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山越え(2)

 青年が剣を両手に握った途端、周囲の森で鳥たちがざわめいた。

 俺でも分かる、森の奥から草木を踏みしめる音、大勢の人間の気配。これって、もしや。

 それを確認した彼は、俺に小さく囁いた。

「もうすぐ彼らが来る。ターロイ、君にはおとなしくしていてもらう」


 うわあ、やっぱり賊の仲間だったのか! やばい、声を上げる間もなくメキョメキョにされる!

 と思わずびびった俺をよそに、何故か彼は剣で地面に図形を書き出した。その図、つい最近似たものを見た覚えが・・・・・・。

「・・・・・・これ、魂方陣?」

「そう。急ぐから小さなものしかできないけど、この中に入っていれば誰も君に手出しできないから。ここでおとなしくしてて」

 人一人入れる二重の円と図形を描いた青年は、手早く文字らしきものを書き入れる。

 ・・・・・・え? 魂方陣って、旧時代のものってウェルラントが言ってなかったっけ?


 俺が目を点にしている間に書き上げられた方陣は、でもあの岩戸のような意識を乱される感じはしなかった。

「この中央に立って。いいかい、僕があの人たちを倒しきるまで、出てきては駄目だ。後ろを向いて、目をふさいでいて。さすがに大人数相手では、血を出させずに戦うのは難しいから」

「・・・・・・君は俺が血に弱いこと、知ってるのか?」

 ヤッカをやっつけたときに俺に後ろを向かせたのは、やはりこのためなのか。一体どうしてこの青年はそれを知っているんだ。


「話はあとだ、もう彼らが道に出てくる。方陣を発動するから、早く。・・・・・・発動には僕の血を使う。こちらを見ないで」

 彼が自身の腕に剣の刃をあてる。そこには何本も傷跡があって、俺は総毛立って反射的に顔を逸らした。

「僕が死なない限りこの方陣は解けない。近くに彼らの気配がしても動かないでね」

 そう青年が呟いた刹那、鉄臭い血特有の匂いがして、ずしんと体が重くなる。そしてあの岩戸の前で味わったような落ち着かない気分に見舞われた。能力が抑制されているのが分かる。全然集中できないのだ。この魂方陣というやつは、一体何なのだろう。


「物見の報告では二人だという話だったか・・・・・・おい兄ちゃん、もう一人はどうした?」

 俺がこの不快感と戦っていると、後方から知らない男の声がした。その言葉に俺だけ残して青年が消えてしまったのだろうかと慌てて振り返る。

「僕しかいないよ」

 しかし、すぐ近くに彼はいた。というか山賊たちに認識されていないのはどうやら俺の方だった。え、どういうこと?

 まあもちろん、ここにいますよなんて言えるわけもない。俺はどきどきとさらに落ち着かない気持ちになりながら彼らを見守った。


「おとなしくここを通らせて欲しいんだけど。そしたら僕もあなたたちも損しないよ」

「おいおい、そんな弱そうななりして、よくそんなことが言えるな。お前、俺たち山賊の噂を聞いたことないのか?」

「ここを通るのに邪魔な人たちがいることは知っている。あなたたちのことだよね? 止めた方がいいよ、そんな不毛なこと」

 なんだろう、青年が至極真面目に山賊を諭し始めた。


「自らの行いは自らに降りかかる。わかっている? あなたたちが他人の邪魔ばかりしているから、街から邪魔者扱いされてこんなところにいるしかなくなったんだ。邪魔を止めれば、あなたたちは人々から邪魔にされることはなくなるのにね」

「はあ!? 何言ってんだ、殺されてえのか!」

「自らの行いのせいで山を越える旅人は減り、その数少ない旅人を片っ端から襲うことでさらに旅人を減らし自らの首を絞める。その生産性のない生き方では貧しくなる一方だ。少し人間的に賢くなるべきじゃないかと思うよ。特にあなた、リーダーというのは仲間のことも考えないと。自分の取り分は確保できるからどうでもいいなんて思っているなら、あなたも他の人たちからどうでもいいと思われるよ」

