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RING!  作者: tamikoo
1/7

例の人

不定期更新です。


上達したい気持ちはあるので、辛辣な意見お待ちしております。



 

 午後四時五分、海濱市(うみはまし)海濱高校(うみはまこうこう)にて。


 花の香りを伴って時折強い風が吹く四月、今日も青春を部活に捧げている生徒達の元気な声を聞き流し、たまき りんは、自らの親友と共にグラウンド横の砂利道を颯爽と歩いていた。


「でよ、凛。お前はどんな女子がお好みだ?」


 会話の内容は年頃の男子らしい、爽やかなものではないけれど…


「あのなぁ、そういうのは普通、修学旅行の夜とかに話すもんだろ?わざわざ学校帰りにする話か?」


「なんだ?女の話はいやなのか?」

「んー、別にいいんだけどさぁ…」


 凛は不満そうに、しかも困ったように顔を顰める。

それでも、スポーツ刈りでそこそこイケメンの少年は気にせず話を続けた。


「じゃあいいじゃねぇか!俺達の妄想を膨らませまくって、いつか来る日まで期待しようぜ!」


「そんなんだから彼女に振られるんだよ…大樹(だいき)

「うるせぇよ…お前なんか彼女いたことすらないくせに!」


 大樹と呼ばれた少年は、凛の後頭部にスクールバッグを投げつけた。


 学年がひとつ上がり、二年生になった今日、まだ名前も覚えていないクラスメイトに話しかけることもなく、凛は中学からの親友であり、奇しくも同じクラスになってしまった大樹と話していた。


「…んでさぁ、お前的にクラスの女子の評価、どんな感じだ?」

「まだまともに顔なんか見てないって」

「そんなこと言うなよ…うちのクラスは絶対に高いはず…だ!」


 大樹が顔を近づけ、好奇心に満ちるキラキラした目で凛を見つめた。


「二人くらい可愛い人いたんじゃないか?」


 凛は顔を逸らし、早口で答える。

 凛自身は、二人の顔と名前は覚えていないが、自己紹介の時に他の男子が騒いでいたのは覚えていた。


「おお!晴海 歌(はるみ うた)左中 来飛(さなか らいと)のことだな?」

「だから知らないって」


 凛が顔で『もううんざりだ』と伝えると大樹は胸を張って

「間違いなくあっているだろう。あの二人は特に素晴らしいからな。この学校の可愛い子の身長、体重、スリーサイズなど、あらゆる情報を保有している、この俺が言うんだからな!くくくくくく……」


