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王都への道中(2)

 会話をやめてから何時間経っただろうか。

 幾つかの街道の起伏を越え、川に掛かった橋を渡って、森の中を抜ける道に差し掛かったとき、ふと遠くで人の声が聞こえたような気がした。

「・・・・・・なんか今、人の声が聞こえなかったか?」

 前を歩くサージに話しかける。それに男は返事をせずに立ち止まって、耳をそばだてた。


 二人で黙ったまま、梢が風に擦れる音や鳥の軽やかな鳴き声の向こう側に意識を向ける。すると今度はいくらか大きく、しかしやけにくぐもった声が耳に届いた。「誰か助けてくれ」と。


「え、ちょ、誰か助けを求めてるみたいだけど」

「知るかよ、猪にでも追われてんだろ。巻き込まれたら面倒臭え、俺は先行くぜ」

 慌てて声の主を探そうと森の奥に目を向ける俺をよそに、サージは声がしたことを確認しただけであっさりと歩き出した。

「た、助けに行かないのかよ!?」

「行って俺に何の得があるんだよ。行きたいなら一人で行け」

 ふん、と鼻を鳴らしたサージはそのまま去って行く。マジか、この男。


 人助けをしないとは、神に仕える教団の一員、再生師になろうという人間とは思えない。

 ・・・・・・いや、そもそも、俺やサージが再生師候補に選ばれた基準って何なんだ? あの男を見るに、到底信心深さではありえない。一説では、それぞれの街にある教会や教団員の推薦らしいけれど。


「助けてくれえ、誰かー!」

「あ、そうだった」

 怪訝な思いで離れていくサージの背中を見ていたが、再び聞こえた声に、今はそれどころじゃないと慌てて意識を向けた。

 サージは猪などと言ったけれど、草木を踏み荒らす音は聞こえないし、何かに襲われているというわけではないだろう。少しどきどきしながら、森に足を踏み入れる。


「あのー、どこにいますか?」

 声のした方に歩いていくが、一向に人影らしきものは見えなかった。どこか脱出不能な穴の中にでも落ちているとか?

 自分も落ちたら元も子もないと足下を見ながら声を掛けると、

「おお! 誰だか知らんが来てくれたのか! 恩に着るぜ!」

「ほう、これで助かるよ~!」

 何故か頭上から中年らしき男性の声がした。


「え、上?」

 その声につられて上を見た俺は、やはり人影を見つけることができなかった。しかし、そこにぶら下がる大きな緑を目にして、すぐに事態を把握する。

「ドラゴンネペント・・・・・・」

 大木に巻き付き、そこから蔓を垂らしていたのは、巨大な食肉植物。袋状になった主脈の中に消化液を溜めて、匂いに釣られて落ちてきた生き物を溶かして栄養にすることで知られている植物だ。

 表皮がドラゴンの体のように固く大きいことからその名が付いている。とはいえ、こんなに大きなものは初めて見たが。


「ええと・・・・・・この中、ですか?」

 辛うじて手が届くその膨らみを拳で叩く。その手応えは分厚い鉄の扉を叩くような感触で、袋の内側まで響いてはいないようだった。

「ほう、ここだよう」

 頭上の植物がゆさゆさと揺れた。

「こらばか、ホウライ! 余計な動きするんじゃねえ! 空気と反応して消化液の酸が強くなるだろ! ああもう、ブーツの中に入ったぜ! どうしてくれる、俺のすね毛と角質溶けて、明日からつるっと美脚になっちまうわ!」

 どうやら二人で入っていて、そのうちの一人が居場所を知らせようと飛び跳ねたようだ。


「だ、大丈夫ですか? 場所は分かりました、今助けますから」

 とりあえずは元気そうだが、消化液に浸かっているのは一大事。俺は慌てて中に声を掛けた。しかし中から帰ってきた声は俺より余程冷静だった。

「この声からして若い兄ちゃんだな? 他に仲間はいるかい?」

「いや、俺一人ですけど」

「だったら一度ミシガルに行って、助けを呼んできてくれねえか。ドラゴンネペントは蔓を切るのも一苦労の代物だ。普通の刃物じゃ傷も付かんぜ。人数集めて、袋ごとひっくり返して・・・・・・」

