拘留所にて
鉄格子の狭い小部屋に閉じ込められて一晩が経った。
荷物と仕事道具は取り上げられたが、服装などはそのままだ。だからすぐに弁明をさせてもらえるのかと思ったのに、その後は粗末な食事が与えられただけで誰も会いに来なかった。
意味がわからない。
少し考えればサージの言ってることはめちゃくちゃだなんてすぐ分かるはずだ。なのに神に仕える教団の人間が、双方の言い分を聞くこともせず、一方的に俺だけに罪をかぶせるなんて。
・・・・・・もしかしてはめられている? 誰に? 何のために?
わき上がるサージへの憎悪と教団への疑念に、俺の思考はべったりと塗り潰されている。腹の底からマグマのように噴出する今までにない感情で、昨晩は一睡もできなかった。
再生師となり子供を救うことは、俺の至上命題だったのだ。
血が苦手なはずの俺が、唯一、サージの血なら見ても構わないと思う。普段ならその思考自体に恐れを抱くのに、怒りに呑まれた俺はその考えをあっさりと許容した。
人の体なら、ハンマーなどなくても、拳一つで破壊できる。
鉄格子越しでもいい、あの男が俺の前に現れれば。
そうして鬱々とした暗い考えに囚われていると、不意に人の足音が近付いてきた。誰かがこちらに向かってくる。
もしかして今度こそ話を聞きにきてくれたのだろうか。
俺は顔を上げて立ち上がると、鉄格子の前に立って音のする方を伺った。
ゆったりと歩いてきたのは教団のローブをまとった男二人。
彼らは俺のところまで来て俺をじろじろと見た。
「お前が特例で来た男か。終い屋とは思えない体格だな。あの男の選抜と言うからどれだけ奇抜で特異な奴かと思ったが。見に来るだけ損だったようだ」
特例。そう言えば昨日もそんなことを言われていた。しかし今そんなことはどうでもいい。
「あの、俺は悪いことなんてしてません。話をちゃんと聞いて、ここから出して欲しいんですが」
目の前の男はその身なりから見て、そこそこ偉い司祭か何かだろう。それなら話を聞いてくれるかもしれないと訴えると、話を聞くどころか鼻で笑われた。
「はっ。聞いているぞ、お前。何だあの微々たる寄付金は。神に対して不敬だろう、十分悪い。今後教団の世話になるつもりだったのなら、全財産出してもいいくらいなんだ。・・・・・・お前ともめていた男は信心深いぞ。それなりの金を出してきたし、お前とのことを精査しないでくれるなら実家からさらに金貨百枚寄付すると言ってきた」
「・・・・・・は?」
一瞬耳を疑う。
寄付金の多寡で善悪を判断されている? おまけに、サージの奴が俺との件を金でもみ消そうとしている?
