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山越え(1)

「いや、結構です! 俺は人を待ってますのでお先にどうぞ!」

 ヤッカの顔を見た途端、俺は慌てて距離を取って道を譲った。

 まずい、こいつ、多分ずっと俺をつけていたのだ。シギが忠告してくれていたのに、山越えのことで頭がいっぱいで後ろに気をつけていなかった。


「嘘吐くなよ。最初街に来たときから連れなんかいなかったじゃねえか。今から登らねえと、日暮れまでに王都に着けねえぞ。おら、来いよ」

 少し空けた距離はすぐに詰められて、男に腕を掴まれる。

「お、俺なんか一緒にいても、何の役にも立ちませんよ! 一人で行って下さい!」

「うるせえな、黙って来いって言ってんだよ!」

 うわ、やばい。すごい力だ。しかしこの金を盗られるわけにはいかない。俺はどうしても再生師にならなくてはいけないのだ。

 この腕を、何とか振り払わないと。


(じゃあ、この腕を壊してしまえばいい)


 ふと、俺の中に声がして、目の前に火花が散り、ヤッカの腕に破壊点が見えた。

 え、何、これ。


 俺は物体そのものを破壊するが、こんなふうに一部分だけを壊すことなんて今までできなかったのだ。例えば塀ならば、全体を僅かな力で壊すことはできるが、一カ所に穴を空けるなんてことはこの能力ではできなかった。・・・・・・はずだ。

 ・・・・・・どうして、いつの間にこんなことができるようになった?


 つい呆然とすると、さらにぐいと力尽くで引っ張られた。

 まて、ちょっと、人の破壊なんてしたくないんだけど、しかしこのままでは・・・・・・。


「待たせたね、ターロイ」

「え?」

 そのとき、突然また別の男に話しかけられて驚いた。

 首を巡らせて声の方を見ると、目深にフードを被った男が気付かぬうちにすぐ近くに立っている。え、誰?

「て、てめえ、一体どこから・・・・・・!」

 ヤッカも気付いていなかったらしい。焦ったように俺の腕を掴んだまま彼から飛び退いた。


「ターロイと待ち合わせしていたんだ。あなたこそ、誰? 僕たちはすぐにでも山越えをしたいんだけど、邪魔しないでくれるかな」

 フードから覗く口元だけが穏やかそうな笑みを作る。

「ちっ・・・・・・本当に連れがいたのか。・・・・・・まあいい、山越えするなら人数がいた方がいいだろ? 俺も一緒に連れて行けよ」

 このまま力尽くでは難しいと思ったのか、男はようやく俺の腕を放し、フードの男に話しかけた。その隙に俺はヤッカとの距離を取る。


 ひとまずは助かった。けど、このフードの男は味方なのだろうか?

 全身をマントで覆いフードを被った男は細身で、俺よりも少しだけ背が低い。その上若干猫背で、俺の視点からではその顔をうかがい知る事はできなかった。声からして歳は俺と変わらないくらいか。


