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ミシガル四日目

「馬車持ちで今日王都に出発する旅人?」


 朝、ウェルラントの屋敷を早々に出た俺は、大通りを一人で歩くシギを捕まえた。

「君たちに訊いて紹介してもらえって言われたんだけど」

「うーん、まあ、いい人がいれば問題なく紹介できるよ。でも今日はなあ・・・・・・」

 少年が渋い顔をする。

「門のところに繋がれた馬車が結構あるみたいだけど?」

「あれ、有料馬車だよ。隊列組んで行くから安全だし中で寝泊まりもできるんだけど、一泊いくらで料金取っててさ。馬車なら急げば王都まで一日で行けるのに、わざわざとろとろ走って二泊ぐらいするんだ。まあ、金持ちの観光用だね」

 あ、それは駄目だ。


「他にいないのか?」

「おすすめできない人の馬車ならあるけど、俺たちは信用できる情報しか提供しないことにしてるから。・・・・・・ターロイ、馬には乗れないの? 馬屋で借りて乗って行っちゃうのが一番早いけど」

「残念ながら、馬には触ったこともないな・・・・・・」

 これは覚悟を決めるしかないのか。


「・・・・・・山越えするしかないか」

「山越えは厳しいよ。山賊のせいで最近は特に物騒なんだ。よほど強い同行者がいないと無理だし、選んだ同行者が山賊の仲間だったら最悪だよ」

 そう言ってから、シギはちらりと視線を周囲に巡らせた。

「・・・・・・この間ターロイのことを酒場までつけてたヤッカって男が、まだいるんだ。山道なんかに入ったらすぐ金品奪われるよ。以前言った同行者のふりして山賊のアジトに連れて行く奴は、二日前くらいから見なくなったから大丈夫だと思うけどね」


「・・・・・・訊くだけ無駄かもしれないけど、今日山越えするのにいい同行者は・・・・・・」

「いない。山越えする人自体が最近は減っちゃったから」

「そうなんだ。・・・・・・サージはどうしただろう」

 ふと山越えをすると言った男の存在を思い出す。すると目の前のシギがあからさまに眉を曇らせた。

「サージ? ・・・・・・ターロイあの人と知り合いなの?」

「うん、まあ、仕事仲間。シギ、あいつのこと知ってるのか」

「・・・・・・あの人、前にミシガルに来たとき酒場で飲んで暴れてあげく道ばたで寝ちゃってさ。俺たちが店の人に頼まれて介抱してたんだけど、目を覚ました途端に『金がない! お前らが盗った!』って騒ぎ出して、殴られたことがあるんだ。実際は店で壊したものの弁償にって、酔ってるときに酒場で取られてたんだけど、忘れてたみたい。あの人、警備が来てそれが分かっても、謝りもしなかった」

 うわ、最悪。不愉快そうな少年の様子に、何だか俺が申し訳ない気持ちになる。


「あー・・・・・・なんか、ごめん」

「何でターロイが謝るの。別に仕事仲間だからって二人を同一視したりしないよ。・・・・・・とりあえず言うと、あの人は山越えの方に行ったって聞いてる。俺は見てないけど」

 やはり山越えを選んだか。自信満々だったしな。

「先に行ったあいつが山賊を全滅させてくれてれば助かるんだけどなあ」

「無理だよ。あの人戦士でも何でもないでしょ。逃げ切るのがやっとだと思う。俺が知る中でも、単独で山越えできる旅人は一人しかいないもの。その人は武闘家なんだけど、山賊は潰しても潰してもゴキブリみたいにわいてくるから面倒って言ってた」


 やばい、現状厳しいな。シギの情報をもらうほどに、光明が見えなくなっていく。

「うーん、打つ手なしか・・・・・・」

 再生師になるチャンスに引っ張られてここまで来たつもりが、進んだ道が途切れてしまうなんて。

 まだあきらめるつもりはないけれど、俺は前途の多難を思って、ため息を吐いてうなだれた。


「ごめん、役に立てなくて」

「いや、シギのせいじゃないし、役に立ったし」

 申し訳なさそうに謝る少年に、慌てて顔を上げる。そう、もらった情報は有益だった。何も知らずに行くよりも出立の心構えがまるで違う。

「情報ありがとう。・・・・・・そうだ、少し金に余剰ができたから、また銀貨二十五枚くらいなら出せそうなんだ。良かったら出立前に・・・・・・」

 俺はウェルラントにもらった金のことを思い出して、お礼がてらみんなに渡そうと麻袋を鞄から取り出した。

 すると、さっきまでしゅんとしていたシギが、一瞬目を瞠って、それから怪訝そうに眉根を寄せた。


「・・・・・・それ、前回もらったけど?」

「うん、だからまた、君たちの生活の足しになればと」

「・・・・・・ちょっと待って、ターロイ。この前って、トウゲンさんたちに話を聞いてお金だしたんでしょ?」

「聞いたのは君たちの人数だけだけど。あ、両替してないからシギにまとめて渡していいかな」

「いやいや、理由もなく受け取らないから。・・・・・・ターロイ、もしかして俺たちのことをただお金に困ってる子供だと思った上であんな金額出したの?」

 シギが呆れたように肩を竦めた。


「はあ、そこまでのお人好しだとは思わなかった。どうりでここにいないまだ満足に歩けないような幼児にまで金を出すわけだよ・・・・・・」

「え? 何、どういうこと?」

 どうやら彼と俺で渡した金に関しての認識に相違があるようだ。わけが分からず訊ねると、少年が言い含めるように答えてくれた。


「あのな、俺たちは孤児で集まって、キッズギルドとして活動してるんだ。小さな用事や大人に頼むほどではない仕事を請け負ったり、俺たち独自の情報を提供したりして生活してる。この前城門でもらったのは、ギルドの個々人に対する登録料になるんだ。・・・・・・普通に情報提供を求めてきたから、分かってるんだと思ってた」

