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牢屋にて

「全くもう、スバルがターロイを守ると言ったですのに」

 ウェルラントの屋敷の牢に俺と一緒に入れられたスバルが、向かいでむくれている。

「いやまあ、命まで取る感じじゃなかったしさ。・・・・・・ていうか、別にスバルまで捕まらなくて良かったのに。ウェルラントも立ち去れって言ってたじゃないか」

「あそこでターロイを置いて去るなんて、スバルのプライドが許さないです。スバルは裏切らないし、見捨てない。それをターロイたちに強いることはしないですが、スバルはそれを信条とし、誇りにしているのです」

 相変わらず彼女は強く真っ直ぐだ。


「それにしても、拘束しておきながらいつまでスバルたちを放っておくつもりですか、あの男は。もう夜明けですよ。正直そろそろ寝落ちしてしまいそうです」

「裏のあそこの始末してるんじゃないか? 教団の人間が動けない状態で何人も倒れてるし、アイテムもあのままにはしておけないだろうし。ウェルラントしか入れない場所になってるから、一人でしなきゃだしな」

「・・・・・・あそこをウェルラントが一人で怒りながら寂しくお片付けしてるなんて・・・・・・、ぷっ、想像しただけで笑えるです。うぷぷ」

 どういう姿を脳裏に浮かべているのか、スバルは肩を震わして笑っている。


「それにしても、あそこの地下には何があったんだろうな。地下の話になった途端、ウェルラントの反応が変わったし・・・・・・それに、ルークって人は結局いたのかいないのか」

「神の使いって言ってたですよね? 神とはグランルークなんです? グランルークの使いがルークって、グランはどこ行ったって話ですよ」

「ははは、別にグランとルークがいるわけじゃ・・・・・・いや、そんなこともあるかもな。結局何も分かんないんだし」

 そうだ、分からないことが多すぎる。


「カムイも、神の使いやウェルラントとどういう関係なのか・・・・・・」

「そう言えば、忌み子ってどういう意味です? カムイが言ってたですが」

 スバルが犬っぽい仕草で首を傾げた。

「うーん、千年前の戦史で何人かの記述があるんだけど、詳しいことはよく分かってないんだよね。とりあえず、ごく稀に生まれる、真っ赤な髪と瞳を持つ人間のことを言うんだ。稀有な呪いを掛けるとかで、戦争が終わった後に大きな問題になったらしい。以来、歴史には一切出てこないんだよ」

「呪いですか。カムイが人を呪ったりすることはありえないと思うですけどね。・・・・・・あ」


 俺の説明に肩を竦めた彼女が、不意に耳をぴんと立てる。

「どうした? スバル」

「ウェルラントがやっとお出ましです」

 そうスバルが言ったと同時に、ガチャリと看守室の扉が開いた。


「おとなしく待っていたようだな」

 入ってきたウェルラントは、一人だった。その手にフードマントを持っている。

「ふんだ、お前のことなんぞ待ってないです」

 憎まれ口を叩いてべえ、と舌を出したスバルを気にせずに、彼はそのマントを格子の隙間から檻の中へ落とした。

「スバル、周りに奇異の目で見られたくなかったらこれをかぶっておけ。ここには私以外の者も来る。・・・・・・今ひとしきり後始末をしてきたんだが、まあ、いろいろ状況が分かってきた」

 屋敷裏で会ったときと比べて、今は随分落ち着いているようだ。表情は未だ不機嫌そうだが、自称が『私』になっている。


「教団の奴らは・・・・・・」

「一応全員回収した。口のきける奴は残し、再起不能の奴らは応急処置だけして王都の教団本部に宣戦布告付きで強制送還するつもりだ。私がこの事態に黙っている気はないことを奴らに教えてやる」

「それは勝手にしろですが、ターロイのことはどうする気です? お前、その様子からしてもうターロイが奴らの仲間じゃないと分かってるだろです」

 スバルの言葉にウェルラントは腕を組んだ。

「まだ全ての出来事を把握したわけじゃない。教団と組んでいなかったとしても、お前たちがあそこにいた理由も知らん。あいつ・・・・・・カムイが呼び出された経緯もな」


 そう言って、深くため息を吐いた彼の視線が床に落とされる。

 一体この人とカムイはどういう関係だろう。

 ウェルラントはルークという人も閉じ込めていたようだし、悪人なんだろうか。でもそればかりの人間とは思えないから、どうにも判断がつかない。


「まあ、今日はいい。お前たちも眠っていないだろう。話は明日にするから、今のうちに休んでおけ。食事は後で持ってこさせる」

 困惑した気持ちで彼を見ていると、再び俺に視線を合わせたウェルラントは、淡々とそれだけ告げて踵を返した。

「え、え? いや、待って下さい。今日ってまだ、夜明け前の早朝なんですけど。なのに話は明日?」

 驚いて慌てて彼を呼び止める。

 正直、とっとと弁明をして解放されたい。それなのに、これから丸一日以上を牢屋で過ごせとは。


 しかし俺の声に足を止めたウェルラントは、首だけで振り返って、それを即却下した。

「今日ではまだ早い。王都から教団の内情の報告が上がるまでは。・・・・・・それに、おそらくだが、今はここにいた方がお前は安全だと思う」

「ここって、牢屋に?」

「一応ここは檻になってはいるが、軽い懲罰用のものだ。ベッドもトイレもついているし、食事もそれなりのものを出す。一晩くらい我慢しろ」

 だめだ、取り付く島がない。


「じゃ、じゃあせめて、スバルだけでも出してあげて欲しいんですけど。ベッド一つしかないし、明日までこの中に二人って、ちょっと問題じゃないかと」

「それは別にかまわないが。スバルがそれで納得するのならな」

「そりゃあ、なあ、スバル・・・・・・」

 同意を求めてスバルを見ると、なぜか彼女は耳をぺたんと寝かせてしまっていた。


「ターロイは、スバルと一日同じ部屋に一緒にいるのが嫌なのですか」

 いささか落ち込んだ声音に俺は焦って首を振る。

「ち、違うよ、そういうんじゃなくて! ほら、いろいろ困るだろ、寝るのとかも、一緒ってわけには・・・・・・!」

「ま、まさかスバルが側で寝ると獣臭いですか!? これでも毛並みの手入れには気を遣ってるですが・・・・・・。臭いは生理的嗜好に個人差がありますから、それでは仕方ないです・・・・・・」

「いやいや、スバルはいい匂いだったから、それは大丈夫なんだけど!」

 すっかりしおれてしまった彼女に困っていると、格子の外からウェルラントに確認するように訊ねられた。


「どうする?」

「・・・・・・えーと・・・・・・」

 さすがにこの状態で、俺を思ってここまでついてきてくれたスバルを牢から出すのははばかられる。

 どうせ一夜を共にしたところで俺しか気にしないのだから、俺が折れるしかなかった。正直なところ、女の子に恋愛的免疫のない俺に、何かをしでかす度胸なんてないのだ。


「・・・・・・毛布をもう一枚お願いします・・・・・・」

「わかった。後で届けさせる」

 俺の決断をまるで分かっていたかのように表情を変えずにあっさりと請け合ったウェルラントは、そのまま出て行ってしまった。


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