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山越え(3)

 リーダーを失った山賊たちは青年にのされた仲間を引き連れて、ひとまずアジトに引き上げたらしい。

 らしい、というのは結局全てのカタがつくまで振り返ることができなかったからだ。

 青年が俺に声を掛けたときにはもう誰もいなかった。


「・・・・・・君は何で山賊に説得を? あれだけ強いなら、全部倒しても良かったんじゃないのか? あいつら、また悪さをするかも」

「大丈夫、ここで同じ事を続けようと思う人はいないと思うよ。それがもうジリ貧だってこと、彼らはうすうす分かっていたんだから」

 言いながら彼は俺を入れていた魂方陣を足で荒く消した。


「力での解決というのは、実はあまり効果がないんだ。人間は魂・・・・・・感情の生き物だからだ。力で潰しても、また同じような集団ができる。しかし感情で納得すれば、人は自ずとそれに従いそれぞれに散っていく」

「感情で納得か・・・・・・。あれ、でもヤッカは速攻で倒したよね」

「彼は追いはぎや盗みで楽に稼げる術を知って、現状に満足している人だ。そういう人が納得するには、それが楽な稼ぎではないと知る経験をすることや、自身の行いが自分に及ぼす影響に気付く必要がある」

「・・・・・・つまりあいつは一朝一夕では納得させられないってことか」

「今回は時間がなくて力を行使したが、これでは解決できていないだろう。怪我が治れば彼はまた同じ仕事をする。追いはぎには慎重になるだろうが、今度は盗みの頻度が上がるだけだ。・・・・・・彼も納得させられればいいんだろうけど」


 さっきの山賊との会話もそうだけれど、どうも彼は悪人を更生させたいみたいだ。俺の質問にはあまり答えてくれなかったのに、彼らのことについては随分と饒舌になる。

「・・・・・・君、もしかして教団かどこかの聖職者?」

「聖職者? 僕が?」

 俺が訊ねた言葉に、彼は初めて感情の入った驚きの声を上げた。

「さっきの方陣みたいな神聖秘術が使えるんだから、高位の司祭じゃないのか? だからそうやって素性を隠してるんじゃ・・・・・・」

「そんなわけがない。僕は罪深き男だ。・・・・・・ターロイとここにいるのもその罪を償う一端なんだから」

 青年が小さく息を吐く。


「罪って・・・・・・?」

「君が急いで知る必要はないよ」

 肩を竦めた彼は、これで話は終わりとばかりにこちらに背を向けた。


「さて、もうこんな時間か・・・・・・。ターロイ、申し訳ないけれど僕はそろそろ帰らなくてはいけない」

 青年がそのまま太陽を見上げてその傾きを確認する。

 てっきり山を下るまで同行してくれるものだと思っていた俺は、途端に狼狽えた。これで大きな難は逃れたが、この先だって何があるかわからない。素性が分からない男とはいえ、これは頼りになると安心していたのに。


「え、ちょっと待って、まだ訊きたいこといろいろあるし、いきなりこの先一人になるのも心の準備が!」

「大丈夫、一人にはならないよ。・・・・・・スバル、そこにいるんだろう?」

 森に向かって彼が突然声を掛ける。その科白の中に聞き覚えのある名前を見付けて、俺はぱちくりと目を瞬いた。

 スバルって、あの狼の娘・・・・・・だよな?


 青年が声を掛けた方を見る。すると、すぐにごそごそと茂みが動いて、そこから見覚えのある少女がひょこんと顔を出した。

「さすがカムイです、気配を消してたのに気付いてたですか」

 カムイ、というのは彼の名前か。どうやら二人は知り合いらしい。

 スバルの態度がウェルラントに対したときとまるで違った。


「あのさ、お願いがあるんだけど」

「あのターロイというニンゲンを、悪者に近づけないようにするのですね?」

「うん、頼めるかな」

 少女は茂みから出てきて、カムイの前で頷いた。その尻尾がふわふわと左右に揺れている。

「もちろん、まかせるといいです。このニンゲンが無事に街に着くまでスバルがついて行ってやるです」

「ありがとう」

 彼女にあっさりと俺を託した彼は、再度こちらを振り向いた。


「ターロイ、彼女が街まで付き添ってくれるから安心して。戦闘能力は僕が保証するよ。君はくれぐれも戦いに巻き込まれないようにね」

「な、何? 二人はどういう知り合い?」

 魔王の祠の守人であるスバルと知り合いと言うことは、カムイもそういう関係の人間なのか? もしそうだとして、何で俺のことを守ってくれてたんだ?