 堂々と変態宣言をしたと思ったら、目を覆うように手を当て、天を仰ぎ、怪しく笑い出した。


「先帰るぞじゃあな」


 凛は笑い続ける『息子の下僕』(中学の時の大樹のあだ名)に早口で別れを告げ、少しだけ、いや、かなり急いで歩を進める。


 周囲の視線が冷たいのは、きっと気のせいだ。


 □■□


 あれから十分後、急いで歩いたせいで、少々息切れした凛は、彼の家と学校の中間にある栗沢公園のベンチに身を預けていた。


 まだ春だというのに、初夏のような暖かさで、まだ冬から目覚めたばかりの体には、流石に暑すぎる。

 汗で張り付いたワイシャツが、ひんやりと体を冷やし始め、風邪をひかないか心配にもなる。


「…気持ち悪いし、寒いし、着替えたいし、帰るか」


 そう言って立ち上がると、コロコロ…と薄汚れた黄色のゴムボールが前方から転がって来た。

 手で掬うように、ボールを持ち上げると、それを追って来たのか、誰かの伸びた影が、凛の足元で止まった。


「あぁ、このボール、あなたの──」

 凛は最後まで言い切る前に、唾を飲んだ。


 背中の辺りまで真っ直ぐに伸びた、艶のある黒髪。


 新雪のように、ぼやけて見えてしまうほど煌めく、白い肌。


 そんな肌をものともせず、自己主張を続ける琥珀色の大きな瞳。


 まだ少し幼さの残る顔立ちが、絵本の中のお姫様を連想させる。


 そこにいたのは、美しい少女。


 ただ、彼女のは、誰かが触れれば、崩れてしまいそうな、そんな美しさ。


『純潔』という言葉を擬人化すると、きっと彼女のようになるのだろう。


「あの…私の顔、なんか変でしょうか?」


 突然、風鈴の音のような凛とした声が、凛の耳から脳に突き抜けていく。


「………あっ、えっと、その…これ…」


 熱に浮かされていた凛は、まともな言葉が出てこなかったので、とりあえず持っていたボールをおもむろに差し出す。


「ありがとう…ございます」


 そう言って微笑んだ少女は、あっという間にボールと、凛の心を持って、どこかへ走り去ってしまった。


 凛がようやく家に着いたのは、それから二時間後の事だった。


 □■□


 午後十一時ごろ、凛は自分の部屋にいた。


「はぁぁぁぁ」


 顔を枕に埋めて長いため息をついた凛は、ベットに横たわり、例の人を想っていた。


 今まで、可愛いと思う人は何人かいた。

 でも凛は、あそこまで可憐な少女は見たことがなかった。

 だからこそ、彼女を一目見れたこと自体が奇跡なのではないかとすら思えた。


 そう、凛が彼女に心を奪われたのは、無理のないことであり、間違いなく必然だった。


 あの黒い髪に触れたい、あの白い肌を撫でたい、あの大きな瞳に見つめられたい…


「あの子…可愛かったなぁ」


 ブーッブーッブーッブーッ

 枕の横に置かれたスマホのバイブが、ベットを介して体に響く。

 宛先は大樹からだった。


 ポチッポチポチッ

 手馴れた手つきでスマホを操作して、送られてきた画像を確認する。


「………」

 それを見た途端、凛は完全に冷静になった。


 …こんなことをやっていたら大樹を馬鹿にできないと思い、気を紛らわすため、凛は慌てて部屋の掃除を始める。

 …大樹から何が送られてきたかは、あいつの尊厳のために伏せておこう。


「おぅ…」


 机の引き出しを開けると、想像以上に物がごちゃごちゃしていて、少したじろぐ。


 凛は引き出しを外し、そのままひっくり返す。


 そして、出来上がったガラクタの山から、要らないものを、まるでサーカスのピエロのようにゴミ箱へ投げ入れていく。


 このくらいの距離なら、ゴミ箱の位置さえ分かっていれば、そこを見ないでも百発百中で投げ込める、凛の地味な特技だった。


 そんな風にどんどん作業を進めていた凛の手が、不意に止まる。


「…指輪?」


 凛の手の中には、真ん中に黒い線の入った銀色の指輪があった。


 一瞬、両親の物かと思ったが、そんなはずはない。

 だって、凛の両親は、凛が生まれてすぐに亡くなっている。


 そして、今凛が住んでいる家の主、伯父も五年前に亡くなっている。

 伯父には奥さんはいない。

 しかも伯父は、指輪やネックレスなどは、チャラチャラしているから、という理由でひとつも持っていなかった。


 凛は勿論、こんな物を買った覚えはない。


「…誰の物だろう」


 凛は電灯で指輪を照らし、反射して光った部分が一周するように、指輪をぐるりと回す。

 傷や、刻印なんかもない。多分新品だ。

 何となく、左手の人差し指に、指輪をはめる。

 二、三回、手をグーパーさせてから、指輪をじろじろ眺める。


「悪くないな」


 凛は散らかした物をさっさと片付けると、再びベットに横たわり、全身の力を抜く。


 昼間の暖かさと、さっき散らかしたせいか、むわんとした暑さと埃っぽい空気の中で息苦しさを感じる。


 しかし、凛の身体はベットに沈みそうな程重くなってしまったので、窓を開けようともせず、そのまま動かなかった。


 まだ薄らと開いた目には、窓の外から偉そうに凛を見下ろす、満月と呼ぶには少し欠けた月が映る。


 ようやく本当の夜が来た。


 □■□


 『人々が眠りにつく頃、闇に溶け込む者共がようやく動き出す。


 欲望丸出しの獣達は、自らの欲望のため、今日も偽善者に喰らいつく。

 偽善を振りかざす者達は、そんな獣を駆逐し、自己満足に浸る。

 獣と偽善者は、同一なものであり、不同なものでもある。


 そして、そんな二つの生物を脅かす、新たな存在。

 裏の世界に乗り込んできた、新たな者共。


 彼らの力は絶対的であり、神として崇められる者もいる有様だ。


 世界が彼らを望まなくても、世界の上位にいる存在が、彼らを望む。


 神や天使、悪魔に代償を払い、それと引き換えに力を手に入れ、己の偽善と欲望のためにそれを行使する者。


 人々は彼らを〈指輪使い(ユーザー)〉と呼んだ』


 古い書庫の様な場所で、高校生くらいの少年が机の上の古びた本をちょうど読み始めていたところだった。


「さぁ、やっと会えるね。リ──今は凛か」


 そう呟きながら、彼は本の表紙に彫られた題名を、骨ばった指でゆっくりなぞっていく。


「にしてもよく出来てるねぇ、この本。まさか題名がこんなのだなんて思わなかったよ。」

 彼はにたっと笑うと、あることを呟いた。


「────────」


 再び彼は、にたっと笑った。




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