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シノープス 終幕A 一緒に行く

「一緒にいくわ」

「ではその前に、腹ごしらえをしましょうか」


――またアイス屋かと思いきや、やってきた店はアイス屋ではなく、ベェカリィ屋だった。


「アイス屋じゃないのね」

「もうお昼ですから、デザートの前には食事がいいかと思ったので」


たしかに周りはランチを頼んでいる。シノープスがこちらに懐中時計を見せた。

やはり昼食の時間で、私は時計を持っていないので気がつかなかった。


「古い時計ね」

「ええ、父から貰ったものなんです」


なんだか貴族が持っているものみたいだわ。




シノープスと帝都(ジュグ)外のヨウコク・エリアで食事をしてから帝都内に戻る。

宿泊する場を探していると、張り巡らされた糸がキリキリと鳴った。


「どうやらハルメンが近くに居るようですね」

「行くの?」

「ええ、ですがまずは貴女を宿をまで送らなければ」


いまはハルメンはどこにいるか把握できない状態。

彼がいなくなったときに現れたら私は対処できない。


「でも……」

「まあ、彼に任せれば大丈夫でしょう」

「彼?」


そういえば彼は本来兵士のやる仕事までやっている。

それにどうして兵士がいないのだろう。


「どうして警備の兵士さんがいないの?」

「エリア:ジュグには首都であるここジュプスの他に領地バロビニアン、ディーツ、アルドヴィエランがあるのですが、内部の鎮圧中に王が替わり、兵士や住民達はほとんど出ていったそうです」