「ほう? トウゲン、なんか消化液が増えてきたよう」

「ん?」


 一瞬、そこに沈黙がよぎった。


「おいおい、ホウライが刺激するから、こいつ急いで溶かしに来たじゃねーか! やべえ、おっさん二人で全身脱毛で美肌とか洒落にならねえぜ!」

「ほおおおお、足がぴりぴりしてきたよう~! 水虫に効きそう~!」

 途端に中の二人が慌て出す。・・・・・・いや、慌ててるか? あんまり緊迫感はないようだが。

 どちらにしろ早く助け出さねばなるまい。俺は背負っていたスレッジハンマーを取り出して、植物を見上げると声をかけた。


「あの、今助けますんで」

「一人じゃ無理だって兄ちゃん、今すぐ急いで助け呼んでくれれば多分つるつやオールヌードくらいですむから、行ってきてくれ!」

「大丈夫です、袋を真ん中から二つに割りますから、両端に寄って下さい」

 意識を向ければすぐに破壊点は見える。葉脈に沿って三つの点。

 いくらか消化液をかぶる覚悟をしてから、俺はハンマーを打ち付けた。


 ぴしり、と亀裂が入り、一筋、二筋と消化液が漏れ出す。その隙に俺が飛び退くとすぐに水圧で大きな穴が開き、消化液と一緒に中からリュックを背負ったままのおっさんが二人、びちゃびちゃの状態で流れ出て来た。

「おおおおおお!? マジか!」

「ほうほう、ドラゴンの袋が破れるなんて、こんなことあるんだねえ!」

 現れたのは体毛の濃いガタイの良いおっさんと、白髪白ひげ白眉の小柄なおっさんだ。確かにこれが全部脱毛されたら、ちょっと衝撃かも。

 ほぼ全身に消化液がかかっているが、とりあえずズボンの裾とブーツの紐の繊維がでろでろに溶けているくらいで、体は無事なようだ。


「あの、大丈夫ですか」

 袋から落ちて尻餅をついたままの二人に声をかける。すると男たちは俺を見て目を丸くした。

「兄ちゃんが助けてくれたのか!? ドラゴンネペントの袋を叩き割るなんてどんな屈強な大男かと思ったんだが、全然弱そうだな!」

「ほう、そんな平凡な見た目なのにすごいねえ。ありがとよう」

 あまりありがたみを感じてる言いぐさではないが、まあいいや。


「どうしてこんなところに? ドラゴンネペントって匂いで誘って虫や動物を補食するけど、人間には効かないはずじゃ・・・・・・」

「その匂いの元が蓋の内側にある蜜腺の分泌液なんだけどな、それが動物の罠用として猟師に売れるんだぜ。それを取ろうと思ったらつるっと滑ってぽちゃーんと」

「ほいでおれがそれを助けようとしたらつるっと滑ってぽちゃーんとよう」

「いやびっくりした」

「びっくりしたよう」

 言いつつ立ち上がった二人は、体にまとわりついた少しとろみのある液体を、あらかた手で拭った。最後に綿の布で顔と頭だけきれいにする。


「ドラゴンネペントは脱出不能な分、消化液の酸が弱めだから助かった。でも兄ちゃんが気付いて来てくれなかったらじわじわ溶かされて、超スレンダーになるとこだったぜ、ありがとな」

「ほう、そうだよう、おれの命と体毛の恩人だよう」

「いえ、無事で何よりでした。これからは気をつけて下さいね」

 二人はどうやら大丈夫そうだ。俺は自分の力で助けることができる案件だったことにほっと胸をなで下ろし、ハンマーを背負いなおすとその場を去ろうとした。


「ちょっと待て、兄ちゃん」

 しかし、すぐに呼び止められてしまった。


「・・・・・・何か?」

「ドラゴンネペントを破壊するほどの能力を持つ男との縁を無駄にするわけにはいかないんだぜ。とりあえずこの礼をさせてくれ」

「いや、別にお礼なんて」

「そういうわけにはいかないよう。商人は貸し借りに厳しいんだよう」

「ミシガルに行けばいくらか金が入る。良い飯屋があるんだぜ、おごるからまずは一緒に飯を食おう」

「飯・・・・・・」

 ミシガルなら行き先は同じだ。おまけに金を少しでも節約したい身、おごりの言葉にちょっと心引かれてしまう。


「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はトウゲン、そんでそっちの白髪でとぼけたしゃべりのじじいがホウライ。グラン王国を渡り歩く商人だぜ。お前は?」

「俺はターロイといいます。終い屋をしてて、これから王都で・・・・・・」

「ほうほう、なるほど。あれは終い屋さんの力なんだねえ。ターロイはすごいねえ」

「よし、ターロイだな、よろしく。じゃあ行くぞ、一刻も早くミシガルで風呂入りてえぜ」

 こちらの都合や話はあまり聞く気がないらしい。二人はそれぞれに勝手に納得して歩き出してしまった。

 ・・・・・・まあ、ミシガルに何のツテもないのだし、いろいろ話を聞くのもいいかもしれないが。


「ターロイ、早く来いよ。ミシガルは日暮れと同時に城門が閉まっちまうんだぜ、急ぐぞ」

「え、あ、はいっ」

 少しためらっていた俺は、結局二人に急かされて、一緒にミシガルへ向かうことになってしまったのだった。

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