ジェントの章 彼はハルメン?
―――彼の名はハルメンだろうか?
「ブッブー残念でした。はいさようなら」
緑髪の男は興醒めしたように、ため息をついて去った。
しかたがないので音楽家ジェントにハルメンを知らないか聞いてみることにしよう。
「またお前か、てっきりどこぞでのたれ死んでいるかと思っていた。よく無事に帰ってこられたものだな」
失礼だけど一応心配してくれたんだと思いたい。
「で、なんの用だ」
「ハルメンはどんな特徴があるの?」
私が知っているのはただの子拐いという点。服装や性別などはまったく知らない。
「は、なぜそんなことを聞くんだ」
私が突拍子もないことを言ったせいか、ぽかりとしている。
「私ハルメンがどんな人か知らないから」
「やめておけ」
ジェントは少し動揺しているようだけど、丸腰の私がハルメンに近づくのは危険だからそれは当然の反応だろう。
「別に捕まえたいわけじゃないの。特徴を知っていれば逃げられるじゃない」
「……普通に考えて子供とはいえ力のある男が妥当だろう」
たしかにそうだけど、曖昧な答えね。
「あとは?」
「噂では木製の笛を吹いて、コヨーテを退治していたという」
「すごい」
笛で獣を倒すなど並みの人間ではない。怪しいけれどなぜそんなすばらしい才能を持つ人がそんなことをするのだろう。
「笛といえば貴方は金属笛なのね」
「ああ、流しの音楽家というだけでどこかしらに行くたびハルメン疑惑がかけられるからな」
こういう恐怖政治国家では疑心暗鬼がおきて関係のない人も疑われる。
誘拐犯と同じ楽器を扱うなら尚更だろう。
「……俺はつい昨日、王に楽器を披露するように呼ばれたんだ」
「そうだったの」
「王を喜ばせるようにと宰相が他にも芸能者を呼んだらしいが、無事に帰ってきたものはいない」
「……」
つまりそれは、王の不興をかって処断されたということなのかしら。
もしかしたらクルスニードが外出して、戻ってこないのもそういうこと―――?
私は恐怖のあまり震え、スカートの裾をくしゃりと握りしめる。
「おい」
――ジェントが声をかけてきた。
「なに?」
彼が吹く笛の音色が耳に届いて、私はいつの間やら聞き入っていた。
「落ち着いたか?」
「ええ、とても上手かった」
人形劇のバックサウンドに―――するには勿体ないくらいである。
「料金はまけてやる」
「え……いくらかしら?」
私は財布をとりだし、彼に払おうとした。
下手ならともかくあれは逆に払いたくなる。
「……冗談だ本気にするな」
「ええ!?」
彼がまさか冗談をいうなんて、しかも言いそうにないテンションだったし。
「さすがに自分から聴かせて金をとるようなことはしない」
「そう……」
彼になんと言うべきかわからなくて、それしか答えられない。
「あら、その綿人形……」
小さい子供が好きそうな熊のぬいぐるみだ。
「先に言っておくが、俺のじゃない。前にこの宿に住んでいた客が忘れていったものだろうな」
ジェントはとくに焦る様子もない。ただ冷静に答えている。
「ならそうなんでしょうね」
「オレを犯人だと疑わないのか?」
彼が犯人でない確証はないが、なんとなく想像はつく。
「いいえ」
―――彼がハルメンならばぬいぐるみを自分のものというはずだ。
ハルメンは音楽家だが、子供を釣るには音楽よりぬいぐるみが効果的。
だから大の大人がぬいぐるみを持っているなら犯人と疑われてしまう。
ならばその要因は少しでも減らそうとすることだろう。
――暫くして夕方になった。
ジェントは固そうな干し肉を食べている。
「どうしたお前も食いたいか」
「いいえ、いらないわ」
彼は流しの音楽家、ならば生活も切り詰めている事だろう。
そんな彼から恵んでもらうなんて心苦しいので遠慮しておく。
「ところでお前はいつまでここにいるつもりだ?」
たずねているジェントは不快な顔をしているわけではない。
ただ黙々と食事をすませ、楽器をみがきながら聞いている。
