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ヌラちゃんの時間  作者: 黒崎蓮
1/7

ぷろろーぐの時間

「あの子はあそこで死ぬべきだったな」

「いやいや、それじゃ主人公が心底救われないってもんでしょ。鬼かお前は」

「うーん、だけど流れ的にはあの子が殺されることでこの物語はな……」

「良いのだよ。可愛い子は最後まで生き残るべし」

「また始まった……」

 いつものように僕とこいつの意見は平行線を辿ったまま、どの到達点にもたどり着くことはなかった。まぁ、ここでどんな結論が出ようと、真実は物語の作者のみが知るということで。

 深夜二時。僕と目の前にいる日和はいつも通り、僕の家でテレビゲームに勤しんでいた。死ぬとか殺されるとか、物騒な単語が飛び出してはいたけれど、安心してほしい。これもゲームの話。実際の僕と言えば、虫も殺せぬ博愛主義者なのだ。日和の方はその限りではないかもしれないけれど。

「それにさぁ、ここで死ぬだ殺すだなんて言ってたら……あの子、来ちゃうかもしれないぜ?」

「お前も好きだな……この家にはいないよ、そんな子」

「いやいや、いるね。この家には幽霊がいる。しかも超絶可愛い女の子だ」

 目を爛々と輝かせながら、日和は言う。大学で死んだような目で授業を受けている時と同一人物だとは思えない。

 こういう類の話が好きで、おまけに霊感があると自負するこいつが言うには、僕が住むこの‘夕焼け三丁目ビル201号室’には幽霊がいるらしい。僕にはまったく感じられないのだけど、背後から妙な視線を感じるとか、ガラス越しに白い服のようなものが見えたとか、これまたよくありそうなことを騒いでいるのである。

 そんな家主の僕には感じられない怪現象を引き起こす幽霊を、いつしか日和は‘あの子’と親しげに呼ぶようになっていた。こいつの中では幽霊が美少女にでも脳内変換されているのだろうか。

「この前なんか決定的だっただろ~! ほら、帰ってきたらムンっとした空気が部屋に充満しててさ……あれは絶対ボクたちがいない間に、大勢の幽霊がこの部屋で宴会してたんだよ。それかヤってたか」

「おぉ、もう……。仮にも女子の発想とは思えないな……」

「あいにくボクは天才なのでね」

 日和の冗談には生暖かい目を向けることでやり過ごす。いつもこんな感じだ。大学ではいつもこのノリで絡んでいるから恋人関係を疑われるのだが、はっきり言っておこう、そんなことはありえない。

 恋人だったらこんなゲスな話はせず、もっとロマンティックにやっている。

 こいつはただの、友だちだ。

 それはさておいて、日和の言うようなことが、確かにあった。

 いつも通り日和が家に入りびたり、大学生らしく引きこもってゲーム三昧の堕落生活を送っていた時だった。最寄りの百均に昼飯を求めて外に出て、帰ってくるまでの数十分の間に僕の部屋に変化が起きた。

 ムンっとした空気。

 部屋の中に、ついさっきまで少なくとも三人以上の誰かがいたような空気が、漂っていた。

 日和が騒ぎだすのも分かるくらいに、僕にもはっきりと感じられるものだったのだ。僕らが外に出ている間に誰かが部屋に入って宴会でもした、なんていう、幽霊のせいにしておいた方が何倍か安心できる想像をしつつ、日和の言う‘あの子’が本当にこの部屋にいるのではないかという思いが少しだけ強くなった瞬間だった。

「でも、幽霊なんていないよ。そんなの、ゲームや小説……それに、この頭の中だけにしかいないのさ」

 僕はちょっとばかしキザったらしく、そんなことを言ってみる。

 幽霊なんていない。

 もし本当にいたとしたら、次の新人賞に出すための小説のネタにして書いてやる。

「おいおい未来の大作家がそんな夢の無いこと言って良いのかァ?」

 おちょくる日和は、僕がある意味‘そういうつもり’で小説を書いていることを知っている。彼女がストーリーに重点を置いたテレビゲームを持ってくるのも半分は自分が楽しむため、もう半分は僕にネタを提供するためだと勝手に解釈している。

