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モネの街にて(2)

「エイランさん、マルロの様子はどう?」

 帰宅してまず顔を出すのは、養っている子供のところだ。俺は自宅の二階の一室にベッドと簡易なテーブルを置き、そこに十歳くらいの小柄な栗色の髪の少年を保護している。

 その世話をしてくれているのは近くに住む女性のエイランで、親方の奥さんだ。本来の仕事は一階で営業している親父の店の受付なのだが、その合間にボランティア同然の薄給でこちらも請け負ってくれていた。


「相変わらずよ。特にこちらの呼びかけには反応なし。まあ、食事は口元に持って行けばちゃんと食べてくれるし、おとなしくて手は掛からないんだけど。でもこの年頃の子供に手が掛からないのは、ちょっと寂しいわよね」

 過去に五人の子供を育てていたという肝っ玉母さんの彼女は、この状況に眉を顰める。

「うちの子たちはみんな自立しちゃってつまらないから、この子にめちゃめちゃ手を掛けてあげたいのにねえ」

 エイランはそう言って、ベッドに横になっている少年の頭を撫でた。しかしマルロは薄く目を開いてはいるものの、何の反応もしない。

「もしこの子が起きられるようになったら、是非頼むよ」

「そうね。あんたもここに来たときは同じような状態だったのに、今はこれだけ元気になったんだから、この子だってすぐに良くなるわ」

「ああ」


 サージは偽善だと言っていたけれど、俺がこの子供を引き取ったのは、過去の自分と同じ状況にいるマルロを放っておけなかったからだった。

 もちろんその頃の記憶はないが、当時もこのエイランが俺の世話をしてくれていたのだから、そういうことなのだろう。

 俺はたまたま親父に引き取ってもらえたが、そうでない場合こういう子供は街内外でふらふらとして事故に遭ったり路上で凍死したりで、大体生きていられないのだ。

 マルロも同様に街外れで馬車に轢かれそうだったところを、俺がたまたま見つけて連れてきた。

 だからマルロという名前も俺が付けたものだ。


 何が原因で子供がこんな状態になっているのか、国も教団も分からない、対応できないの一点張りで、この子供たちには受け皿がない。

 なぜ教団の孤児院が彼らを保護してくれないのかは知らないが、ならば俺が救うしかなかった。

 親方の言葉で言えば、俺はあのとき明らかにマルロを生かすためにあの場所へ引っ張られたのだろうから。


「ところでエイランさん、しばらくマルロのことお願いしてもいいかな。俺、再生師の候補に選ばれたんだ。王都に行かなくちゃいけなくて」

「あら! 再生師に!? すごいじゃない!」

「ああ、この子も普通の子供に戻れるかもしれない。俺の恩人にも、会えるかも」


 再生師は、終い屋を経た破壊からの再生を司る、グランルーク教団の占有資格。

 七年前、見知らぬベッドの上で急激に覚醒したとき、親父とエイランと共に俺を見下ろしていた人の職業だ。この再生師は偶然通りかかったという話だったのだが、なぜか無償で俺を診てくれたという。

 その時の彼の言葉を今でも覚えている。


『約束は果たした』


 言葉の真意は分からないが、再生師になればまたあの人に会って意味を聞けるかもしれない。あの人が俺にしたように、子供たちを治すこともできるかもしれない。

 以来俺は、ずっと彼と同じ再生師を目指してきたのだ。


「でも、王都まで行くならお金が掛かるでしょう? 資金は工面できるの? 教団の資格を取るにはけっこうな費用も必要だと言うし・・・・・・」

「あー、うん・・・・・・どうにかしないといけない。とりあえず親父に土下座して頼めって親方にも言われて来たけど」

「そんなことでイリウさんがお金貸してくれるわけないじゃない」

「だよなあ」

 ため息を吐きつつ肩を竦める。

 金貸しである俺の親父は、貧富や老若男女の別に関係なく、見込みのある人間にはどんと金を貸す。それが弱者を救済しているように見えるから善人に見られやすいのだ。しかし一方で親父は自分のめがねに適わない人間には僅かな金も出さない。そして息子の俺にも断固として出さない。

 俺ってそんなに見込み無いのか。


「あんな鬼だから嫁も来ないんだよ。はあ、親方みたいな親父が欲しい・・・・・・」

「おい、聞こえてるぞ腐れ息子」

「あたっ!」

 部屋の入り口に背中を向けていたら、いきなり尻を蹴り上げられた。その衝撃に慌てて振り向くと、俺より拳一つ半くらい背の高い、目つきの鋭い男がこちらを見下ろしていた。俺の親父だ。


「あらイリウさん、お帰りなさい。債権回収はどうだった?」

「当然全部取ってきた。エイラン、店に戻って帳簿付け頼む。あと明日の回収先をまとめておいてくれ。借り入れの依頼を持ってきた奴の資料は後で読むから、カウンターの上で」

「はいはい、了解。じゃあね、ターロイ」

 ひらひらと手を振って、エイランが去って行く。

「イリウさん、あんまりターロイをいじめないでね」

 親父とのすれ違いざまにそんなことを言ってくれたけれど、まあ、焼け石に水だ。俺たちは決して仲が悪いわけじゃないのだが、親子と言うよりは力関係のはっきりしたケンカ友達に近かった。

