山越え(4)
距離が近付いてくると、まずは向かいからボスでない手下の方が寄ってきた。あのリーダーはこの期に及んで自分からは来ないようだ。
「やあ、君たちのような若者が山越えをしてくるなんて珍しいね。この先は道なりに行くとまだ長い。良かったら王都への近道があるんだが、案内してあげようか?」
あ、この誘い文句。もしかして、こいつがミシガルでシギに聞いた、同行者を近道に誘って山賊に襲わせるって奴か。数日前に街を出たって話だったが・・・・・・。
俺が男を観察していると、男も俺の顔を見てミシガル城門で子供とやりとりをしていた奴だと気が付いたのだろう、にやりと口角を上げた。
「俺は山越えに慣れていてね、先日も旅人を案内して王都に送り届けている。安心していいよ」
いやいや、全く安心できない、その悪巧みしてます然とした笑顔。その先日案内した相手というのもきっと、金品を強奪されて・・・・・・。
ん? あれ?
「・・・・・・おじさん、あんたが下げてるその鞄、俺の知り合いのなんだけど」
男が斜め掛けしているなめし革の鞄に見覚えがあった。サージの鞄だ。あいつのお気に入りで、確か今回の旅にも下げていた。
・・・・・・そういえば、この男が街から出たという日が、サージのミシガル出立日と一致している。
「し、知り合いの? 気のせいじゃないかい、同じような鞄なんていっぱいあるし」
指摘された男が明らかに動揺を見せた。
「それはサージの鞄だよ。脇のひっかき傷は仕事場で古釘に引っかけて激怒してたやつだし、フリンジの付いたポケットはあいつが自分で縫い付けたものだ」
「いや、違う、実は山越えを助けたお礼に彼からもらったんだ。律儀な青年で」
「じゃあなんで最初嘘ついたんだよ」
ちなみにあの男は他人の厚意に対価を払ったりしないし、全く律儀じゃない。そこにも心の中だけで突っ込んでおこう。
「・・・・・・はあ、面倒臭えなあ」
俺の指摘に、男はすぐに本性を現した。おそらく弱そうな男と少女相手だから、懸命に論破するよりも脅す方が早いと算段したのだろう。おもむろにナイフを取り出し、かったるそうに構えた。
「あのやろうと知り合いだったとはな。迂闊だったぜ。・・・・・・まあいい、もう分かってんだろ? 金目のもの全部出しな。そうすりゃ命は取らねえ。そっちの嬢ちゃんはもらっていくけどな」
「・・・・・・サージは、どうした」
あいつは山賊に会ったら戦うと言っていた。逆らったのなら、もしかしてこいつらに・・・・・・。
「あのやろうは最初少しばかり大槌を振り回してたが、すぐに鞄を差し出して王都に逃げていった。今頃街外れで物乞いでもしてんじゃねえの」
良かった、とりあえず無事なようだ。この鞄を奪い返せれば、あいつも研修に間に合うはず。
「おい、お前。後ろにいるボスもここに呼ぶです」
「へ? なんでてめえ、ボスのことを・・・・・・」
俺が少し安堵したところで、今まで黙っていたスバルが口を開いた。
「まとめてじゃないと、面倒臭え、です」
言葉は静かだが、その瞳がぎらぎらと殺気立っている。
それを見た賊が一瞬気後れし、慌てて後ろを振り返った。
「ボ、ボス、手を貸してください! この生意気なガキども、一緒にやっちまいやしょう!」
「はあ? 何だ情けねえな」
俺とスバルをかなり侮っている様子のボスは、カムイのときと違い今度はあっさりと近付いてきた。
この殺気に気付かないなんて、駄目だわこのボス。カムイはまるで殺気を放っていなかったが、スバルの方がはるかに危険な気配をまとっているというのに。
「おとなしく金を出せ。さもないと痛い目を見るぜ」
向かいに二人が並び、ボスも腰から短剣を抜く。
と、その途端、手下のナイフとボスの短剣は奴らの手を離れ、森の茂みに飛んでいった。
スバルが目にも留まらぬ早さで払い飛ばしたのだ。
その場にいた男三人は、一瞬何が起きたのか分からなかった。
彼女は続けて目の前の賊二人のすねを足で派手になぎ払い、自分より二回りは大きい男たちの体を地に打ち倒す。そして手下の男を足で踏みつけると、サージの鞄を引き抜いた。
「女だからとスバルを甘く見る男には天罰が必要ですよ。・・・・・・ターロイ、後ろ向いてろです。もう足はやったから森の中でゆっくり始末してくるですが、血が飛び散らないとも限らないですから」
鞄をこちらに放り投げると、スバルは二人の首根っこをむんずと掴み上げた。
「いっ、痛えっ! なんだこの女、ふざけっ・・・・・・!」
「足が折れて・・・・・・! や、やめろ!」
何が起きたのか理解が追いついていなかった山賊二人が、自分の状況を知ってようやく抵抗を始める。しかし彼女はそれを意に介さず、その体を森に向かって引き摺り始めた。
「ス、スバル、あんまり酷いことは・・・・・・」
「スバルは悪人に容赦はしないです。カムイは半分くらい優しさでできてるので諭して改心を促すですが、スバルは二度と悪行を働けないようにとことんぶっ飛ばす簡単方式です。殺さないだけマシだと思って、合掌して待ってるですよ」
「合掌って、ほぼ殺す気だろ!」
俺とスバルの会話を聞いていた二人が、その顔色を蒼白させる。まあそうだろう。二人をボコボコにできるだけの彼女の体捌きと力を、たった今目の当たりにしている。
「すっ、すみませんでした! もうこんなことはしません! 悪行から足を洗います!」
スバルから与えられた恐怖に、速攻で謝罪の声を上げたのはボスの方だった。
それに一瞬手下の男が呆気に取られたようだったが、すぐにボスに倣って口を開く。
「俺も、もうしません、許してください!」
「見逃していただけるなら何でもします!」
「お嬢様、どうか御慈悲を!」
素晴らしいほどの態度の変化、へりくだりっぷり。大のおっさんが少女に懇願する様に、俺はちょっと哀れを感じてしまう。
しかし肝心のスバルの心には全く響いていないようだった。
「お前ら、襲った旅人にそれを言われて金品を盗らずに見逃したことあるですか? 自らの行いは自らに降りかかる。ゆえに悪人に慈悲など無用なのです。・・・・・・それに」
彼女の瞳がカッと見開かれる。
「さっき二人で話していた聞き捨てならない言動の数々・・・・・・スバルの体が貧相で、胸がなさそうだとか、高値では売れなさそうだとか言ったこと、後悔させてやるですよ!」
・・・・・・そんなことまで言われてたのか。まあ、こいつらも聞かれてるなんて思ってなかっただろうけど。
「乳などこれから育てる予定ですから! もう年間スケジュールに入れてあるですから!」
「うわああ、助けてくれ! 殺される!」
「死にたくない!」
言いつつ森の茂みにざくざくと入っていく彼女と、悲鳴を上げる男たち。
「あ、あの、一応殺さないとは言ってますから」
俺はとりあえず、そう気休めの訂正を入れることしかできなかった。
その後の彼らの阿鼻叫喚は想像に難くない。
勢い余ったのか、周辺の大木が何本か倒れたことでも、スバルの怒りが見えるようだ。続く男の悲鳴と、打突音。
俺はそれを聞きながらなんとなく合掌した。