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RING!  作者: tamikoo
2/7

よろしく

 

 午前八時半、教室のドアを開けてすぐ、凛は驚きのあまりその場に立ち尽くした。

 目の前に、二人の少女がいたからだ。


「あ、その…ごめんなさい…って、あれ?」

「…ごめんなさい」


 一人は見覚えしかない、背中の辺りまで伸びた黒髪の少女。

 新雪のような白い肌と、華奢な四肢が制服から顔を覗かせている。

 その姿はまさに、絵本の世界のお姫様のようだ。

 間違いなく昨日、公園であったあの少女だ。


 もう一人は見覚えのない、うなじの辺りで切り揃えられ、触覚のようなアホ毛が目立つ金髪の少女。

 鮮血を閉じ込めたような丸い双眼の奥に、鈍い光を宿している。

 可愛いよりもイケメンという言葉が似合う、表情の読みづらいボーイッシュな顔立ちだ。

 一見大人びている様に見えるが、羽織っている灰色のパーカーのせいか、昨日の子より低い身長のせいか、幼い様にも見えてしまう。


「あの…私のこと覚えてませんか?」


 昨日の子がどこか悲しそうに俯く。


「えっと…ごめん。覚えてはいるんだけど、名前を知らない…って、そういう事じゃなくて…」


 慌ててフォローしようとするも、結局フォローしきれず、言葉が途切れてしまう。


 すると、昨日の子が納得したように「そうですか」と呟くと、口元に手を当てながら苦笑した。


「一応、昨日自己紹介したはずなんですけどね。では改めて、君と同じクラスの晴海 歌(はるみ うた)です」


 晴海さんはゆっくりとお辞儀をすると、続けてこう言った。


「この子も同じクラスで、左中 来飛(さなか らいと)って言うの」

「ん…よろしく」


 左中さんは抑揚のない声で返事をする。


「よろしくな、晴海さん、左中さん。俺の名前は環 凛だ」


 凛は左手を自分の胸に当ててそう言った。


「じゃあ、凛君って呼んでいいかな?私達のことも好きなように呼んでいいから」

 左中さんは無言で親指を立てる。


「ああ、じゃあ歌…と来飛…でいいか?」


「うん!」


 歌が大きく首肯すると、少し遅れて来飛が小さく首肯する。


 なんだかこの二人、姉弟みたいだな。

 そんな事を思っていると、来飛が真顔でこんな事を訊いてきた。


「ねぇ…凛。その左手の指輪は何?」


「指輪?」


 そう言われてから凛は左手の方に目をやる。


 左手の人差し指には、黒い線の入った銀色の指輪が金属特有の光沢を見せず、まるで気配を消していたかの様にそこにあった。


「あぁ、付けっぱなしだったのか。これさ、昨日部屋の掃除していたら出てきて…」


 なんて言いながら指輪を外そうとすると、来飛は凛の左手に自分の右手を重ねる。


「放課後、私の所に来て。それと、これは外さないで」


 来飛は背伸びしながら顔を近づけ、そう囁きくと、凛の指輪をそっと撫でた。


「…っ、わかった」


 凛は顔を背けつつ、半ば投槍に返事をする。


 ようやく来飛が離れると、頬をぷくっと膨らませ、目を細めていた歌が、素早く来飛の首根っこを掴んだかと思うと、二人はひそひそと何かを話し始めた。

 まぁ、来飛はただ頷いているだけなんだけど…


「あの…もういいかな?授業始まりそうだし」


 凛がそう言うと、歌は間抜けな顔で固まってしまった。


 そんな彼女の頬を来飛がつんつんと突っつくと、気を取り直したように歌が微笑んだ。


「…そうだね。急にごめんね。でも凛君、放課後は()()の所に来ることを忘れないでね?」

「お、おう」


 なんだか約束の内容が少し変わったような気がするが、深いことは聞かない事にした。


 □■□


「五年前、大規模な地殻変動の影響で太平洋上に新たな島が出現し、領有権を巡って一時は国際問題になりました。しかし、その島を国際連合から買収した人が、そこで新たな国家を作りました。さて、その国とは一体どこでしょうか、松下君?」


