王都 教会前
王都に続く街道は往来する馬車や人がひっきりなしだった。
検問を済ませて城門をくぐると、まずその広さに圧倒された。都の奥の高台には大きな王宮がそびえ立ち、その隣にこれまた大きな教会と塔が並んでいる。その手前は貴族の邸宅らしき建物が多くあり、少し低くなったところに民家や商店が建ち並んでいた。さらにその端が低地になっているが、そこはこの入り口からは見えない。
都の中央に走る大きな通りは、王宮の方へまっすぐつながっているようだ。
とりあえず目指すのは教会だから、迷子の心配はないだろう。
余剰の金もないことだし、俺はまっすぐ目的地に足を向けた。
そういえば、サージはどこにいるのだろう。城門前では見かけなかったから、通行手形は持っていたのかな? だったら再生師候補だと証明できているかも。うまくいけば教会で会えるだろう。
道の両側にあるいろんな店には目もくれず、俺は視線を教会に固定したまま足早に通りを抜ける。だってやっとたどり着いた。俺の憧れの職業への第一歩。
はあ、なんだかモネを出てから長かった気がする。
しかしようやくこれで、念願の再生師になれるのだ。研修で何をするのか分からないけれど、絶対最後までやり遂げてみせる。
待ってろよ、マルロ。
かなり歩いた通りの突き当たり、王宮と教会の前は大きな広場になっていて、出店や大道芸人が人を集めて賑わっていた。
その向こうに見える正面の王宮への入り口には、門番が一人だけ立っている。
そして広場の右奥にある教会の入り口には、4人も門番がいた。
王都はグランルーク教団の本拠とはいえ、王宮より警備が厳重だとは。・・・・・・いや、王宮が手薄すぎるのか? 国王直属には騎士団がいるはずだけど、見当たらないし。
まあ、今実際に政を動かしているのは教団の大司教だという話だからな。国王は内政に興味がなくて全く表に出てこないというし、そもそも謁見しに訪れる人自体がいないのかも。
俺は大して気にも留めずに教団の入り口に向かった。
教会に礼拝するのとは別の通路が奥に伸び、さらに先に本部への門がある。その受付で先日受け取った研修の通知を出した。
「あの、再生師研修で来たターロイ・ミチバです」
「はい、ターロイさんね。どれどれ・・・・・・ああ、君が今回特例選抜された・・・・・・」
受付の男がなぜか眉を顰める。
「・・・・・・何か?」
怪訝に思って訊ねたけれど、彼は渋い顔をしたまま首を振った。
「別に、何も。では研修資金の金貨40枚を。それから、残りの所持金は全て教会に寄付いただくことになってますので、提出してください」
「え、あ、はい」
それは予想外だ。とは言え、俺はすでに余剰分はミシガルでシギに渡してしまったから、寄付できる金はほとんどないけど。
その金額を見た受付に、さらに渋い顔をされたのは気のせいだろうか。
「・・・・・・受付ました。では次は所持品をここに出して」
「あ、すみません、その前に。ここにサージという男が来てませんか。同じモネから来た再生師候補の」
俺の所持品をチェックされるのは構わないが、サージの鞄は勝手に開けたくない。後でまたうるさそうだし、ここにいるなら先に渡してしまいたい。
「サージ? ああ、山越えで山賊と激しい死闘をしてきたという男か」
「死闘?」
そんな話ではなかったけど。まあいいか。
「その男なら研修費用が払えなくてそこにいる」
受付が指さした先、本部の門の外に知った男がイライラとした様子で座っていた。機嫌はすこぶる悪そうだが、サージ自体は元気そうだ。いつもだったら絶対話しかけたくない雰囲気だけど、まあ、この鞄が戻れば気分も幾分回復するだろう。
少しくらい、感謝してくれるかもしれない。
「サージ! 鞄!」
俺は受付前から大きな声で男に声を掛け、鞄を頭上にかざした。
突然の呼び掛けに驚きつつ周囲を見回したサージと目が合う。途端に立ち上がった男は、一目散に駆けてきた。
「俺の鞄!」
俺の手からそれを奪って、安堵の様子を見せる。まあこの男も再生師を目指していたのだから、その反応も当然か。
俺もようやく持ち主に鞄を返すことができてほっとする。
すると、それを見ていた受付が、不思議そうな顔をした。
「あれ、そっちの君は山賊を叩きのめしてる間に、通りがかりの知らないやつに鞄を持ち逃げされたと言ってなかったっけ?」
「え、これは山賊が・・・・・・」
サージのやつ、いらぬプライドからまたどうでもいい嘘をついているのか。俺が鞄を手に入れた経緯を説明しようとすると、
「て、てめえが盗んでたんだな!」
唐突にサージががなりだした。
「俺が山賊と戦ってる隙に通りかかって盗んだんだろ! 俺が見てないうちに、卑怯者! まさか知り合いが盗んでたとは思いもしなかったぜ!」
「はあ? 何言ってるんだ、せっかく山賊から奪い返してやったのに! ミシガルからずっと、ここにくるまでお前とは全くの別行動じゃないか!」
「うるせえ、うるせえ! 奪い返したなんて、恩着せがましい嘘言ってんじゃねえ! お前が盗んだんだよ、間違いない!」
馬鹿かこいつ。盗んだ鞄をどうしてこんな形で返すんだ。その目が泳いでいるのは後ろめたさがあるからだ。こいつは自分の嘘を守るために、こんな陳腐な言いがかりで俺を陥れようとしている。
視界の端で、俺たちのやりとりを見ていた受付と門番が、何事かこそこそと耳打ちをするのが見えた。もしかして仲裁をしてくれるのだろうか。
泥棒、泥棒と騒ぐサージを相手にせずに、近付いてきた門番に目を向ける。
するとなぜか、俺の両腕ががしりと捕まれた。
「候補に選ばれていながら盗みを働くとは、このまま再生師として研修を受けさせる資格はないな。・・・・・・だから特例など作るものではないのだ。来い! 拘留所にぶちこんでやる!」
「はああ!? 何で俺が!? ・・・・・・おい、サージ!」
ちゃんと事実を言えと男を視線で促す。サージはこの展開に驚いたようだったが、しかし口を閉ざし、気まずそうに目を背けやがった。
「お前っ、鞄を取り返してきてやった恩人に向かって、このまま冤罪をかけるつもりか! 俺がどれだけ再生師になりたがってたか、お前も知ってるだろうが!」
いつもの事なかれ平和主義の俺にはない激高に、男が怯む。
「しっ、知らねえ、俺は悪くない・・・・・・」
そう呟いて下を向いたサージに、俺の怒りは頂点に達した。
「・・・・・・っ、ふざけんなあああ!!」
刹那、目の前がスパークし、睨みつけた先のサージの体、脳天からつま先まで破壊点が浮かび上がった。
この不揃いな並び、あの日の大岩のようにサージを粉々にできる配置だ。その脳裏に浮かんだイメージに、もはや前ほどの躊躇いを感じない。この腕が自由だったなら、俺はその片腕、片足を吹き飛ばしたかもしれなかった。
再生師になることは空っぽな俺の存在意義だったのだ。
その夢を入り口で潰した。許せない、許さない、この男。
「・・・・・・サージ、覚えていろ。いつか破壊してやる」
門番に引き摺られながら呪詛のように残した俺の言葉は、確かにあいつの耳の奥に澱を作った。