「一緒に連れて行ってもいいけど、後ろ手に隠してるナイフは捨ててもらっていいかな? 僕そういうの嫌いなんだ」

 同行を申し出た男に、青年は感情を動かした様子もなくさらりと返す。それに動揺したのはヤッカの方だった。

 一瞬返しに困った様子を見せたが、しかしすぐに開き直る。

「くそっ、面倒臭え! 四の五の言わずにおとなしく金を出しゃあいいんだよ!」

 隠していたナイフを今度は前で構えて、今度は真っ向から俺たちを脅しにかかった。


「うん、その方がわかりやすくていい。・・・・・・ターロイ、下がって、後ろ向いてて。終わったらすぐ出立するから」

「わ、分かった」

 いや、状況は全く分かってないんだけど。でもとりあえず言われた通りに俺は二人から離れて背中を向けた。


「ごめんね、急いでるから、一撃で沈めるよ。時間があればもう少し手加減してあげるんだけど」

「はあ!? きさまみたいなやせぎすに、俺がやられるわけがねえだろ!」

 背後の二人の感情の温度差がすごい。

 男のいうように青年は細くて全然強そうには見えないから、俺もはらはらしてしまう。

「殺さないようには気をつけるから。・・・・・・タバサ、モ、ラ」

 しかし彼がぼそりと妙な言葉を呟いた直後。


 メキメキッとおそらく骨が軋む音がして、すぐに辺りが静まりかえった。

 青年が、何かをしたのだ。ヤッカは悲鳴すら上げる間がなかった。

 後ろを振り向いて何が起こったのか確認したい衝動に駆られるけれど、血まみれの男が倒れていたりしたら・・・・・・考えただけでぞっとする。

「お待たせ。じゃあ行こうか」

 事を済ませた青年は、何事もなかったように俺の視界に入ってきた。


「あ、あの、今何を・・・・・・」

「うん? あの人に黙ってもらっただけだよ。平気、気絶してるだけだから。・・・・・・ああでも、骨は折れてるかもね」

 何というか、突っ込みどころが多すぎる。

 だがとりあえず。

「・・・・・・助けてくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」

 返ってきた青年の言葉は穏やかだ。何となく味方っぽい、よな?


「えーと、訊いていいかな。何で俺の名前知ってるんだ? 何で助けてくれたんだ? 山越えすることも知ってるし・・・・・・。それに、同行してくれるつもりなのか?」

「同行するよ。そのためにわざわざ来たんだもの。さあ、行こう」

 あれ、最後の質問にしか答えてくれなかった。

 俺はすぐに歩き出してしまった彼の後ろについて行く。


 どう話しかけたらいいものか。

 しばし黙々と二人で山道を歩いていたけれど、俺の頭の中は疑問符だらけだ。とっかかりを求めて、俺はまた質問をしてみた。

「あのさ、名前教えてくれない?」

「・・・・・・名前なんか知らなくていいよ。できれば僕とここで会ったことは山を下りたら忘れて欲しい。どうせ僕はどこにもいない人間だから」

 彼の言っている意味が分からない。まあ、俺に教えたくないってことなんだろうけど。顔も見せないし、余程知られたくない何かが・・・・・・。


 あれ? もしかして犯罪絡み?

 彼について歩きながら、ふと、シギの話を思い出す。

 確か山越えに同行して山賊に襲わせるって男が、二日前くらいにいなくなったって言っていた。それが戻ってきたところで、俺を見付けたとか?

 初日に俺のことは見ているだろうし、子供との会話を聞いていれば名前を知っててもおかしくはない。だとしたら、味方を装って山賊の元へ連れて行く気じゃ・・・・・・? それなら顔を見せたがらないのも名乗らないのも納得できる・・・・・・。


 もしかして、俺さっきよりやばい状況じゃ?


 でも今さら引き返すわけにも行かない。随分登ってきてしまったし、ヤッカの一件で、この青年が俺をひねることなんて簡単だと知っている。彼があのとき、何をしたのか想像もつかないが・・・・・・。

 そう言えば、どうして彼はあの男と対峙したときに、俺に後ろを向いていろと言ったんだろう。どちらにしろ俺は見ていられなかっただろうけど、彼の指示は少し不可解だ。

 俺が血に弱いことを知っている? ・・・・・・そんなわけないか。そうだったら気を失わせた方が金を奪うのに楽なはず。

 結局のところ、彼のことはやっぱりよくわからない。


「君、さっき俺に同行するためにわざわざ来たって言ったよな。あれ、どういうこと?」

 結局感情的に攻撃してきたりはしなそうな青年に、答えを期待せずに再び質問をすることにした。

 もし僅かでも答えをもらえれば、何かしらの情報を得ることができるかもしれない。

 すると彼はこちらを振り返らないまま口を開いた。

「・・・・・・君から彼らを守るためだよ」

「彼ら? ・・・・・・俺から?」


 意味が分からずに訊き返した俺を無視して、青年がおもむろにマントを開く。そして次の瞬間、腰に提げていた双剣に手を掛けた。


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