 親父がまだ所帯持ちではなく、歳もまだ四十手前だからかもしれない。この人には父性ってやつが皆無なのだ。


「おやっさんから聞いたぞ、ターロイ。再生師の候補に選ばれたそうだな」

「ああ、うん。それで・・・・・・」

「金なら出さねえぞ」

 速攻で切り捨てられた。いや、うん。分かってた。

「おやっさんは餞別出すって張り切ってたけどな。全くあの人はお前に甘いから困る。孫バカのじじいかっての。俺は別にお前を可愛がるために引き取ったわけじゃねえんだよ」

 おやっさんとは親方のことだ。親父も世話になった人らしいから、確かに俺は孫みたいな位置なのかもしれない。


「親父には頼まないよ。金は・・・・・・自分で何とかする。ただ、しばらく家を離れるから親父の方こそ飯とかは自分でどうにかしろよな」

「飯なんかエイランに頼むさ。掃除はお前が帰ってきた時にまとめてしてくれ。洗濯も大物は溜めとくから」

「俺は金の掛からない家政婦か!」

「そのために初期投資ずいぶんしてやったんだろうが。お前の養育費にどんだけ掛かったと思ってんだよ、ああ?」

 本心なのか揶揄なのか、否定をしないにやにや笑いが腹立たしい。

 しかしお金様崇拝で無駄金を使うことを嫌う親父が俺を育てるのに身銭を切ってくれたことは事実で、そこにいかような理由があろうと感謝するしかないのだろうけれど。


 反論をあきらめて不機嫌に口をつぐむと、楽しそうに笑った親父に鼻を摘ままれた。

「ここまで育ててやった俺に感謝の言葉は?」

「・・・・・・あざっす・・・・・・」

「ははは、すげえ気持ちこもってねえ!」

「いたっ、いってえ親父! 千切れる!」

 ゲラゲラと笑いながら鼻をつねられて、力尽くで手を払いのける。うわ、これ絶対赤くなってるだろ。

「全く、感謝する気も失せるわ!」

「他の街に行ったら俺みたいな理不尽な奴なんかいっぱいいるんだぞ。練習、練習」

「・・・・・・自分が理不尽な自覚あるんだ」

「あ・え・て、お前のためにこんな行動をしているんじゃないか」

「嘘くさ・・・・・・」

「嘘とは心外だな、俺は信用商売でやってるんだぞ」

 半眼でじとりと親父を見るが、全く意に介さない。


 それ以上俺と語るつもりがないらしい親父は、今度はベッドのそばに寄っていった。そして子供の顔をのぞき込む。

「よう、元気か、マルロ」

 もちろんだが、声を掛けたところで反応はない。しかし親父はそんなことは気にせず子供の枕元に顔を寄せた。この人の興味は別のところにあるからだ。

 マルロは時折、俺たちに理解できない言葉を呟いた。親父はどうやらそれが聞きたいらしいのだった。


「おい親父、鼻つねったりすんなよ」

「俺がそんなひどいことするわけねえだろ」

 ついさっき俺にそれをしておきながら、馬鹿なことをと言わんばかりに肩を竦める。しかしすぐに口角を上げると、そんなことより、と俺を手招きした。

「こいつ最近、昔のお前と同じ単語を吐くんだ。何を言ってるか気になるだろ?」

「・・・・・・昔の俺と?」

「つまりこいつは、適当な言葉を発しているわけじゃないってこと。俺たちの知らない、意味のある言葉をしゃべっているってことだ。でなきゃ、お前とこいつが同じ単語を口にするわけがない」

「俺今、マルロの言葉全然わかんないけど」

「それはおそらく、あの再生師が・・・・・・」


「・・・・・・コウ・ハー、メテ・・・・・・マ」

 不意に、中空を眺めていたマルロがぼそと呟いた。それに気付いた親父が話を切り上げて、

「これ、この単語だよ」

と、興味深そうに少年を見る。しかし俺にはやはり理解できなかった。いや、したくないと言うべきか。その言葉は、俺の中の誰かの記憶をざりりと撫で上げるような、ざわざわした響きがあった。

「それ、解読して何か意味あるかな」

「さあな。でも未知なるものは探求したくなるのが男ってもんだろ」

「俺は早く再生師になって、この子たちを治してやる方がいい」

 告げると、親父は少し意地悪な顔をした。


「『治して』やると言うけどな、・・・・・・こいつらが、何かの病気だと思うか?」

「え?」

 妙な問いに、つい聞き返す。しかし親父にしては珍しく、すぐに自分が発した問いを曖昧に濁した。

「・・・・・・いや、まあいい。お前はお前でできることをしてやればいいさ。まずは、研修用の資金集め頑張れよ」

「あうっ! 忘れてたのに・・・・・・」

「忘れてる場合か。俺の息子なら金貨四十枚くらい二・三日で集めてみやがれ。知恵を絞れ、体を動かせ。自分の強みを生かせ。あと仕事探しには感謝と愛嬌な、忘れるな。・・・・・・ほら、俺の助言ありがてえだろうが」

「・・・・・・あざっす」

「気持ちこもってねえ~!」

 親父は大きく笑うとやにわに体を起こし、俺にものすごいデコピンを食らわせたのだった。

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