シノープスさんはどの領地から来たのかしら。


「シノープスさんはこの国に詳しいけれどジュプスの人?」

「いえ実家はディーツですが、ヨウコクのフランポーネに住んでいます」


変人と芸術家の町、まさに類は友を呼ぶ。


「おや、ハルメンは消えたようだ」


しばらくしてキリキリ音が無くなった。


「私がさっさと見つけておかなかったから……ごめんなさい」

「いいんですよ、気にしないでください。本音を言うとこの街の民より貴女のほうが大切ですから」


喜ぶべきじゃないのに、大切なんて言われては嬉しいと思う他にない。


「他の人が被害にあうのを考えたら複雑だけど、そんな言い方は照れてしまうわ」


恥ずかしさに目をそらすと、師であるクルスニードらしき男がいた。


「師匠!?」

「アネッタ……?」



師匠にいなくなった理由を問えば、なんと王様に呼ばれて人形劇を披露という名誉ある話だった。


「師匠ったら手紙に書く言葉が足りないわ!」

「さすがにあれは悪いと思っているよ」


――あれでは家出する人の置き手紙だ。


「ところで、そちらの彼は?」

「ピエロドールことシノープス=カーノリプスです」


私が紹介するまでもなく、饒舌に自分が私と知り合った経緯を語る。


「そうか、さほど年は離れていないようだし、お付き合いには問題ないだろうね」

「お付き合い!?」


師匠ったら何を言っているのよ。

もしかしたらシノープスにだって、あれでも妻や恋人がいるかもしれないし。


「なんだか今ものすごく失礼な視線が……」

「ところで貴方は恋人などはいらっしゃるんですか?」


彼に良い人がいるといって、何か私が困る事はないわ。


「恋人ですか……」


――シノープスさんがなんて答えるのか、私は気になってしまった。


「お恥ずかしながら、この職業では浮いた話がありません」


職人はナチュラルに奥さんがいるのに、人形を操るほうはあまりモテないようね。


「そうですよね、私も結構生きているんですが近くの異性はここ10年で弟子のアネッタくらいで……」


師匠は引き込もっているから余計だろう。


「奇遇ですね、私も思い当たる異性が人形劇で10年前に会った少女くらいなんです」


――気のせいか、さっき彼はこちらを見た。


「10年ですか、きっと素敵なレディになっているのでは?」

「そうでしょうね」

「迎えに行っては?」


師匠は自分がいつ嫁を貰うのか聞かれたら年のせいで耳が遠いとかいうのに他人事だとグイグイ行く。


「しかし貴族のお嬢様だったので、どこかの婚約者に貰われていたかもしれませんね」


なんだか過去形になっている。


「もしかして……」

「ええ、10年前に亡くなりました」


シノープスは今でも少女を想っているのだ。

羨ましいわけでも同情でもなく、この現しがたい気持ちはなんだろう。


「アネッタ?」

「私ちょっと出掛けてくるわ」

「買い物かい?」

「その辺りを散歩よ」


モヤモヤして仕方がないので走って吹き飛ばそう。


「きゃ!?」


私は薄紫髪の少年とぶつかった。


「……大丈夫、怪我はない?」

「ええ、よく前をみていなくてごめんなさい」

「じゃあさようなら」


少年は無機物のようにぎこちない。


「はあ……」


ハルメンも捕まっていないのに私は何をしているのよ。

こんな危ない街では気分転換なんてできやしない。

師匠の仕事は終わったのだから、早く帰りたい。


「お帰り」

「た、ただいま」


宿へ戻ると、もうシノープスの姿はない。


「彼なら城へ行くと言ってさっき出たよ」

「あ……」


私はシノープスを追いかけた。


「シノープスさん!」

「おやおや早かったんですね」


――まだ彼にお礼を言っていなかった。


「師匠を見つけるまで傍にいてくれてありがとう」

「……よかったですね。寂しくなりますが、早くこの街から離れたほうがいいでしょう」


シノープスは急いでいるみたい。このまま私が話していたら邪魔になる。


「じゃあ……」

「おい」


私が去ろうとすると、金髪の男性が遮る。


「ゲルンガァですか」

「ピエロドール、陛下が呼んでいる」


彼は王の手下だったみたいだけど、昨日の宿の人が言うように王は本当に生け贄を求めているのかしら。


「わかりました。それでは彼女を帰してあげてください」

「いや、この女も連れて来い」


――そんな、どうして王が私を呼ぶの?

この様子では師匠に話しに行くことも叶わないだろう。


「では先にいっていろ」


ゲルンガァは城とは反対方向、皮肉にも私が行きたかったほうへ歩いていく。


「王に会うのは危険です。今すぐにでも彼を連れて街を出てください」

「でもゲルンガァって人はあっちに行ったのよ」


師匠と合流するまで遭遇しない自信がない。

もしかしなくてもゲルンガァは城で師匠と面識があるだろうし。

私が行かないと師匠を人質にされるかもしれない。


「私が最後まで貴女を守りますから、信じてください」

「わかった信じる」



「ピエロ=ドール、その娘を寄越せ」

「いいえ」


「王たる余、ゼルスタールの命を聞けぬか?」

「貴方はゼルスタール王ではありません。そうだろう吸血蜘蛛(ヴィアント)グリス!」


シノープスは王に向かって糸を投げつけた。


「糸でこの我へ挑むとは、愚かな人間だな」


奴は糸を城全体から手繰り寄せた。


「ちっ……」

「娘よ、街中の糸は目にしたか?」


まさかハルメンを捕まえる為の糸というのはゼルスタールが自ら?


「え……」

「奴とまともに口を聞いてはいけない。問いかけにこたえれば催眠にかかります」


シノープスに口を塞がれ、グリスの問いにはこたえなかった。


「あれは我を消そうと企むヴァンパイアハンターを検知する為のものだ」


ではハルメンというのは、はじめから存在しないのかしら?