「…キャメロット王国でーす。」


「さすがですね。では、キャメロットはいくつの島から成り立っているでしょうか、中井さん?」


「…13個…です。」


「正解!素晴らしいですね。では、ここまでを黒板にまとめていきます。」


 午後三時半、閉め切った教室の淀んだ空気に息苦しさを感じながら、溜まった疲労を吐き出すように大樹はため息をついた。


 本日最後の授業である世界史の鈴木(すずき)先生は、話し方があまりにもおっとりしているため、他の生徒達は、倦怠感に包まれつつ、授業そっちのけで睡魔と闘っていた。


 授業に集中しているのは、ごく一部の真面目な人だけだ。

 まぁ大樹はそのどちらでもないのだが。


 大樹が左隣の席へ目をやると、そこには懸命にノートをとる凛の姿があった。


 学校にいるんだから授業を聞かないのはもったいないし、テストで誰かに負けるのは嫌だ、といつの日か言っていたため、凛は真面目な人の分類に入る。


 そんな凛の態度を大樹は少なからず尊敬している。

 まぁ、だからこそ、女遊びに走ってしまった親友を元の道に戻してやるのは親友の務めなのだ。


 大樹は知っていた──凛が放課後、うちのクラスの美少女二人に呼び出されたことを。


 本人達は気づいていなかったらしいが、周囲の人間は相当驚いたらしい。


 そりゃまぁ、その場にいなかった大樹ですら、話を聞いた時は椅子から転げ落ちたのだ、直接聞いていた人達はもっといいリアクションをしたに違いない。


 それにしても、晴海 歌と左中 来飛、二人同時に手を出すとは、凛もよくやるもんだ。

 大樹は感心すると共に、頭を掻きむしった。


 そう、凛が女子に興味を示すことは喜ばしいことではある。

 何があったかは知らないが、彼は人間関係においてなによりも付き合いの長さを重んじる。

 そのためか凛は、中学で好きな人がいなかった。


 大樹に話さなかっただけ──と思う人もいるかもしれないが、残念ながらそんなことはありえない。

リア充狩り(スキャンダルハンター)』と呼ばれ、中学で恐れられていた大樹がそんなに美味しい情報を知らないはずがない。


 まぁとにかく、浮いた話が一つもなかった深海生物がようやく水面から顔を出したんだから、このチャンスを親友として滅茶苦茶にしなければならない。

 普通の女の子ならともかく、マドンナを持っていかれるとなると、話は別だ。


 だからこそ凛を止めなければいけないのだが、肝心なその方法が思いつかない。

 大樹は顎に手を当て、肘を膝に乗せ、『考える人』のポーズをとる。


 いや、待てよ?


 相手はクラスナンバーワンの美少女二人だ。(ナンバーワンが二人?清楚系とクールビューティ系で分けているんだよ)

 多分凛は一人しか選ばないし、選べない。

 もう一人はどうなる?

 傷ついた心を癒してあげれば好感度アップに繋がるし、距離を縮めることにもなる。

 お互いに惹かれあっていく二人。どちらかが一歩踏み出せば埋められる微妙な距離感を保ちつつ、更に愛を育んでいく。そしてその日はやってくる。今まで育み続けた愛が爆発して、二人はとうとう一線を越えて運命共同体になっていく…


「くふふ、くふっ、ぐふぇふぇっ、ぐふぇっ、ぐふふふふ、ぐふぇぇっ、ふふふふ、くくくくく」

 大樹は身体をくねくねさせながら、恍惚とした表情で気持ちの悪い笑い声を漏らす。


 ジーッ


 ん?

 大樹は何やら前方から視線を感じた。…それも結構鋭くて冷たいやつ。


「さっきから何しているんですか?」


 大樹はビクビクしながら、自分でもはっきり分かるほど引きつった笑顔をそちらへ向ける。


「せ…先生…」


 そこには、とても三十代間近な女性とは思えないほど無邪気に笑う女性がいた。

 そう、鈴木先生である。


 大樹と凛のクラスの担任であり、『鬼のすずちゃん』という、とても在り来りなあだ名を付けられてしまった人。

 なぜそんな風に呼ばれているのか…理由は単純。


「全く、みんなぐっすり眠っちゃってぇ…これじゃ宿題多くするしかないですね」


 すずちゃんは問題集のページをパラパラと捲り始める。


「でた…自称進学校の急に宿題増えるやつ」

 誰かが蟻のような声でぼそっと呟く。


 ただ、相手が悪かった。目の前にいるのは、地獄耳の鬼である。


「あらあら、では宿題はもう少し増やしてあげましょうか!自称なんてのはさっさと捨て去って、立派な進学校にしないと…ね?大樹君?」


 先生は変わらず無邪気に笑い、大樹の方を見た。


「えっ…はい──そうですね」


 大樹は咄嗟にそう答え、涙を堪えるように苦笑する。


「では、今日の宿題は三十ページほど問題集解いてもらいましょうか。詳しい範囲は後で持ってきますね」


 そう言って先生は、なんだか嬉しそうに教室を後にした。


 キーンコーンカーンコーン

 キーンコーンカーンコーン


 異様に静まり返った教室に、脳を震わせるような授業終了のチャイムが響き渡り、大樹の周りの生徒達がハサミやらホッチキスやら様々な文房具で武装をし始めた。


 そしてそのまま、大樹を取り囲み各々の武器を構えた。


「え?みんな何してんの?ちょっと待ってよ…凛様お願いします助けて下さい」


 大樹は凛に助けを求めるが、彼は顔に手を当て、大樹とは真逆の方向へ身体を向けた。


「え?なぁ…ちょっと……マジかよ…………」


 大樹の悲鳴が校舎内を突き抜けたのは、それから数秒後の事だった。


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