 だから僕はあえて言う。

「創作者が見ているのはいつだって現実だぜ?」

 物語の作者は現実をその目に焼き付けて、それを物語として還元して語る。

 対象となる現実が無ければ、物語は存在しえない。

 幽霊を‘見る’ことができる人、その身に宿らせることができる人など様々いるようだけど、そんなのは例外だし、僕は眉唾物だと思っている。

 誰にでも見ることのできる現実を、世界を、僕は物語りたい。

 そんな僕の世界に、幽霊なんていないのだ。


 *****


「えへへ……」

 ご主人はそんな冷たいことを言うけれど、わたしはちゃんとここにいるし、わたしの世界にはご主人もご友人もいます。楽しそうに二人でやっているゲームも、二人がお話しする内容も、ご主人が書くお話も、私はとても楽しみに眺めています。ちなみに数日前に‘みなさん’をこの部屋に招待してご飯を食べたのもわたしです。勝手なことをしちゃってごめんなさい。

 一人暮らしには少し広めの、八畳のリビングルーム。

 天井の中心部には四つのLED電球。四隅に灯った黄色い光を放つ電球が、静かな夜の時間に少しだけ安心感を与えてくれる。

 気づいた時にはわたし、そんな感じのこの部屋でふよふよと浮かんでいたんです。

 宙に浮かんでいて、実体が無く、ご主人やご友人には姿も見えないし、声も聞こえない。

 つまりわたしはご主人が頑なに否定していた幽霊―地縛霊という存在。

 幽霊ということは死んでしまったということで、生きていたということですが、わたしにはその時の記憶がいっさい無いんです。

 どうして自分が幽霊になったのか、これっぽっちも思い出せません。そもそも自分が本当に幽霊なのかということもはっきりしていません。わたしは誰で、何なんだろうと、最初の頃は不安で不安で仕方ありませんでした。

 でもそんなこと、今のわたしにはごくごく些細なことだったりするのです。

「あ、そういえば……そろそろ時間だった」

 壁にかかった丸い時計は、夜中の二時半を差しています。‘集合の時間’まであと十五分です。

「ほら、寝るぞ。布団敷けよ」

「は~、今日はラスボスも倒せたし、良い気分で寝られるな~!」

 ご主人もご友人もさすがにお眠りになるようで、各々就寝の準備を始めました。

少し早めに行って‘みなさん’を待っていようかと思っていたのですけど、やっぱりこのお二人の様子は、どうしても見入ってしまうのです。

 ありのままの自分を心の底から楽しんでいるというか。

 お二人や、ここに来るご主人のご友人たちが見せる笑顔に一点の曇りが無いところが、見ていて飽きません。思わずわたしも混ぜてもらいたくなっちゃうくらい。そんな想いが強すぎたのか、何度かご友人にはわたしの姿を見られてしまったみたいなのですが……。

 いつかお返しがしたいなぁ。

 不安でいっぱいだったわたしの心を、こんなに穏やかにしてくれたご主人たちに。

 ……おおっと、いけない。そろそろ行かなくちゃ。

「おやすみ」

「良い夢見ろよ」

「良い夢だったら内容教えてやる」

「お前のことだから明日になったら忘れてるよ」

「今すぐお前に悪夢を見せることだってできるんだからな?」

「ほう、ボクを襲うつもりかね。やってみたまえ」

「……寝る」

 床をすり抜けて、下の階に移動しようとしたわたしの耳に、そんな楽しげな掛け合いが届きます。

「……うふ、あははっ」

 今日はもう寝て、また明日楽しいお話を聞かせてくださいね、ご主人。


 *****


「はっ、こんな手抜き料理誰が食うか! まだ現役でバリバリ生きてるわしの家内の方が旨い飯作っとったぞ!」

「てめぇ、そこに立ってろ。あたしが、この手で、今すぐバラバラに調理してやる」

「お、落ち着いてくださいよぅ、シノさん……」

「うるさいぞ離せ田中ァ!!」

 下に降りた途端、繰り広げられていたのは賑やかな喧嘩でした。

 夕焼け三丁目ビルの一階は店舗用のスペースが二つ並んでいて、この部屋はそのうちの一つです。キッチンスペースと中央にある事務用のテーブル以外には何もない、がらんとした大部屋。生きている人は誰も使わないこの部屋は、わたしたちにとってちょうど良い憩いの場であり、団らんの場……のはずなのですけど。