気になるが会話をしたらグリスの暗示にかかるので聞けない。


「糸なんてなかったけどな」

「貴様はヴァンパイアハンター!?」


長銃(ロングライフル)を持つ青年、二丁拳銃の男性、レイピア、長剣(ロングソード)を構えたゲルンガァ、大剣を杖のようにした師匠がいた。


「な……これはどういう事だ!」

「我等は皆、吸血鬼狩り一族だ」


師匠までハンターだったなんて初耳だわ。


「まさか本当にいたなんて」

「誰かが吸血蜘蛛の糸を剥がしてくれていてな」

「おかげで忍び込むのに助かったんだ」


あの時彼がやっていたのはもしかして――


「さあ、ここからは俺達の仕事だ。同胞の弔いと行こう」

「おお!!」


彼等のおかげで私たちは無事に城を出られた。


「貴女に格好良い所を見せるつもりが、結局本職の方に助けられてしまいましたよ」

「でも、彼等が街に入れるようにしたのは貴方なんでしょ?」


私がそういうと、シノープスの足が止まる。


「……はて、なんのことやら」


彼は口笛を吹きながらふたたび歩き進む。


「とぼけなくてもいいのに」



「ふーやれやれ、一見落着と言ったところかな」


吸血蜘蛛グリスは見事に倒された。

数年前にゼルスタール王のほうは体を乗っ取られており、既に崩御していたそう。


なぜ王の配下であるゲルンガァが吸血鬼狩りだったのか、それはグリスを狩る為に王の配下となっていたからだったみたい。

そして師匠は元は吸血鬼狩りをしていて、ゲルンガァがその弟子だったという事がわかった。

私に言わなかったのは特に聞かれなかったかららしい。


「ねえ、私まだ気になっている事があるの」

「なんですか……?」


まだ何かあるのかと言わんばかりに嫌な顔をしている。

これ以上は話したくないのだろう。


「貴方は何者、どうして会ったばかりの私に優しくしてくれたの?」

「私はただの人形使いです。お嬢さんに親切にするのは紳士の勤めでしょう」


はぐらかすつもりらしいが、私は諦めずに食い下がる。


「じゃあどうやってそのピエロ人形が人のように動くのか気になるわ。教えてシノープス先輩!」

「これは元は人だったということで……」


――いやいや、腐れてしまう。


「え……」


私が微妙な反応をしたので、シノープスはため息をついた。


「それでは昔話をしましょう」

「……本当!?」


「私の家は貴族ではありませんが古くから王侯貴族へ人形を作り提供する家です。主にビスク、オートマトン等をやっていました」

「オートマトン……オートマタと呼ばれる動くやつよね?」


あれは人形の中にエリア:トロカピアンの領地マージンで作られる鉄製のモーターが入っている。


「私は人形が好きな貴族の老夫人に気に入られ、年の離れた貴族のお嬢様の婚約者となりました」


もしかして、その貴族のお嬢様は前に話していた人?


