ギュール終幕A 地主の娘が最低
「地主の娘かしら」
「それはどうして?」
どうしてと聞かれても、そう思ったからとしか言えない。
暫く気まずい沈黙に耐えかねていると、何やら音楽が聴こえてくる。
「そこのお二人さん、よかったら聞いてくれよ」
あの青髪で羽帽子――
「あら、あの時の……」
「ジェントだ」
「僕はナキム、彼とは昨日から組んでいるんだ」
マイクロフォンを持っているから彼は歌手なのね。
――私達は彼等の音楽を聞くことにした。
「とても素晴らしかったわ」
「マジックにも音楽をつけたいけど、この街はもう無理かな……」
ギュールさんは目の前にいる音楽家であるジェントに頼まない。
――というより、彼は引き受けてくれないと思っているのかもしれないわね。
「それにしても私達以外にお客が出て来ないなんて変ね」
「近頃は吸血鬼が復活して街の住民を惨殺したという噂を耳にするんだが……」
ジェントはまるで住民が吸血鬼に襲われたから観客がいないとでも言いたそうだ。
「あいた!」
「ああ、すまない」
ぶつかったあいては、8歳くらいの可愛らしい少女だった。
「ごめんなさい……」
「気にしないで」
少女は彼を見て首をかしげる。
「ジゼル!」
「兄さん」
「……!」
少女は安堵の表情を浮かべている。ギュールがなにやらハッとして少年を見た。
「人がいてよかった……」
話を聞いてみると、兄妹は家族で観光に来たが、人気がなく不安だったと語る。
おまけに両親、は皇帝から直々に城に呼ばれた為、仕方なく二人で外をまわっていたのだという。
→〔観光について〕
「残念ながら人がいなくて、みるものがなさそうだけど……」
「やはり噂の吸血鬼が……」
ジェントは真顔でありえないことをいいだす。
「いかないと_____!」
そういいギュールは血相を変えて走り出した。
「どこに行くの?」
「城へ行く」
師匠を呼ぶか迷いつつ、私もついていくことにする。
■■
暫く走り続け目的地にたどり着いたはいいが、門番はおらず。堂々と入りこむと城内に使用人などが居ない。
「ねえ、どうして城へきたの?」
「少し気になることがあってね」
少しのわりにはとても必死にみえたが、指摘したところではぐらかされるだろう。
「君こそこんな場所についてくるなんて……」
「だって……こんなことになっているなんて知らなかったかんだもの」
なら帰ればいいとでも言いたげにみている。
なぜかわからないけど、足が勝手に動いてしまったのだ。
「せっかくきてトンボ帰りなんてしたくないわ」
「この様子だと噂通り危険かもしれないよ?」
半信半疑にきいていたジェントの言う吸血鬼の話は街だけでなく城の人間まで消えていたことで本当だということがわかる。
ならその吸血鬼はいまはどこにいるのか、もしかしたらまだ城内に潜伏して他国からの客を待ち伏せているかもしれない。
しかし、このまま一人で帰るなんて嫌だ。
「とにかく私も探索するわ」
「はいはい。わかったよ」
しかたないといいながら彼は歩き進む。
「さきに言っておくけど、オレは弱いから君を守れないよ」
「大丈夫よマジシャンにナイト役なんて期待してないもの」
(なのに危険な場所くるなんて、やっぱり大事な用事なのね)
奥まで進み、鍵のかかった部屋が見つかる。その錠を彼はステッキで壊した。
広い部屋は埃だらけで、ぷくりと大きな獲物たちが蜘蛛の糸に絡め取られまっしろになっている。
二人が近づいてよくみればそれらは人間だとわかり、これは化け物のしわざだとアネッタが震えだす。
ギュールは獲物達に絡む糸をステッキで切り、人を探しているのだとようやく彼の行動理由がわかった。
「ねえもしかしてあの子たちの両親を心配して?」
「……!」
ギュールの手が止まり、図星だと言われずとも判断がつく。
「優しいのね」
アネッタは彼があの幼い兄妹が両親を亡くしてしまうと助けに来たのだと思い微笑む。