「わしゃぁ、こんな臭いモン食えん! 断じて食えんぞ!!」

「臭いって豚肉だぞこれ?! 宗教以外で豚肉が食えないやつなんて初めて見たよあたしは!」

「肉と言えば牛か鶏じゃろうて! そんなことも分からんのか最近の若者は!」

「だったら最初から言えー! てか、あたしの自信作なんだから食えなくても食ってもらうからな?!」

「あ、あの、シノさん、これ美味しいですよ? 僕は好きです……」

「お前は何で勝手に食べてるんだ田中ァ! 皆でいただきますだろうーが!」

「ひいっごめんなさい?!」

 ポニーテールにした黒髪に、白いシャツを腕まくりしたちょっとワイルドな感じの女性―シノさんは、なんだかご立腹な様子。止めようとしているのは、少し気弱そうな表情をした眼鏡の男性―田中さんなのですけど、あたふたとするばかりで全然止められていません。

 テーブルの上にはぐつぐつと美味しそうな音を立てるお鍋。中にはお肉と野菜―白菜でしょうか―が、交互にバランスよく敷き詰められていました。

 味付けは……たぶんコンソメです。匂いだけでお腹が空いてきちゃいます。

「……うん?」

 グルグルと、お鍋の音に待ちきれないかのように鳴るわたしのお腹の音が聞こえたのか、胡坐をかいて座るお爺さんは難しい顔をこちらに向けます。

 お爺さん― 一前さんはこの部屋の隣の散髪屋で、美容師さんをしていた人でした。それがつい一週間ほど前、ぽっくりと逝ってしまったらしいんです。こんなに元気そうに見えますが、病気でお亡くなりになったとか。

 今では‘わたしたち’と同じ幽霊の仲間入り。

 実は今日のこの集まりも、一前さんを歓迎するお鍋パーティなのでした。

「ほらほらみんな、ヌラちゃんも来たことだし、そろそろ食べようよ」

 一前さんの向かいに座る、鳥のくちばしのような形をした帽子―ハンチング帽でしたっけ?―を被っている男性は忍足さん。とっても気が利くお兄さん的な人で、今もいち早く私の到着に気づいてくれました。

「……ふん。爺さん、食わなかったらぶっ殺すよ」

「ははっ、もう死んどるわい」

 その爽やかな声色にはなんだか不思議な力があるようで、さっきまで騒いでいたお二人もひとまず喧嘩を止めて、お箸を持って手を合わせます。

 わたしも遅ればせながら椅子に座って、それからテーブルを見渡してみます。

 シノさんに一前さん。田中さんと忍足さん。紹介し忘れてしまったのですけど、シノさんの隣に一言も喋らないまま座っているソウタくん―この子はシノさんの息子さんです―の、私も含めて六人が、温かい鍋を囲んで席についていました。

「……あれ、一人足りなくないですか?」

 数えてみて、ここに集まるはずの人数より一人足りないことに気が付いてわたしは言います。

「あの子は……いやいや、あの気まぐれガールを真面目に待っていたら、この歓迎パーティを始めるより先に俺たちが成仏しちゃうよ」

「一前さんを精一杯歓迎したいから、そのお土産を探しに行くんだーって張り切っていたんですけどねぇ……またどこか遠くに出かけちゃったのかも?」

 忍足さんと田中さんの言葉に、わたしも妙に納得してしまいます。確かにあの子は気まぐれ屋さんですから、そういうこともありそうです。

「んじゃ、俺たちの七人目の仲間の誕生を祝って……いや、ここは幽霊らしく‘呪って’かな? とりあえず乾杯!」

「かんぱーい!」

 忍足さんの音頭で、少しだけ和やかに歓迎会はスタートしました。

 いつのまにか大人組はお猪口にお酒を入れて、さっきとは違った意味で賑やかになっていきます。お酒を飲めないわたしとソウタくんは冷たいお茶を飲みながら、温かいお鍋をつつきます。

 ソウタくんはもくもくと食べているから分からないけれど、私は今楽しい気持ちでいっぱいです。

 深夜三時。幽霊たちの歓迎パーティ。

 私は誰で、何なのか。そんなことは分からないけれど。

 同じようなよく分からない仲間たちに囲まれた私の時間は、とても幸せなものなのです。



 ……え? なんで幽霊が普通に食べ物を食べたり飲んだりできるのかって?

 わたしに訊かないでくださいよ。

 わたしだってよく分からないんですから。


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