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ミシガル二日目の夜?

 目が覚めると覚えのある大きな部屋のベッドの上だった。

 山の中で気を失った俺は、いつの間にか領主の屋敷に運ばれてきたのだ。まあいつの間にかも何も、あのあとウェルラントが俺を担いで運んだに違いないわけだが。


 すでに窓の外は夜になっている。

 半日くらい気を失ってたのか。・・・・・・ええと、ミシガルから王都に出立するのはいつだっけ?

 ぼんやりとした頭で考える。

 山を迂回していくから、ミシガルには二日しか滞在しない予定だった。明日の朝には街を出なくてはいけないだろう。

 むくりと起き上がると、俺は枕元のランプだけを頼りにベッドから降りて、トイレに向かった。

 何だか体中がバキバキに痛い。頭もぐらぐらする。あのとき強く岩にぶつかったせいだろうか。


「お目覚めになりましたか」

 何の気なしに扉を開けると、廊下に部屋付きの使用人が控えていて驚いた。うわ、こういうの、慣れない。

「あ、はい、どうも」

 なんとなくぺこぺこと頭を下げて、曖昧に笑顔を作る。

「食欲はございますか? すぐにでもゆうげのお支度ができますが」

「ゆうげ・・・・・・」

 その単語を聞いただけでおなかがぐうと鳴った。そういえば何かすごく腹が減っている。


 俺は返事をしなかったが、それを聞いた使用人は瞬時に察してくれたようだ。一つ丁寧にお辞儀をした。

「では急ぎご用意いたします。・・・・・・そのあとウェルラント様から執務室にお連れするようにと承っておりますので、そのときはまたご案内いたします」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 俺もつられてお辞儀を返しつつ、少し憂鬱な気分になる。ご飯は嬉しいが、そのあとでウェルラントと会うのか・・・・・・。まあ、仕事の件があるわけだし、当然と言えば当然だけど。


 しかし何の役にも立たなかった上にここまで自分を運んでもらって、もはや仕事の報酬の話をできる状況ではない。

 それどころか、約定違反の失態だらけでめっちゃ怒られそうだ。

 ブルーな気分になるのも仕方ないだろう。紹介してくれた商人たちにも申し訳ない。


 でもまあ、そこにあるのは今さらどうしようもない事実だけなのだ。とりあえずひたすら謝ろう。


 そう決めて、俺は重いため息を吐いた。






「来たか。・・・・・・気分はどうだ?」

 ウェルラントの執務室に入ると、人払いをした彼に探るように訊ねられた。

 入室の途端に「この契約はなかったことに」と言われる覚悟をしていた俺は少し拍子抜けする。

「ちょっと打撲の痛みと頭痛がありますが、わりかし元気です」

「・・・・・・ふむ、それは良かった」

 彼は簡易の応接テーブルに俺を座らせると、自分も今まで目を通していた書類を置いて、執務机から立ち上がった。


「あの、俺を森から運んで頂いてありがとうございました。俺、血に弱くて、流血を見るとすぐ意識を無くしてしまうんです。お手数かけてすみませんでした」

 俺の向かいの椅子に移動してきたウェルラントに、まずは頭を下げる。すると彼はじいっと俺を見て、「なるほど」と呟いた。

「お前は、あのあとの意識がないんだな」

「あのあと?」

「・・・・・・いや、覚えていないならいい」


 こちらの問いかけを横に置いて、男はテーブルの上に麻袋を置いた。じゃらりと音がして、それだけで中身が知れる。

「今回の仕事の報酬だ。金貨三十五枚入っている」

「え? あの、俺何もしてませんが? 約束事もかなり破っちゃったし」

 目を丸くして向かいの男を見ると、彼は腕を組んで背もたれに寄りかかった。

「まあな。正直これは報酬と言うより、詫び金と口止め料といったところだ。危険な目に遭わせてしまったし、お前には随分と極秘機密を見られてしまったからな」

 ウェルラントが苦笑する。


「あそこで見たことはとりあえず一切合切忘れてくれ。もしお前に仕事を紹介しろと言った商人二人に会っても、仕事内容は絶対に口外するな」

 あそこで見たこと。

 スバルという狼に変化する少女と、封印された祠。それから常人離れした戦闘か。

 そう言えば彼もあの戦いで肩に大きな怪我をしていたが、今はそのそぶりも見せていない。


「あの、怪我は大丈夫だったんですか」

「怪我? ・・・・・・ああ、昨日の。あんなのは一晩も寝れば治るよ」

 ん? んんん? 今、おかしな事言ったよね?

 あんな大怪我一晩で治るわけないし、そもそも、昨日? 一晩?


「あの、一晩って」

「お前は丸一日以上眠ってたんだ」

「えええええ!?」

 ちょっと待て、だとしたら本来なら俺はもうミシガルを出て、山を迂回した街道沿いにある宿屋に泊まっていなければいけないはずだ。

 一晩も経っていただなんて、どうりでやたらと腹が減っていたわけだよ!


