「トウゲンさんたちにそこまで聞いた上で全員に出すって言ってんの!?」
突っ込んだ俺の言葉に、少年が今度は驚き呆れたような声を上げた。
「はあ、どんだけお人好しだよ・・・・・・確かに他にも子供は十人いる。でもあの子たちはまだ小さくてここには出てこれないから別に・・・・・・」
「じゃあ銀貨配るぞ、みんな手出せ!」
どうやらシギはかなりお堅い性格のようだ。これは問答してたら埒があかんと、彼の話の途中で銀貨の袋を取り出して、他の子供たちに示して見せる。みんなが良い返事でこちらに手を出す様子を見て、ようやくシギは俺の説得をあきらめたようだった。
「・・・・・・九、十、と。これ、ここにいない子の分な」
全員に銀貨を一枚ずつ渡して、最後にシギに残りの十枚を渡す。少年は複雑そうな顔をしていたけれど、素直にそれを受け取った。
「こういうことはあんまりないから、・・・・・・ええと、ありがとう。あの子たちも喜ぶと思う」
良かった、押しつけがましく渡してしまったが、とりあえず迷惑そうなそぶりはない。
「どういたしまして。俺にできるのなんてこれくらいしかないしなあ」
と言うか、これは元孤児だった俺の自己満だ。サージに言わせれば偽善なのだろうけれど、それで子供たちが少しでも喜んでくれるならいいと考える。
俺が満足感に浸っていると、シギがさっきまでの戸惑いを消して、柔らかく笑った。
「ターロイって変な人だな。こんな立場逆転の押し問答することになると思わなかった」
「シギだって固すぎだ。俺もこんなに遠慮されると思わなかった」
「遠慮って言うか、あんたの懐を心配して・・・・・・まあいいか」
受け取った銀貨をポケットにしまい込むと、彼は他の子供たちに指示を出し、門の前に戻らせる。それから辺りをうかがうように見回して、再び俺に向き直った。
「俺たちの用事が終わったらターロイを連れてくるように、トウゲンさんたちから言われてる。案内するからついてきて」
「ああ、頼むよ」
俺が麻袋を鞄にしまうのを待ってから、シギが歩き出す。追い抜いてしまわない歩幅でその隣にならぶと、彼はちらりと後ろに視線を走らせた。
ひとつ小さく息を吐き、瞳だけでこちらを見上げる。
「・・・・・・あのさ、今俺たちに金を出すとき、ターロイ随分目立っちゃっただろ。多分見てた人間に金持ってると思われたから、気をつけて」
「え、俺もう全然余力ないけど」
「そんなの分かってるよ。でも周りはそう見てくれないって話。街中は警備が厳しいからそれほど危険はないけどさ。・・・・・・今、嫌な奴に見られてた」
「嫌な奴?」
「よくここを通る旅人なんだけど、いつも他の街に向かう同行者を探してるんだ。街を出るとその同行者を近道だと言って山賊のアジトあたりに連れて行って、いきなり姿を消すらしい。そこで賊に見つかって身ぐるみはがされたって人が何人かいるんだ。そいつ自身は道に迷ったとかはぐれたとかで、山賊との関与は否定してるけど」
「・・・・・・それは嫌だな」
「今度見かけたら教えてやるよ。俺じゃなくても、昼間は仲間があちこち歩いてるから聞いて。みんなターロイの顔覚えたから、力になるよ」
にこと笑った彼は、再び前を向いて少しだけ歩みを早めた。