するとギュールはアネッタに近づくと彼女を物憂げに見つめた。
「違うよ、オレはそんな善人じゃない」
「え?」
そのままなにも言わず作業を続けようとするをアネッタが止める。
「ねえ、最近ここに来たならここにはいないんじゃないかしら?」
この部屋は長らく放置されていることにやっときがついたらしい。
探すことだけで周りが見えていなかったギュールはハッとしながら移動する。
「どこを探せばいいかな」
ギュールは誰かの助けを借りるのは好きではなさそうだったし、ましてや頭に血がのぼっていた。
だがさっきのことで落ち着いたのか、彼は冷静判断できるようになっている様子。
「王の間はどうかしら、悪者は大体そこよ」
「たしかに」
あの人達は蜘蛛の化け物に襲われたとみて間違いない。しかし、化け物の場所に二人の両親やこの国の王がいる可能性が高い。
けれど私達はただの人間で、化け物に対抗する手立てはまったくない。
「怪物が二人の両親をとらえているとして戦えないのにどうやって助けるの?」
「助けに来たわけじゃないさ」
助けるためではないならなんの目的があって危険な場に自ら飛び込んだのだろう。
彼は一体なにを考えているのかが私にはわからなくて、協力したいのになにもできないもどかしさを感じる。
「ここが……」
大きな扉をおして中へ入ると、蜘蛛の巣にとらえられている男女が釣り下がっていた。
「ギュール、もしかしてあの人たちかしら?」
彼に尋ねると、近づいて顔を見に行く。すると彼はステッキで二人を叩きつける。
蜘蛛の糸は深く絡んでおり簡単にとけない。このままでは化け物が来てしまうだろう。
「なにか切れるものを探してくるわ!」
私も手伝いたいが下手に近づいたら彼のステッキにあたるのでなにか武器を見つけよう。
玉座の裏をみてみるとカーペットが不自然に切れており、めくれば床板がない。
怖いけどほかに良さそうな場所は考えつかずドキドキしながら階段をおりると祭壇があった。
剣が厳重に鎖でつながれている。私がそれを手に取り引いてみると鎖は簡単に砕けた。
きっと錆びていたからだろうし、私にはそんな怪力さはないわ!
「ギュール!」
私は蜘蛛の糸を勢いよく切りつけた。そして天井から二人が落下する。
「ああ……びっくりした……」
「ごめんなさい」
少し重くてつい勢いがついてしまった。これは軽いのに切れ味が鋭くて白くてきれいで不思議な剣だ。
「ところで、この二人はあなたにどういう関係があるの?」
「それは」
ギュールが語りだすと、嫌な気配がして当たりを見渡す。足音が聞こえて、とうとうみつかってしまったのかと悟った。
現れたのは王の姿をした赤い髪の青年で想像していた化け物ではない。
「その剣をもってしても振るうものが只の人間では、余を倒せはせん」
「あなたは怪物?」
「我が名はグリス。王の体を乗っ取り、この城下の人間どもを啜り喰らったのもこの我よ」
その容姿からは想像できない残酷な所業、奴は見逃してくれるはずもなく私たちを喰らうだろう。
「その人間どもは我が獲物……覚悟はできておろうな」
「こいつらならかえすよ」
「ちょっとギュール!?」
彼が男の襟首をつかんでグリスへ引き渡そうとすると、向こうもおどろいたようで、少し固まっていた。
「さあ、こいつの血肉を喰らいオレ達に恐怖を与えてみろ」
「久方ぶりに愉快な人間が来たものだ」
ギュールはグリスに興味を持たせ時間を稼ぐ。演技には見えないほどだけど。
「アネッタ!」
「師匠!?」
颯爽とあらわれて私の手から剣を抜きとり、グリスへ切りかかった。
師匠は普段の姿からは想像もつかない動きで化け物と対等に渡り歩いている。
「いったいどういうこと……?」
「今のうちに逃げよう」
ギュールが私の手を引いて出口まで走りだす。師匠や夫妻は置いてきてよかったのだろうか?
「さっきの話の続き、聞きたいだろう?