「急いで出立しないと・・・・・・!」

「もう城門は閉じた。夜の出入りは原則禁じている。何だ、そんなに急ぎの用事があるのか?」

「実は王都で教団再生師の研修を・・・・・・」

 そこまで言ってはたと口を閉じた。

「・・・・・・教団再生師?」

 明らかにウェルラントの表情が曇る。

 やばい、彼が教団を毛嫌いしていることを忘れていた。


「・・・・・・なるほど、この金は研修の費用か。だとしたら、今回あれを見せたのは失敗だったか・・・・・・」

 独りごちた彼がこめかみを抑えて、大きくため息を吐く。怒っている様子はないが、俺の立場が想定外だったようだ。

 とすれば、あれというのは祠のことだろう。旧時代の遺跡は本来教団が管理するものだから。


「あの、訊いてもいいですか。あの祠って・・・・・・」

「・・・・・・スバルが言っていた通り、アカツキの封じられた祠だ。旧時代に英雄グランルークと死闘を繰り広げたという獣人族の王アカツキ・・・・・・。その名くらいはグランルーク教団員になろうというお前なら知っているだろう。・・・・・・あの少女はそれを守りながら、アカツキの復活を待っている獣人族の生き残りだ」

 ちょっと待て、アカツキと言えば、旧時代に人類の八割を葬ったと言われる、グランルーク英雄伝のラスボスじゃないか。真っ黒な大狼で、その姿から黒の魔王と呼ばれていたらしい。が。


「な、なんでそんな危ない祠を個人的な理由で解放しようとしてたんですか!?」

「いろいろ事情があるんだ。いいから一切忘れろ。・・・・・・ああ、ただ、これだけは覚えておけ、イリウの息子、ターロイ。あの封印を一段階解放したのは、お前だ」

「なっ・・・・・・!?」

 唐突にきっぱりと言い渡されて、息を呑む。

 確かにあのとき、俺の中の誰かが同じ事を言った。しかし俺が無視したその声を、何でこの人が知っているんだ。


「な、何を証拠に・・・・・・」

「証拠など必要か? 否定するならするがいいさ。だが、お前が再生師になろうとするのなら、この力があることだけは肝に銘じておいた方がいい」

「・・・・・・再生師になろうとするなら?」

「これは助言だ。忠告と言ってもいい。無事に教団の再生師として働きたいなら、その能力を知られないように気をつけろ」

 そう言ってから男はしばし逡巡し、憂鬱そうな重たい吐息を零した。


「・・・・・・ところで、私からも一つ訊ねていいだろうか。お前は何故再生師になりたいんだ?」

 俺が彼の助言に対する反応に困って戸惑っていると、そこに疑問を重ねられる。こちらはすぐに返せる内容だ。

「俺は、再生師の力でモネの街にいる子供を治したいんです。俺が保護している自我を失ってしまった子で・・・・・・。俺も昔そうだったんですけど再生師に治してもらえたから、今度は俺がと思って」

「・・・・・・ああ、なるほど」

 とりあえず素直に答えた俺に、ウェルラントは少しだけ愁眉を開いた。


「それならいくらか希望は持てるか・・・・・・。しかしターロイ、教団でその答えをするのはまずい。その子供のことも、お前の過去も、向こうでは口にするな」

 また勝手に秘密を増やされた。一体この人は何を知っていてこんなことを言うのだろう。

「何で言っちゃ駄目なんですか」

「私は昔、両親が亡くなるまでは、王都で見習いを経て王宮騎士として修行していた。そこでいろいろ・・・・・・知りたくないことまで知る羽目になった。その経験を踏まえての忠告だ。・・・・・・まあ、行けば分かるさ」

 そう言って彼は立ち上がった。


「さて、話はここまでだ。君はもう部屋に戻って明日のために備えるといい。王都にはまだ馬車に乗って行く手もある。街で子供たちにいい同行者がいないか訊ねてみろ」

 あれ、しばらく「お前」呼びだった二人称が「君」に戻っている。

「子供たちに?」

「彼らの情報はその辺の大人より信頼できる。いい人を紹介してくれるだろう」

 執務机に戻ったウェルラントは、再び書類を手にして目を通し始める。今の彼はもう普通の良い領主の顔だった。


 変な人だ。魔王の祠をあばくなんて倫理にもとる行動をするかと思えば、気前よくお金を出してくれるし助言もする。自分の街の子供たちを信頼してもいる。全く、悪い人なのか良い人なのか。


「いろいろありがとうございました。無事再生師になれたら、またお礼に伺いますので」

 しかし総じて考えれば助けられたことの方が多い。俺はテーブルの上に置かれた麻袋をありがたく頂いて、机越しに彼にお辞儀をした。

 それに視線だけを上げたウェルラントは、

「また、か・・・・・・。次に会うときに君が敵でないことを願うよ、ターロイ」

 そう言って、少し複雑そうな笑みを浮かべた。


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