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ゲルンガァ 終幕C 逃げる


「きゃあああ!」


私は命の危機が迫っているのではないかと、不安になり慌てふためくしかできない。


「落ち着け」


ゲルンガァは肩を抱き寄せて私をなだめる。


「ごめんなさい……」


まだ敵が来たわけでもないのに取り乱してしまった。


「お前は家族を殺されたらどうする?」


〔泣くしかない〕


「……私は泣く事しか出来ないと思います」


――私はなんの力もなくただ弱い小娘だ。


「そうだろうな」


ゲルンガァは私に何を期待しているのか、落胆したように見える。


「凡庸な答えですみません……だってせっかく家族に護られて、生き残れたのに復讐しようとして失敗したら……」


私を生かしてくれた大切な家族の想いは無駄になる。

リスクがないなら復讐もしたいが、相手は盗賊であり絶対的な安全はない。


「やれやれ、骨が折れる」


王は血のように真っ赤に染まった髪を手で後ろへやる。

そして彼が片手に引き摺っているのは生首だ。

玉座に座ってそれを床に放り投げる。


「……なっ!?」


ゲルンガァはそれに目を見開く。床に頭が転がっているからか、または知り合いだった?


「怯えぬのか人形使いの娘よ。これを視て平然と立っていられるとは、ずいぶん肝が座っているな」


人が切られる瞬間は怖いし見たくないけれど、すでに取れているのは人形を扱う職業柄慣れてしまっている。


「貴様……」


ゲルンガァは剣を引き抜き、王へ斬りかかった。


「氷理の宰相らしからぬ激情だなゲルンガァ」

「吸血蜘蛛グリス……両親や死んでいった俺の同胞へ謝罪しろ!」


グリスは喉に剣を突き付けられて、尚も余裕の笑みを浮かべている。


「時に、お前は過去の仇敵への復讐か新たに見つけた未来……どちらをとる?」

「……なに?」


――気がつくと私の首には糸が絡んでいた。


「くっ……」

「もう死んだ者と、今死にかけている者。どちらをとるかと聞いているんだが?」


なぜグリスが余裕でいられたか、それはゲルンガァの企みに初めから気がついていたからだろう。


「それは……」


ゲルンガァは手を震わせながら剣を放し床に落とす。


「先程の不敬は虫が近づいていたと言う事にしておこう」


グリスは私の首の糸を緩めたが、完全には取られない。


「さあ……舞台は静かに整った。人形使いの娘、余を楽しませろ」


――私達は完全に吸血蜘蛛グリスの支配下となったらしい。


「ごめんなさい……私が来なければ貴方の悲願も達成されたのに……」


ゲルンガァは氷理(ひょうり)の宰相の名に相応しい冷やかな目で私を見ている。


「お前のせいではない」


私のせいだとはっきり言ってくれたらどれだけ楽だろう。


「……退屈でたまらぬのだ」


幾度劇を見せても退屈だと言われる。どうしたらグリスは満足するのかしら。


「ゲルンガァ、アネッタ……余に若人たちの幸せとやらを見せてはくれまいか?」

「それはどういう事でしょう」


グリスの漠然とした要求が理解できないとゲルンガァは要望を問う。


「結婚式をしろ」


こんな赤黒い城で結婚式なんて、頭が可笑しいんじゃないかしら。


「結婚式なんてどうしたら……」

「さあ誓え、余が司祭を勤めよう」


――それは結婚式というより呪いの儀式だろう。


「ゲルンガァよ。出来ぬなら、余がその娘の血を一滴残らず蹂躙するのみたが」


結婚式というのは貴族の政略ならともかく一般人は第三者に脅されながらするものではないと思う。


「新郎、新婦は互いを愛している事を誓うか?」

「はい」

「誓います」



私もルールはよくしらないが吸血蜘蛛が結婚式の手順など知るはずもなく、色々と省略され、棒読みになってしまう。


「ではブーケの変わりに生首を「人形で勘弁してください」


私が人形を謝りながら軽く投げるとゲルンガァの部下がキャッチした。


「では最後に……」


私とゲルンガァはグリスの糸で逃げられないように向かい合って拘束された。


「お前は他に好いた男はいないのか?」

「いません」


私に好きな人はいなかったが、まさかこんな形で結婚するなんて思っていなかった。


「式で一番の楽しみといえば何より誓いの接吻(ヴェーゼ)なのだから早くしろ」


会場は暗黒の城、背徳司祭により最悪な結婚式は執り行われた。


「私の事はいいから、王を倒してください」


彼が知り合ったばかりの私を助ける理由はない。ましてや敵の人質になってしまったのだから、彼は私を見捨てるべきなのだ。


「……いまさら悪足掻きをするくらいなら、初めに見殺しにしている」


いいや、彼はもう抗うことをやめてしまったのだろう。


「ごめんなさい」


自分をもてあそび一人で愉しむ敵を前にして私は泣くことすらできない。


「もう謝るな。やつ以外は誰も悪くないんだ」


それは血塗られて幾多の死を犠牲にした愛は仮初めでも、幸福であるかのように感じていることに対しての謝罪だ。


――私は目を閉じて、安寧を得る。



【偽りの宰相】

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