 なるほど、これは商売だったのだ。さっきおすすめできないなどと言っていたのは、悪い情報を売ると自分たちのギルドの信用に関わるからか。


「・・・・・・この街の子供たちは、自立してるんだな」

 俺はいたく感心してしまった。彼らは強く逞しく、正しく生きている。ウェルラントが彼らをその辺の大人より信頼できると言った意味が分かった。

 自分の現状を忘れて、したたかな子供たちにすっかり嬉しくなる。


「じゃあ、今回はシギにだけ情報料を払えばいいのかな。いくら出せばいい?」

「金額はおまかせなんだ。心付け程度でいいよ」

 言い値で出す気満々で訊ねると、シギは随分と欲のないことを言った。

「おまかせって・・・・・・そんなこと言ってたら安く使われちゃうだろ」

「そんなことないよ。俺たちだって取引相手を選んでるもの」

 少年が少し悪戯っぽく笑う。


「俺たちにも客を選ぶ権利はある。街で顔を合わせていれば大体人柄が分かるから、いい人にしか声を掛けない。あとはターロイみたいに、お得意さまから紹介されたりした人ね」

「お得意さまってトウゲンさんとホウライさんのことか」

「そう、あの人たちもウェルラント様からの紹介だけど。・・・・・・だからさ、大体みんな言い値にするより高く払ってくれるの。もちろんリピーターになって欲しいから、あんまり高いと遠慮するけど」

 すごい、俺なんかよりずっと商売慣れしている。感心を通り越して尊敬するわ。


「えーと、それじゃ俺からは銀貨三枚で」

「高い。銅貨五枚でいいよ」

 あっ、速攻で遠慮された。

「安心して、銅貨五枚でも多いくらいだから。・・・・・・安心してって俺が言うのも変な話だけど」

 結局言い値になった金額を支払うと、シギは苦笑した。


「まいど。・・・・・・しかし、前も言ったけどさ、ターロイ危機感なさすぎ。まだ街中にヤッカがいるって言ってんのに、金で膨らんだ麻袋を平気で取り出すし」

「あっ」

 確かに危機感なさすぎたかも。急いでそれを鞄に突っ込む。

「・・・・・・以後気をつけます」

「その方がいいよ」

 少年は頷いて、それからにこと営業スマイルを俺に向けた。


「このたびはキッズギルドのご利用ありがとうございました。次回のご来訪お待ちしております。・・・・・・ところでさ、さっき金に余剰ができたって言ってたろ。ついでに、俺たちに投資していかない?」

「投資?」

「俺たちがその金で商売して、金を増やすの。元本は保証できないけど、利益が出たら還元していくから」

 おおすげえ、そんなことまでやってるのか。

「出す出す。いくらぐらい?」

「え、あの、商売の内容くらい聞かないの?」

「いいよ、君らの商売応援したいだけだし、元本割り込んだって気にしないし」

 旅費と研修費用さえあればあとは大丈夫だ。俺は金貨六枚を、今度は鞄の中から袋を出さずに慎重に取り出した。


「・・・・・・ターロイなら話に乗ってくれるとは思ったけど、たいした精査もしないでこんなに出していいの? ここまでくるとお人好しも究極だよね・・・・・・」

 呆れを通り越して感心した様子のシギが、素直に金貨を受け取ってくれる。それに満足して、俺は鞄を閉じた。

「子供の力になるのが俺のアイデンティティなんだ。気にするな」

「うーん、ターロイの子供好きはもう変態の域じゃない?」

 そう言って苦笑する彼に、俺も苦笑した。








 シギと別れ、これからどうするか考えながらとりあえず城門に向かう。

 最悪、一人で山を越えることを考えなくてはいけなかった。

 道沿いではなく、森の中をこそこそと通過するのはどうだろうか。戦いは全く駄目だが、それゆえ回避スキルと逃亡スキルはそこそこ自信がある。

 森の中なら見つかっても能力を生かして、木を倒しながら進めばいくらか足止めできるだろう。


 はあ、実際、誰か心強い同行者がいてくれれば問題ないのに。

 しかしそんなことも言っていられない。時間だって待ってはくれない。陽のあるうちに王都に着きたいと考えれば、もうミシガルを立たなければ。


 結局そのまま城門を出て、俺はとりあえず山の方へ進路を取った。

 シギの話では山越えする人は誰もいないということだったが、もしかすると途中で進路を変える人が出るかも知れない。少し麓で待ってみようと考える。


「山越えで王都に行くならご一緒しませんか?」


 するとすぐに、背後から声を掛けられて俺は足を止めた。

 これは早速渡りに船。俺はまだ再生師への道に引っ張られているのだと嬉しくなって振り返る。


 しかし、そこに立っていたのは、シギが気をつけろと言っていた、ヤッカという男だった。

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