 あああ、そういう正論はこういう相手には逆効果だ。こういう人種は図星を指されると大体逆上する。独りよがりのプライドにしがみつく、あいつみたいに。


「うるせえ! 胸くそ悪い奴だな! ぶっ殺して豚の餌にしてやる! おい、てめえら、やっちまえ!」

 予想通り、リーダーの男が頭から湯気を出しそうな勢いでいきり立った。

 その反面、周りの手下は少し気勢をそがれたように見える。

 もしかすると彼らにあった疑念や懸念を、青年が言葉にして提示したからかもしれない。

 しかし、だからと言ってリーダーに逆らう気概のない男たちは、武器を構えてじりじりと彼との間を詰めてきた。


「あなたたちが現状を捨てられないのは、山賊としてどうにか生活していけるからだ。弱いものを襲っていれば、危険もそれほど無い。自分の生き方を顧みる必要も無い。・・・・・・だがここで武器を納められるなら、自分で違う道を歩める可能性がある」

 青年の言葉は淡々と、淀みがない。

 取り巻く山賊たちの幾ばくかが動揺を見せた。


「何をしている、早く殺せ!」

 だが再度リーダーに檄を飛ばされて、彼らは武器を構え直す。

 それに応じるように、青年も双剣を握りしめた。

「僕が弱そうだというのなら、リーダーのあなたが来たらどうだろう。そうやって後ろにいて、もし僕が彼らを全滅させたら、あなたは彼らのために戦うの? それとも逃げるの?」

「うるせえ、うるせえ! てめえら、早く殺せって言ってんだろ! 俺に逆らったらあとでどうなるか分かってんだろうな!」

 手下たちの様子はこの問答によってリーダーへの疑念を増したように見えた。しかしやはり武器を下ろすことはなく、青年に向けられている。

 その状況を首を巡らして眺めた彼は、手にした双剣を振り、ヒュンと音を鳴らした。


「現状を維持したいのは人の性。一度破壊されないと自分からは変化できない弱さもあるだろう。いいよ、どうぞ、来るといい。僕がその枷を破壊してあげる」

 青年はそう言うと、少しだけ振り向いて、

「・・・・・・向こうを向いて」

 俺に小声で呟いて、襲ってきた山賊に応じるように地を蹴った。





 そのあとのことは後ろを向いて目を瞑っていたので音声でお楽しみ下さい状態だったのだが(いや、もちろん楽しむどころではなかったが)、青年がすごい勢いで山賊を倒しているのだけは分かった。

 山賊の悲鳴しか聞こえないのだ。それから刃物同士がかち合う音、骨の軋む音、打突音、そして重たいものが地に伏せる音。

 血の臭いがあまりしないのは、おそらく彼が山賊たちを切り捨てていないからだ。

 今のところヤッカのときのような妙な力も使っていない、多分。


「くそっ、何だこいつは! おい、奴を止めろ!」

 リーダーの男の狼狽えた声が混じる。

「俺たちだけじゃ無理です、強すぎる! ボスも加勢して下さい!」

「馬鹿を言うな、俺がやられたらどうするんだ! てめえらみたいな雑魚とは違うんだぞ! 死んでも俺を守れ!」

 その瞬間、ひたり、と喧噪にまみれていた空間に沈黙が落ちた。


「・・・・・・あなたは今、自分が破壊したものが分かるだろうか?」

 そこに息が上がった様子もない青年の声が差し込まれる。

「あなたの仲間たちは、あなたのその言葉に今いたく傷付けられた。・・・・・・しかしそれは同時に現状を維持しようとした彼らを、解放したということだ。あなたはここでの役割を終え、自らの行いの報いを受ける」

「な、何を言ってやが・・・・・・お、おい、てめえら! どこに行く、俺を守れと・・・・・・!」

「仲間と戦えないボスなんていらねえよ!」

「美味い汁ばっか吸いやがって、俺たちのことなんか考えてねえだろ!」

 どうやら山賊が仲間割れを始めたようだ。


「周りのあなたたちはもう僕と戦う意思は無いね。じゃあ、リーダーのあなた、最後に僕と戦う? 逃げる? もう一つ、彼らに謝るという手もあるけど」

「くっ・・・・・・くそ、覚えてやがれ!」

 男が走り去る音がする。それは躊躇いなく遠ざかった。

「あっ、待てこの野郎!」

「一人で逃げやがった! ふざけやがって!」

 それを追おうとする足音を、青年が引き留める。


「放っておきなよ。あなたたちは追いかけない方がいい。あの人のここでの役目は終わり、あなたたちも枷を外した。再びしがらみに足を突っ込むことはない。この瞬間から、あなたたちは何にでもなれるのだから」

 きっぱりとした青年の言葉に、元山賊たちは沈黙をした。



 ・・・・・・えっと、何か話が締めに入ってんだけど、俺、そろそろここから出てもいい?

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