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王都への道中(1)

 モネの街を出立したのは、通知を受けてから僅か二日後の事だった。

 おかげで餞別その他合わせて、手元にはまだ金貨十五枚しかない。宿代や通行料その他を鑑みると、あと三十数枚は欲しいところだ。

「別に途中に寄るミシガルの街で稼げばいいだろ」

 と親父はあっさりと言ったけれど、初めて行く街でそんな簡単に美味しい仕事にありつけるもんか。


「金がないならあきらめりゃあ良いのによ」

 共に出立したサージが吐き捨てるように言う。道中の安全のためにという親方たちの勧めで俺と一緒に次の街まで行くことになったのが、よほど気にくわないらしい。俺だって好きで一緒にいるわけじゃないのだが。

「サージは資金を今まで溜めてたのか?」

 しかし平和主義の俺は少しでも雰囲気を改善しようと話しかけた。

「親に出させたに決まってんだろ。お前んとこみたいにもらわれっ子じゃないからな。親方からの餞別はまるまる小遣いだ」

「へえ、いいなあ」

 そこそこ裕福な出自の男を素直に羨ましがると、サージは少し機嫌を良くしたようだった。


「教団付きの再生師になりゃ、社会的地位も上がるし稼ぐ金も段違いだ。本来なら親は喜んで資金を出すさ。お前んとこの親父は、お前が研修でふるい落とされて無駄金になるのが分かってるから、出す気にならなかったんじゃねえか? イリウさんは金にシビアだからな」

「・・・・・・そうかもな」

 一応、同意する。俺も少しそう思っていたからだ。

 けれど、他人に指摘されると何か違う。親父は本当に無駄だと思うなら助言なんてしないし、そもそもすっぱりと『無駄だから行くな』と言うだろう。俺の親父はそういう人だ。

 だとすると、本気で俺なら資金を稼げると思っているのか?それもまた信じがたいが。


「俺は次の街に着いたら仕事を探さないと。サージはどうするんだ?」

「ミシガルに一泊したら山を越えて王都に向かう。王都にはいろいろ娯楽施設があるからな。早めに着いて羽を伸ばすつもりさ」

 ミシガルとはこの街道の先にある街だ。王都行きの中継地点で、モネからは大体歩いて半日近く掛かる。俺たちは夕方に着く予定だった。

「山越えは道中危険らしいけど・・・・・・一人で行くのか? 危ないから迂回した方が」

「お前、俺を馬鹿にしてるのか。俺が大槌をふるえば、その辺の物盗りなんか敵じゃねえ」

「大槌って・・・・・・、親方が『仕事道具は神聖なものだ。鎚は武器じゃない』っていつも言ってるだろ」

「あれだ、臨機応変ってやつ。お前がチクらなきゃバレねえ話だよ。俺は勝手にするから、お前も勝手に仕事探してかけずり回ってりゃいい。まあ、一日二日で金貨が二十も三十も稼げる割の良い仕事が転がってるわけないがな。せいぜい足掻けよ」

 嘲笑混じりにそう言うと、サージは視線を遠く前方に向けた。丘から見下ろした目線の先、森や谷川を越えた向こう側に、まだ豆粒ほどの大きさだが、街が見える。


「あれがこのグラン王国で唯一の無神論の街ミシガルだ。何度か行ったことがあるが、領主と教団が反目していて、教団施設が一切ない。教団関係の終い屋仕事は皆無だ」

「無神論の街?」

「王国の国教であるグラン教の一大宗派、グランルーク教団を受け入れない街なんだよ。国の開祖であるグランルークを俺たちは神として崇めてるけど、ミシガルは神と認めていない」

「え、グラン王国の街なのに? なんで?」

「知らねえよ、自分で調べろ。とにかく教団の威光や恩恵は受けられない街だってことだ。・・・・・・ああ、あとは」

 サージが何かを思い出したようにこちらをちらりと見て、にやと笑った。

「あそこにはお前の大好きな孤児どもがいっぱいいる。教団施設が無いから、孤児院がないんだよ。うぜえガキに金をせびられるから、少ない金をさらに減らさないように気をつけるんだな」

「・・・・・・!」


 孤児院がない街。

 教団と反目していることよりも、俺にとってはそちらの方が衝撃だった。教団施設を拒んでおきながら私設孤児院も作らないなんて、そんな非人道的な街がこんな近くにあったとは。

「親父はミシガルを活気があって豊かな街だって言ってたのに」

「街自体は豊かさ。だからって貧乏人がいないわけじゃねえだろ。街に金があれば、お前みたいに仕事が欲しいだけの下賎な奴らも群がってくるし、おこぼれに預かりたいガキが増えるのは道理だ。邪魔くさいことにな」

 サージが馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 この男の傲慢さ、高慢さが滲んだ笑みだ。

 俺はその表情を見ないように意識的に視線を逸らした。

「金があっても心が貧しい街なのかな」

「それ、領主に言ってみろ。あそこの領主は王都騎士団の名誉団長だ。きっと一突きで殺してくれるぞ」

「・・・・・・さすがにそこまで狭量じゃないことを願うけど」


 やはりこの男と和合するなんて無理だ。

 サージの険だらけの言葉に辟易して、俺は口を噤んだ。

 あまりこの男に対しての負の感情を蓄積するのは得策ではない。先日の一件で、俺はサージの壊し方を知ってしまっていた。もちろんそれを実行するだけの度胸は持ち合わせていないつもりだが、激高して我を失うと、得体の知れない誰かが感情の隙間から顔を出さないとも限らないのだ。


