真面目な話をしよう?
午後4時30分、まだまだ外は明るく、夕食の準備のためにスーパーへ駆け込む主婦がよく目立っている。
そろそろタイムセールが始まるから、この時間の主婦はオリンピックに出場していたのかと思うほど動きが機敏だ。
そんな中、見た目は金髪美少女なのに制服は学ランを着ている少年と一緒に競技場をゆっくり歩いている男子高校生がいた。
まぁ、長々と説明したけどもちろん俺と来飛のことだ。
あの後、母さんからお使いを頼まれたので、それをこなしつつ昨日の話の続きをしていた。
「使用者というのはね、魔法の指輪を持っているんだよ。それは悪魔のような天使のような者から渡されるんだけど、そのときに代償を払うんだ。それが凛君の場合は数分間の記憶だったってわけだよ。」
「お前の話、何が何で何なんだか何が何だかわからないぞ。」
「真面目な話をしよう?そういうブーメラン発言はいらないからさ。」
俺のふざけた態度(ふざけている訳ではないが)に来飛は釘を刺す。
「これからする話は、もしかしたら君の命に関わるかもしれないんだ。僕も真面目に話すから、君も真面目に聞いてほしい。」
来飛がいつになく険しい顔をしつつ、赤子を宥めるような優しい声で語りかけてきた。
そこにどれだけ深い意味があるのか俺にはわからないが、ゆっくりと首を縦に振り、黙って耳を傾ける。
「じゃあまずは、昨日のことから話そうか。君は覚えていないんだろうけど…実は、僕達は決闘をしたんだ。」
「決闘?あぁ、確かに言ってたな。」
「そして、僕が君に決闘を挑んだのには理由があるんだ。」
「理由?」
「あぁ。それが僕の仕事、『リスト登録されていない使用者の個人情報と能力の特定』だからだよ。」
「申し訳ないけどもう何言ってるかわからない。」
「あはは…使用者については何となくわかってる?」
苦笑いしながらも、来飛は話を進める。
「あぁ、指輪で魔法を使える人達、だろ?」
「うん。そして、僕はその人達をリストに登録し、どんな使用者がいるか把握しなければならない。犯罪に利用されたら厄介だからね。」
「あぁ、なるほどな。そのためにまだ登録していない人達の能力とかを調べるのがお前の仕事ってわけか。」
「おお!理解が早くて助かるよ。」
「…でもそれなら、俺と決闘する必要なくないか?」
数秒、時が止まった。
「あれ?…図星か?」
「…チッ」
「おいお前今舌打ちしたよな。」
こいつ、自分が揚げ足を取られると苛立つタイプか。
そんな性格の悪いやつは、バツ悪そうに咳払いをして、話を続けた。
「も、もちろん、君と決闘したのにもちゃんと意図がある。」
「へぇー。」
俺はニヤつきながら疑いの眼差しを向ける。
…俺よりも鋭い眼差しを向けてくる人がいるので、一回逸らしておこうか。
「それで…お話続けてくれます?来飛さん。」
「…お前の能力はまだないから目覚めさせる必要があった。そしてそのために決闘することを選んだ。そして僕の策は成功して、お前は能力を手に入れた。」
未だ鋭い眼差しを向けつつ、早口で説明をする来飛の機嫌を取ろうと、とりあえず持っていた飴を渡す。
すると、俺の策は成功したのか、少しだけもとの口調に戻った。
「そう、手に入れたはずだったんだ。記憶が消えたってことは必ず代償は払ったことになるだ。だけど凛君、なぜ君は能力がないんだ?」
「そんな事言われてもな。なんせ記憶がないんだし、どう答えればいいんだ?」
「質問を質問で返さないでくれよ。まぁそこについては保留にしておこう。それ以外でなにか質問はあるかい?」
「ないですー。」
「それなら良かった、とりあえず能力がわかるまで君は安全だろう。僕も君に危害を加えられたら仕事にならないからね。でも引き続きこのことは内密にね?」
「おう。わかった。」
「じゃあ僕は帰るよ。また明日。」
来飛はそう言うと、さっき渡した飴を口の中に突っ込んで、走り去っていった。
俺は手早く野菜をカートに入れ、レジへ向かって大股で進んだ。
タイムセールはとっくに終わり、さっきまでの主婦の行列はいつの間にか消え、商品棚にはほとんど物は残っていなかった。