「余計な話をしている時間はないんだ。・・・・・・どうせまた会う機会がある。今日のところは、ごめんね」

 俺の質問はやはり流された。


「ターロイ、お前はこっち来るです」

 すぐにスバルが近寄ってきて、俺の腕をぐいと引っぱる。

 うわ、この子見た目は細いのにすごい力だ。俺の体は否応なく引き摺られていく。

 彼女は俺を引いたままカムイの脇をすり抜けた。

「ちょ、ちょっと待って、せめて彼にお礼を言わせて!」

 慌ててスバルにストップをかけて青年を振り返る。


 しかし、たった今すれ違ったはずの彼の姿はもう見当たらなくなっていた。


「あ、あれ・・・・・・? どこに・・・・・・」

 カムイのいたはずのところに、彼のマントだけが落ちている。それに気がついたスバルがそれを拾って手早く自分でまとい、フードをかぶった。

「礼などまた会ったときに言えばいいです。どうせカムイはそんなこと気にしない男ですから。ふむ、スバルのためにマントを置いていくなんて、相変わらず気の利く男ですよ」

 マントは彼女の耳と尻尾をうまく覆い隠している。それに満足したらしいスバルは、再び俺を先導し始めた。


「さあ、ついて来るです、ターロイ」

「あ、ああ・・・・・・」

 頷いて、彼女に従って歩き出す。何だかいろいろ分からないことだらけで、俺はしばらく無言で思考を整理することに尽力した。


 今やるべきこと自体は簡単だ。山を越え、今日中に王都に着くこと。

 他のことはさっきカムイと呼ばれた青年が言ったとおり、急いで知る必要のあることじゃない。山を下りたら忘れて欲しいとも言っていたし、普通に生活する分にはいろいろ疑問のままでも何の問題もないはずだ。


 しかし、それで納得できるほど俺がこの疑問と無関係とは思えなかった。

 すでに下りに入った山道、前を歩く狼少女を見る。

 彼女は何か、答えてくれるだろうか。


「なあ、スバル、この間の怪我はもう平気なのか?」

 とりあえずウェルラント同様、ひどい怪我をしていたはずの彼女がどこにも傷を残していないことを訊ねてみた。

「あんなのかすり傷ですよ。スバルの回復力を人間と一緒にしてもらっては困るです。まあ、あまりに怪我が酷いときはカムイが手当してくれたりしますけど」

 思いの外はきはきと答えてくれる。もしかして、この問いにもさらりと答えてくれたりするかも。


「そのカムイだけどさ、何者?」

「知らないです。スバルの味方なのは確かですけど」

「え? 知らないの? さっき随分スムーズにやりとりしてたから、てっきり仲間かと・・・・・・」

 落胆というより新たな驚きで返すと、彼女はくるりとこちらを振り向いた。

「スバルはお前を観察していただけです。そしたらカムイに見つかったです。お願いを聞いたのは、スバルはカムイに助けられた借りがあるからです」


「俺を観察してた?」

「ターロイはアカツキ様の封印と関係しているようです。カムイより、お前の方が何者です? お前の中には何が入ってるです?」

「・・・・・・中? な、何のことだか分からないけど」

 俺の中にいる誰かのことを言っている?

 スバルの問いかけにぞわぞわとした恐怖を感じて、俺は曖昧にはぐらかした。それを少女はあっけらかんと受け入れる。

「ふうん。まあいいです。自分でも分からないことはあるものです」

 こちらの返事を疑わない彼女は、再び前を向いて歩き出した。


 そうしてしばらくまた歩いていると、スバルが少し速度を落として今度は俺の隣にならんできた。

「どうした?」

「この先にニンゲンがいるです。木の陰に隠れて二人。スバルたちのことを話しているです」

「俺たちのこと? 一体、どこに・・・・・・」

 言われて木立の陰に目をこらす。すると声も聞こえないような随分先に、人影らしきものが見えた。

「スバルはニンゲンの何倍も耳と鼻がいいのです。・・・・・・二人のうちの一人はさっきカムイが逃がした山賊のボス、もう一人はふもとからアジトに戻る途中の仲間らしいです。スバルたちに気が付いて、金を奪おうと考えているようですよ」

「えええ~、懲りないなあ・・・・・・」


 そういえばさっきの騒動でボスにはカムイしか見えていないのだった。俺とスバルにも面が割れているなんて思っていないだろう。

 弱そうな男と細身の女の子なんて、ちょろいと考えているに違いない。

「ターロイ、お前には血を見せるなとあの男に言われているです。スバルが奴らに飛びかかったらすぐに後ろを向くか目をつぶってろです。スバルは強いし、カムイのように優しくない。まあ、奴ら不味そうだから喰らいはしないですけど」


「え、スバル人間食うの!?」

「当然です、獣人族ですから。だけど安心するです、スバルはグルメですので、ニンゲンなんてそうそう喰らわないです」

「・・・・・・ふ、普段何食べてるんだ?」

「牛豚鶏鹿猪。果実や野菜も食べるです。あと、カムイがくれる木の実のパウンドケーキが大好物です」

 あ、メインで食べているのは結構普通だ。良かった。


「むむ、あのニンゲンども、スバルをカモだなどと・・・・・・女は捕まえて売り飛ばす? ほほう、やってみろです。スバルに触れた瞬間に奴らは血祭りですよ。ターロイ、今からおでこに両手を当てて、目を隠す準備しとけです」

「あの、お手柔らかに・・・・・・」

 遠くの会話が聞こえる彼女の目がどんどん据わっていく。

「大丈夫、無用にニンゲンを殺すとカムイが悲しむので、半殺しくらいで止めてやるです。腕や足の一本二本はご愛敬です」

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