「ええ」
ギュールは前に言った友人の話を覚えているかと訊ねる。今日聞いたばかりなのだから当然とアネッタは苦笑いする。
「あれ実はオレのことなんだ」
「ええ!?」
つまり夫妻はギュールの恋敵と想い人なので地主の娘が悪いというのを不思議そうにしたり、夫を化け物に差し出す等の行動にでてしまったのね。
「ごめんねくだらないことに巻き込んで」
「くだらなくないわ」
彼は自分を過小評価してしまう節があるようで、原因はおそらく失恋なのだろう。
「オレはあの男が大嫌いなんて生易しいもんじゃない。とても妬ましい」
「そんなに幼馴染が好きだったのね……」
「いいや、確かに彼女と結ばれたのは許せない。けどね、さっきあの男の隣にいた女は彼女ではなかったんだよ」
(それは男が不倫しているということになるのかしら)
「でもあの子たちは両親と来たって……」
「あの子供の兄のほうは彼女と似ていたし妹は父親似だった」
だからあのとき止まっていたのか、謎が少しずつ解けてきた。
「それは残念ね。大きくなったら思い人の娘と結婚できたかもしれないのに」
「あの男が義父なんて嫌だ。それに彼女の代わりなんていないからね」
有名美形マジシャンにそれほどまでに思われるなんて女性としては幸せだろう。
「あの子たちが幼馴染さんの子ででも違う人を母と呼ぶなら後妻ってことかしら」
こればかりは夫本人に聞かないことにはわからない。
「あとでどうして別れたか聞きにいって、ふざけた理由なら一発殴ってきたら?」
「してやりたいのは山々だけど、あの男と女はもう死んでいた」
心苦しいが兄妹に両親の死を伝え、母親について聞くしかないだろう。
■■
「3人いたようだけど、もう一人はどうした?」
「美味そうな女だったので一番最初に目玉から啜ってやった」
「なら二人は?」
「同時に干物にしてやった。己を犠牲にしようと庇い合い番のようだったからな」
「極悪非道な吸血蜘蛛もたまには善行をするんだね」
「なんのことだ?」
「死人に口なし、今回に限りいい結果になっただろう」
「まるで知ったような口ぶりだが、どこかで会ったか?」
「父親にね」
「ほう、貴様が例の」
「おや、そっちこそ。父親は生まれる前に死んだのによく知っていたね」
「育ての親に聞いたのさ」
■■
「あ、お姉ちゃんたち!」
「パパとママは!?」
正直に二人は化け物に殺されていたと話す。二人は声を上げて泣いた。
「こんなことを聞くのは心苦しのだけど……二人のお母さんは二人いるの?」
「ううん?」
「あのね、みつけたときお父さんと隣にはお母さんとはべつの女がいたの」
「叔母さまならいっしょにきてたよ」
「パパとママが遅いから探しに行ってくると言ってたわ」
つまりグリスが夫妻と叔母の3人を捕まえて偶々二人を同じ場所にまとめたのね。
「なら彼女をせめて骨だけでも弔わないと」
「ギュール……」
幸せに暮らしているはずの幼馴染がこんなことになっていたらやるせないだろう。
「師匠」
「やつは倒しておいたよ。それと3人の遺体だ」
男と女二人の亡骸が横たわっている。男と隣の遺体は死の間際の不安からか手をつないでいた。
私達は十字を切り神の祝福を願って遺体を城の近くに安置して警察に著名で連絡した。
「ギュールさん、どうして貴方はマジシャンをしているの?」
「オレはあの男のせいで村から追い出されたんだ」
「どういうこと?」
「おの男は彼女と後腐れなく結婚するために、村長の家から金を盗み、その罪はオレに着せられた」
ギュールは明るくて女性にチヤホヤされてそんなひどい事があったようには見えない。
だけどそんなことがあったのでは男を化け物にさしだすのは当然だろう。
「もしかして村の人を見返すために?」
「そうだね。オレは農業向いてないし、いまとなってはよかったかもしれない」
追い出されなければ私も彼に会うことはなかっただろう。そう思うとなんとも表しがたい気持ちが沸き上がる。
「お客はきっと皆、貴方に会えてよかったと思っているわ」
「君は?」
「もちろん私もよ」
そういうとギュールが照れ臭そうに後頭部に手を当てた。
「あれ、そういえばクルスニードさんとナチュラルに距離とってたな……」
「どうしたの?」
「アネッタにははなしていいよ」
師匠が何らかの許可を出す。彼は秘密があるのかしら。
「じつはオレは指人形なんだ」
「は?」
「信じられないかもしれないけど、今から十年前に人が人形になる現象が起きてね」
言われてみるときいたことがあるようなきがする。
「たまたまその村にきたら呪いがかかって特殊な人間、つまり人形使いの傍じゃないと人の姿が維持できない」
「つまり師匠の傍でないと人形に戻ってしまう筈なのに平気だってこと?」
「うん」
「呪いが解けたんじゃない?」
試しに彼はクルスニードから距離をとる。しかしいきなり小さな人形に変化してしまった。
「もしかして……アネッタ、試しに彼を持ってきてくれ」
「ええ」
ギュールに近づくと彼は人間に戻る。私が人形使いだからだろうか?
「よし、これからは君が彼の傍にいてあげるんだ」
「なんで!?」
「私はしばらく旅にでるから、後はたのんだよ」
「……自分は話さないで行くんですね」
あれからギュールと家に帰った。
「なんで食器の場所だけでなく手際がいいの?」
「だってすぐそばにいたからね」
師匠の人形だから家には初めから住んでいたということね。
「新しいご主人には名前を教えてあげるよ。たぶんクルスニードさんも知らない筈だよ」
「貴方の本名?」
「それはね」
【ドゥルハーン】