「お嬢様が年頃になるまで婚約者であることは隠すつもりで、ただの人形使いと言いながら披露したことも一度だけありました」


一度ということはその後にお嬢様は死んだのね。


「10年前に盗賊がお嬢様の屋敷に現れ、すべてがなくなったのです」


――そのお嬢様が私と同じ境遇にあったと知り、とても他人事とは思えない。


「貴女がその少女と似ていたので、助けずにはいられなかったんです」


――私は幸運なことに師匠に救われ生きているが、その少女は不運にも助からなかった。人生はなんて残酷なのだろう。


「つらい話をさせてしまってごめんなさい」

「いいえ」


私がしつこく聞いたばかりに、彼が思い出したくないであろう悲しい過去を語らせてしまった。


「……あら?」

「アネッタさん!?」


なんだか眠くなって、体から力が抜けていく。



『そのお人形、どうやって動いてるの?』

『こうやって、私が手で動かしています』


『ええっ!?ただそれだけなのに、生きているようでとても不思議だわ!』

『それはきっと生きていると思って見ているから、そう見えたんですよ』


――そういえば昔、私は不思議な人形使いに会ったのだ。

いままで忘れていたのは、人形使いに会って数日後に盗賊に屋敷を焼かれたショックからだろう。

あのおぞましい日、私は屋敷と名を無くした。

だから師匠に拾われたとき、新しいアネッタという名をもらった。



「……よかった」

「シノープスさん、私はいま生きているの?」

「ええ、貴女はたしかにここに存在して、生きていますよ」


私はシノープスの手に触れ、脈を感じやはり彼は生身の人間だと思う。


「それは人形であっても人間のように生きていると強く思っているからなの?」

「……?」


――どうしてかしら、悲しい筈なのに私は涙が出なくなったみたい。


「立てますか?」

「ええ、もう大丈夫」


――はやくこの街を出よう。


「さようなら」

「ええ」


シノープスさんと私達は帰る道は違うけれど、いつか会えたらいいな。



街を出た私は師匠と屋敷の跡地へやって来た。


「ほんとうに何もない」


今やそこには焼け焦げた屋敷もなにもなくてただ旧屋敷というだけの更地があった。


「おや……?」

「え、シノープスさん!?」


――どうして彼がここにいるの。


「ここは以前私がお二人に話したお嬢様の屋敷跡地なんです」

「え、ここは私の住んでいた屋敷のはずよ?」


なにがいったいどうなっているの。


「そういえば二人はファクタネットという名を知っていますか?」

「神が創ったと言われる生きた人形のことですね」


師匠はなぜそんな話をしたのかわからないが、シノープスさんはそれが何なのか知っているみたい。


「私は10年前にここで放心していた少女と出会いました。そして自分の名前を忘れていた少女にアネッタという名をつけたのです」


ああ、私はこれ以上は聞いてはいけない。そんな気がしてならないのだ。


「アネッタ、いい名前ですね」


シノープスが庭へと足を踏み入れた。

なにもない筈のそこに、一輪の花が咲いていた。


「これはジュグ産の緑とは違った桃色のアネモニアですね。貴方は彼女にその花の名を?」

「いいえ、アニマという、霊魂や精神を意味する言葉からです」


不満があるわけではないが、花に比べると由来がかわいくない。

腐っても彼は吸血鬼狩りなのだろう。


「そうですか、ちなみに私は神経を意味するシナフシスから名付けられました。せめて星のカノーフスがよかったんですが……」


星というには彼は暗いので、ピッタリだと思う。それとも名前というのは後から人生に影響するのかしら。


「私の名はそのまま吸血鬼狩り(クルースニフ)から取られています」


やはり名前をつけるというのはわからない。


「というか、すっかり忘れていたけれどこの屋敷が私のなのかシノープスさんの大切なお嬢様の屋敷なのかハッキリしていないわ!!」


「アネッタ、もう答えは出ていたろう」

「え?」


そんなことを言われても理解が追いつかない。


「私もシノープスの婚約者だったお嬢様も盗賊に屋敷を襲撃され、その屋敷も同じ……」


「つまりアネッタさんは私の婚約者さんだった?」

「それは聞いていないんだが、婚約者!?」


――あれから色々あって、私の元へシノープスさんが来るようになった。


「アネッタさん、なぜ私を避けるんですか?」

「もう屋敷がないんだから、婚約の話もないだろう?」


主にシノープスさんは師匠と押し問答するのが常だ。


「まあ式には彼女と歩く頑固な父親は必要ですから」

「ははは、君はなにを言っているんだい?」


なんだか師匠はジャポネス頑固親父のようになっている。


「ところで私の前の名前、知っているんでしょ?」


私の家名はパペッターだが、肝心の本名はなんだったのだろう。


「そういえば聞きませんでしたね。お母様はマリーちゃんと愛称を着けていましたが」

「えー!?」

「まあまあ、もう知りようがない無い過去なんて知らなくてもいいじゃないか」


ふに落ちないが、これ以上の追求はやめた。


「というか……」


改めてシノープスさんが好きなお嬢様、それが私だったという事になった。

その事実が気恥ずかしくて認められない。


“シノープスさんの好きなお嬢様が”と散々誇張して、それは自分だなんて!


「シノープスさんは私が小さな婚約者に似ていたから構うんでしょう?」

「でもそれは貴女だったのですから、私が貴女を愛し尽くすのは変わりませんよ?」


シノープスさんが真顔で愛を語る。


「……もうダメだわ」

「アネッタ!?」


私はその場にへたりこむ。


「私はアネッタさんが好きですから、結婚したいです」

「だめだアネッタが嫁に行ったら私は寂しくて死んでしまう」


師匠はウサギだったのか、なんて馬鹿馬鹿しい事を考えてしまった。


「ああ私は次男なので、お婿になりますから」

「もうだめだ……」

「師匠!?」



【ハッピー:大きなお婿さん】

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