「・・・・・・あんた、神に仕えてる司祭だよね」
「もちろんだ。こうして下々から金を吸い上げ私を満たしてくれるなんて、神は本当にすばらしい。神にお仕えしているからこその恩恵だろう」
ウェルラントが教団を毛嫌いしている理由が分かった。彼は少しおかしなところはあるが、政ではちゃんと住人のことを考えている。こんな人間と相容れるはずがない。
「これから俺はどうなんの」
もう弁解して解放してもらおうなどという気はなくなった。
この教団で再生師になろうという思いは、その教団に穢されてしまった。ひどく冷たい気持ちで鉄格子向こうの男を見ると、その顔面に破壊点が浮かぶ。
そうだ、司祭の返事次第ではここから腕を伸ばして、二度と話せぬように歯を全部折ってやろうか。
そんな俺の心の機微など気付かない男は、隣の男に話しかけた。
「これは外に出すと面倒だ。あのサージという男からはこれの話でまだまだ寄付金を取れるだろうしな」
「では、この男は子供たちと一緒に、あの材料に・・・・・・」
子供たち? 材料? またわけの分からないことを言っている。
・・・・・・しかし俺を正当に扱う気がないことだけは分かった。
この男、壊してしまおう。
俺の中の誰かの声と、俺の心の声が重なった。
その声に導かれるまま、鉄格子から腕を伸ばそうとして、
「おや、司祭殿。探しましたよ、こんなところにおられるとは」
唐突に現れた三人目に、俺は動きを止めた。
「グ、グレイ殿・・・・・・! なぜここに・・・・・・!」
明らかに先の二人が狼狽える。そして俺は、彼を見て目を丸くした。
灰色の髪と瞳、眼鏡、再生師のローブ。七年前、モネで俺を目覚めさせてくれた再生師、その人だったからだ。
「私が来たら何か不都合でもありました? まさか聖職であるあなたが、後ろめたいことをなさっているわけでもありますまいに。・・・・・・ところで、彼は私が特例で選抜した青年ですが、・・・・・・こんなところに入っているなんて、何か問題でも?」
「い、いや、彼は盗みを・・・・・・」
「盗み? ほう、それは・・・・・・。被害者はどちらに? 彼を呼んだ私にも責任がある。私が直接謝罪させてもらいましょう。その人のもとへ連れて行っていただけますか」
「っ、そ、それは・・・・・・」
しどろもどろになって後ずさる。司祭はグレイと全く目を合わせない。
「それとも慈悲深い司祭様は、これを不問にし、彼の身柄を私に委ねてくださいますか? でしたら私が責任を持って、彼を教育しますが」
彼がにこりと微笑むと、男はびくりと肩を震わせてから焦ったようにこくこくと頷いた。
「ああ、構わない、構わないとも、それで。研修に参加するのなら、それも許可しよう。では、私は急ぐので、これで失礼する」
そのまま二人で押し合いながら足早に去って行く。
何だ、あの態度の差。俺はそれを呆然と見送った。
「はは、相変わらずのゲスな小悪党っぷり。守銭奴司祭は今日も通常運転ですね」
一人残ったグレイが皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。その手にはすでにこの展開が決まっていたかのようにここの鍵が握られていて、俺はあっさりと鉄格子の外に連れ出された。
ああ、またこの人が俺を助けてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます。あの、・・・・・・昔、俺をモネの街で助けてくれた再生師様ですよね?」
思わぬ再会を実感して、さっきまでの重い気分が吹き飛ぶ。
「おや、私を覚えているんですか。ふむ、問題なく育ったようで良かったです、ターロイ」
彼も俺のことを覚えていてくれた。教団なんて糞食らえとさっきまで思っていたけれど、こんな人もちゃんといるのだとほっとする。
「俺、あなたのように子供を助けたくて、再生師を目指してここに来たんです。お会いできて嬉しいです」
目の前の男は少し俺より逞しい。それでも他の終い屋や再生師に比べて細身だった。いつも貧弱だと馬鹿にされるけれど、こういう体型でも再生師になれるのだ。
「ははは、残念ながらこんな糞教団の再生師になったところで魂濁した子供は救えませんよ。お布施で司祭の別荘を建てるような悪徳教会に、神の加護なんてありませんから」
しかし笑顔の彼から返ってきた言葉は、ストレートに救いがなかった。
「魂濁・・・・・・? 子供を救えないって・・・・・・」
「魂濁とは、君が昔なっていたような、魂と肉体の情報が混乱して分離しかけた状態のことです。教団に金を払って資格を取るような職業で、それを治せるような奇跡の力が手に入るわけがない」
「え? でも、あなたは俺のことを治してくれましたよね? その力があるんじゃ・・・・・・」
「あれはとある人物との約束で、私の力というより・・・・・・まあ、それはおいおい話しましょう。ひとまず、誤解をしないでもらいたい。今回の研修で私が君を特例で入れた目的は、再生師にするためじゃないのです」
そう言ったグレイは、興味深げに俺の瞳を覗き込んだ。
「君の中にいるもう一人の状態を確認するため、です」