そんな中で一つだけ残ってしまった惣菜パンが目につき、意味もなく気になったので、手に取ってみた。
「激辛カレーパン…か。」
やっぱり意味がわからない。
だって、別にカレーパンが特別好きな訳ではない。
だって、別にパッケージが特別目立つ訳ではない。
だからこそ、なんでこんなに気になるのかがよくわからない。
もう一度、何もない商品棚を見上げ、ふと思う。
「俺は一体何者なんだろうな…」
そう呟いて、カレーパンをカートの中にそっと置いた。
□■□
午後12時半、ちょうど昼休みの時間。
俺は中学からの友達、大樹と昼食をとっていた。
「おい、凛。お前最近、来飛と仲よさそうじゃねぇか。」
「ん?そうか?確かによく話すけど。」
「付き合ってんのか?非リアこじらせてんだろ?」
…ついでにいうと、今の質問で心に一発喰らい、お茶を吹き出してしまったので、その後始末をしていた。
俺は机や床を拭きながら、スポーツ刈りが良く似合う無邪気な顔立ちの少年を睨みつけていた。
「こじらせてるってどういう意味だよ。」
「男子に告白するとか、バリバリの女好きなお前が『もう男の娘でいいや』って妥協したことになるだろ?」
こいつはなぜか、俺の思考を見抜くのには長けている。
「俺とお前は以心伝心してるからさ、お前の考えてることは読めるんだよ。あ、でもお前は俺の考えてることわからないんだよな、そしたら以心伝心って言わないか。あははっ。」
そして十中八九、俺をバカにする。
「あー、一応これ見てる人に言っとくけど、これはいじめてないからな?いじりだからな?あははっ。」
そして時々、判定に困るメタい発言をする。
「にしてもお前、さっきからなんでナレーションみたいなの入れてんだ?」
こんな奴だが、中学のときはそれなりに世話になっているので、関係を切るなんてことはできないし、向こうがさせてくれないだろう。
「悪ぃ悪ぃ。怒るなよ?悪気があったわけじゃないんだからな。」
「悪気がないのはわかったが本当にないなら連続攻撃はするなよ。」
「いや、お前がいじられたそうな顔してるからな。」
「いつ俺がそんな顔したんだよ?」
「いつって、いつもだよ。」
ごめんなさいやっぱり絶交させて頂きたい。
「まあまあ、それは置いといて、お前と来飛ってどういう関係なんだ?」
紙パックのいちごオレをくるくる回しながら、大樹は俺に聞いてきた。
「普通に友達だけど。」
「本当に?」
紙パックの動きがさらに速くなる。
「本当に。」
「んー、じゃあさ、俺になんか隠してるだろ?」
急に、冷徹な瞳が向けられた。
まるで、俺の心の奥底まで透視してしまいそうな目だ。
「そんなもんないって。」
「じゃあ、お前ん家の近くの道路、なんで補修工事やってるのか知ってる?」
一瞬、なんで大樹がその話を知っているのか、素直に驚いてしまった。
大樹は電車通学だし、俺の家の前は大樹だけでなくこの高校で通る人はいない。(来飛を除く)
別にニュースになるほどのものでもないだろう。
まさかこいつ…あのときすぐ側にいたのか?
「さぁ、知らないけど。」
俺はさらりと話を流した。
これが多分、いつもの俺の反応だろうと思い、わざとらしさがないように振舞ったつもりだ。
しかし、さすがと言うべきか、俺の心を見抜くのには長けている人間は、その僅かな変化を見落とさなかった。
「嘘つくのはやめた方がいいぞ、凛。俺以外まともな友達がいないんだからな。」
「嘘?何の話だ?」
当然俺はとぼけたふりをする。
「とぼけるな。お前の嘘は簡単に見破れる。凛、白状しろ。何を知っているんだ?」
だが、そんな俺の名演技は全く意味がなかったようで、大樹はしつこく俺を問い詰める。
「だから何も知らないって。」
「嘘だ。お前と来飛が関係してるのにはもう気がついてる。」
いつの間にか大樹は身を乗り出し、その細い蛇のような目の奥に燃え上がるような怒りと、海に沈んでいくような悲しみを閉じ込めているようだった。
俺は何も言わなかった。
いつの間にか、いちごオレの紙パックは、林檎の食べ残しのように、真ん中が大きく凹んでいた。