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許されぬ所業

 俺の中に自分でも知らなかった凶暴な思考が宿っている。

 血が怖い、争いたくない、何事もなく平和が一番。そんな俺は脳みその随分と端っこに追いやられてしまった。


「・・・・・・本当のことを言いたくなるようにしてやろうか? それとも逆に、手っ取り早く何も言えなくしてやろうか?」

 自身の口から発した言葉が思いの外冷たく、そして嘲笑じみていることで、いつの間にか自分の口角が酷薄に上がっていたことに気付く。

 いつもの自分らしからぬ感情、しかしそんなことはどうでも良かった。この鬱憤をようやく晴らす機会を得て、内から噴出する暗い喜びが溢れてしまっているのだ。


「言ってみろよ。お前の望み通りにきれいに『壊してやるよ』」

 口にした科白の最後に、久しぶりに聞いた俺の中の誰かの声が、何の違和感もなく重なった。

「て、てめえのような血を見て卒倒する腰抜けに、何ができるっていうんだ」

「不思議だな。お前の血なら全然見れる気がするわ。まあ別に、皮膚を破らなくても中から壊せるし、問題ない。・・・・・・終い屋の修行中からの知り合いだ、俺の能力は知ってるだろ? 俺が文句を言わないのをいいことに、随分手柄を横取りしたもんな」

「・・・・・・っ、てめえ、ほんとにターロイか・・・・・・?」

 侮蔑を込めた瞳で見下ろす俺を、まるで丸腰で猛獣にでも出会ったような顔で青ざめたサージが見上げる。


「落ち着け、ターロイ」

 そうして目の前の男を威圧していると、不意に親父に肩を掴まれた。いつの間にかスバルも隣に控えている。

「俺は十分落ち着いてるよ。大丈夫、感情にまかせて殺したりしない。ただこいつにこれまでの悪事に対する相応の報いを受けさせるだけだ。なあ、スバル?」

「それはスバルも賛成ですが・・・・・・ターロイ、何かおかしいですよ? そういえばあのときも・・・・・・」


 スバルが何かを言いかけたとき、今度は俺たちを取り巻いていた住人の中から、俺を止めるべく一人の男性が割って入って来た。

「ちょっと待ってくれ、ターロイ」

「親方!」

 俺とサージの師匠であり、かつ俺にとっては尊敬と信頼を寄せる人だ。その出現に、凶暴な思考が少しだけ棘を失う。


 彼は俺とサージの間に立つと、奴を背にかばってこちらを向いた。

「同門のよしみだ、俺に免じてこいつを許してやってくれないか。俺が責任を持って一からサージの精神を鍛え直すから」

「親方、こいつをかばうんですか!?」

 俺が困惑の声を上げると、親方の後ろで孤立無援の状況に青ざめていた男が、いきなり息を吹き返す。

「何言ってんだよ親方、俺はこいつに許しをもらうようなことは何もしてないんだぜ! 犯罪者はターロイだ! 奴を徹底的に鍛え直してくれよ!」

 俺もそうだが、サージもこの親方が自分の敵に回らないことを信じている。どうにか自分の言い分を通そうとする男に、親方は深いため息を吐いて振り返った。


「サージ、もういい加減にしろ。プライドを持つことと虚勢を張るのは別ものだ。もうボロが出て繕いきれなくなってる。もう観念しろ」

「な、何?」

 親方の諭す言葉が予想外だったのか、サージが怯む。

「お前がターロイに対して劣等感を持っていることは知っていた。ターロイの破壊の仕事は客からの評判も良くて、その手並みもいつも兄弟子たちが羨むほど鮮やかだったからな。・・・・・・それをバネにお前も切磋琢磨してくれればと思ったが・・・・・・、相手を陥れることで優位に立っても、虚しいだけだぞ」

「違う、俺は何も悪くねえ! 親方はそいつの言い分を信じるのかよ!」


「お前とはターロイよりも付き合いが長い。小さい頃から知っている。・・・・・・お前が嘘を吐くときの癖も。自分より能力がある人間を認められない性格も」

「違う、お、俺の方がそいつよりずっと力がある! 昔みんなが割れなかった峠の山崩れの大岩だって、俺が割って」

「・・・・・・本当は、あの大岩を割ったのがターロイだと、俺は知っていた」

「なっ・・・・・・」

 親方の科白に男は愕然としたようだった。続く言葉を失って、狼狽え、あてどなくさまよわせた視線を地に落とす。


「弟子の力量くらい把握している。だからその一度だけじゃない、他にもお前がターロイの手柄を我が物顔で奪ったことを知っている。俺が何度かそれとなくたしなめたことがあるだろう。お前は聞く耳を持っていなかったが」

「違う・・・・・・あれは俺の手柄で、俺の力で、俺は・・・・・・」

 体の痺れが抜けたのか、サージがぶつぶつと呟きながらゆらりと立ち上がった。

 親方は未だに強がる男を気遣うように一歩前に出る。


「もうやめろ。お前にだって十分力はあるんだ。だから今度は俺と一緒に自分の力で・・・・・・」

「うるせえ! 違うって言ってんだろ! 俺はてめえらなんかよりずっと偉い偉い、再生師なんだよ! そんなことも分からない虫けらどもは、この世から消えちまえ!」

「サー・・・・・・っ!?」


 それは一瞬の出来事だった。


 正面をカッと睨んだサージが、腰に括っていた古めかしい短剣を抜いて、いきなり親方の心臓を刺し貫いたのだ。

「うわあっ!」

「人殺しだ!」

「なんてことを!」

 このやりとりを見ていた周囲が悲鳴と驚愕で騒然とする。

「は、はは、俺を信じない奴が悪いんだ。俺は悪くねえ! 消えろ! みんな消してやる!」

 男が口元を歪めて声を張り上げると、親方の体が頭の先からすうっと何かの粒子のようなものになって、跡形もなく短剣に吸い込まれていってしまった。


「親方! ・・・・・・サージ、お前、何をしたっ!?」

 衝撃の事態に反射的にハンマーを構えて、サージに向かって地面を蹴る。目の前で起こった許されぬ所業に、思考は一瞬で吹き飛んだ。

 もう、こいつの存在を許しておけるわけがない。


 感情だけで不用意に突っ込もうとして。

 しかしそんな俺を、後ろからトウゲンが慌てたように制止した。

「ターロイ、駄目だ行くな! そいつが持ってるのは人を狂わせる剣、サーヴァレットだぜ!」


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