 そもそも昔から俺は何故か壊すべきものの急所を見る能力があり、最小限の力で大体何でも破壊できた。おかげでこんななりながら大男ばかりの終い屋に就けている。

 再生師を目指していた自分にとってはありがたい力。しかし、これは感情の振り幅によって結果の変わる、怖い力でもあった。


 小さくため息を吐いて、俺のことなど無視するように前を歩く男を見る。

 そういえばこの男が俺を敵視し始めたのは、つい感情的になってしまったあの時だった。


 サージは俺とは真逆で、力任せに何でも壊す男だ。それも気の向くままにめちゃくちゃに壊す、全壊、粉砕の仕事を得意とする。力があるからそれでいいと思う。


 しかし時には力ずくでは壊せないものがあった。

 俺たちが終い屋になってから間もない頃に来た破壊依頼の一つ、山崩れで道をふさいだ大岩だ。

 普段はそれを全員でこつこつと端から壊していくか火薬とくさびを使って割るのだが、その日サージはおろしたての大槌を振りかざして鼻息荒く『俺が壊す』と言い出した。


 親方はサージのやる気を買って昼まで好きにしろと許してくれたけれど、当然親方のようなベテランでも一人で壊せないものが、新人に壊せるはずがなかった。


 そこで俺は余計なことをしてしまったのだ。

 俺はサージにこっそり岩の破壊点を教えた。出来なかったなどと言いたくないだろうプライドの高い同僚への純粋な親切心からだ。

 サージは半信半疑だったが、もちろんその通りに力を加えれば、大岩はあっさりときれいに二つに割れた。


 すると、奴はなぜか突然すごい剣幕で俺をこき下ろし始めたのだ。

『俺が普通に割れたのに、お前が余計なこと言ったせいでお前のおかげみたいになるじゃねえか! 手柄泥棒が!』

 大体そのような罵りを、言葉を替えながら延々と俺に訴えてきた。

『自分の貧相でひょろい体じゃ壊せないからって、俺の手柄を取ろうとしやがって! 俺を利用する気だったんだろ、この卑怯者!』


『なんだと! そんなに言うなら、半分になったそっちを一人で壊してみろよ!』

 今思えば反応しなければ良かったのだ。血が苦手な俺はその頃から他人と争うのが嫌いだったのだから。

 けれど、まだサージの罵詈雑言に慣れていなかったこの時は、さすがに一方的に貶されることに腹を立ててしまった。


『俺はこっちを壊す。お前が壊せなくて俺が壊せたら、難癖を付けて自分だけの手柄にしようとしたお前の方が卑怯者だからな!』

 こんなふうに激高した状態でものを破壊するのは初めてだった。

 俺は基本的にものを終う時は人工物だろうが自然物だろうが物とこの力に敬意を払い、きれいに壊すことを心がけていたのだ。最小の力で壊し、できる限り廃材を再利用できる状態にすることを旨としていたし、それを得意としていた。

 しかしこの時の俺は、感情のままにその岩を前にしてしまった。

 すると、いつもはきれいに並んで現れる破壊点が、妙に散らばって見えたのだ。それに一瞬違和感を抱いたが。


(かまうものか、派手に壊してやれ)

 その時俺の心に浮かんだ声は、俺のものだったのか誰かのものだったのか。

 俺はサージが振るう大槌より大分小さいスレッジハンマーを、ためらいなく振り下ろした。


 その瞬間の暗い楽しみを得たような手応えを、自己嫌悪感と共に未だ覚えている。

 結果、俺はその岩を粉々に砕き散らした。いや、砕き散らせてしまった、と言うのが正しい。これは俺の意図と違うものだった。

 その敬意のかけらもないありさまを目の当たりにして、今まで敬ってきたものを貶めてしまったかのような罪悪感に俺は呆然とした。

 そして漠然とただ仕事に便利だと思っていたこの力は、万物の壊滅にも通じる力なのだと今さら初めて理解した。


 今回は岩だったけれど、これが家だったら、街だったら、城だったら・・・・・・人だったら。この力があれば俺は木っ端みじんに壊せるのだ、こんなふうに簡単に。

 一体、何のために与えられた力だ、これは。


 そうして俺が立ち尽くしている間に、岩の砕ける大きな音を聞きつけた親方たちが様子を見に来た。俺はそのときはまだ動揺したままで、みんなの話をどこか遠くに聞いていた。

 すごい、すごいとはやし立てる声に、何がすごいものかと心は冷める。

 その賛辞が自分に向けられていないことに密かな安堵と疑問を感じて目を向けると、何故か知らぬ間にもう一個の岩を壊せなかったはずのサージがこの岩を壊したことになっていた。

 そこには、自戒の念にさらされている俺とは対照的に、自慢げに先輩職人たちに嘘の成果を語るサージがいて。

 正直、この破壊を自分がしたなどと言いたくなかった俺は、それを都合良く思い、口を閉ざした。手柄を自分のものにしたかったプライドの高いサージと利害が一致したのだ。


 しかし互いの中に、相手を利用したというわだかまりが残り、以来、俺とサージの間には大きな溝が出来ていった。

 俺がひときわ平和主義になったのもこれがきっかけだ。この男の強まる敵対心に応じていると、あの感覚が呼び起こされそうになる。その感情を受け流す対応がさらにサージの神経を逆なでしていると承知してはいるけれど。

(またあの声がしたら、壊してしまうかもしれない)

 サージの壊し方を知ってしまった今、この男を相手に気持ちを荒げることは本当に恐ろしいことなのだ。

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