私はついぼうっとして、宿から出るのを忘れていた。
「ああ、もう特に用事はないの。長居してごめんなさい」
彼からハルメンのことは聞けないだろうし、冷静に考えれば追い掛けるのも私がやることではない。
しかし本来対応すべきこの街の警備兵は動いていないようだ。
師匠の居場所をたずねようにも人にほとんど遭遇しない。
―――この街はきっと、何かおかしい。
―――外へ出る前に聞いておきたいことがあった。
「あの、ジェントはいつお城へ行くの?」
「……」
城に呼ばれたら普通は喜ぶか謙遜するかなのに、彼は微妙な反応をしている。
「いくときはよかったら私もつれていってもらえない?」
「本当のところ、あの城には行きたくはない」
ふ――と息を吐いて、言い切った。
「王が人喰いだという噂を信じているの?」
「誰も帰らないのではさすがに心配になるだろう」
一瞬ジェントがちらりと横を見た。なにやら安そうなヒマワリの絵が飾ってあった。
「ヒマワリが好きなの?」
「いや、友人の友人の名前がヒマワリに関係していたことを思い出してな」
ジェントの友達の友達、ヒマワリにちなんだ名前とはなんだろう。
「簡単に言うと太陽神に恋をしてヒマワリになった女が出てくるゴルダーン神話だ」
「つまりその女神から名前をとったの?」
女神から名前をとっているということは友人の友人は女性だと推測できる。
「ジェントが人付き合いを苦手そうな理由がわかったわ。
友人と好きな女性をとりあった過去から仲違い、友人に彼女を譲って一人町を出て傷心の旅ね」
私は枯れ葉が風に舞う哀愁あるシーンを想像する。
「ふざけたことを……なにありがちでベタな妄想してるんだ」
「ごめんなさい違うのね」
ジェントはさめた目で私を見ている。
「ああ、ともかくそのドロドロネタで人形劇はやるなよ」
釘を刺されながら宿から出ると、白いタートルネックを着た滅多にいないくらいの美男子がすぐ近くにいた。
「なにか?」
「ああ、ごめんなさい!」
ついじっと見てしまった為に、迷惑がられてしまった。
「……君このあたりで不振な男を見かけなかった?」
「見ませんでしたけど、事件は起きているみたいです」
もしかして彼は不振な男を捕まえに来てくれたのかしら。
「それはどのような……ヴァンパイアは暴れている?」
なんで吸血鬼がいま出てくるのかわからない。ハルメンが吸血鬼ならば笛吹よりそちらが広まるだろうし、何より血の抜けた死体があがっていることだろう。
「子供ばかり狙った誘拐事件なのでたぶん違うと思いますけど、そんな質問をするということは貴方は治安維持団体の方?」
「いいや、オレは吸血鬼を退治しているクリュトラ。今日は友人が危険な国に呼ばれたと聞いて来たんだ」
「あのもしかしてこの宿の誰かと知り合いですか?」
ジェントは危険な場所に来た。宿はたくさんあるが彼はここに入ろうとしている。
もしかしたらジェントが言っていた友人の友人ってなんとなく彼なんじゃないかと思った。
「……とりあえず会ってみよう」
「あのジェント」
「なんだまたお前……?」
ドアを開いたジェントとクリュトラはお互い目を見開いて静かに驚いている。
「やっぱり友人の友人だったのね」
まさか男性だったとは気がつかなかった。
―――でも、少しジェントの反応に違和感を覚えた。
クリュトラが驚いたのはこの宿にいることを知らなかったからと考えられる。
「久しぶりだな」
「ああ」
手紙のやりとりしかしていないとも考えられる。
だが合う約束をしていたならジェントはそんな反応はしないはず。
なんだかぎこちない雰囲気、つまり彼はジェントの知り合いだが会いにきた人物ではないようだ。
「てっきりクリュトラさんはジェントに用事があると思って……悪いことをしてしまったわ」
「まあせっかく知り合いに会ったことだ。君に聞いておこうかな」
クリュトラのほうは気にしていない様子。なにかジェントには後ろめたいことがあるのだろう。
「なんだ?」
「近頃この町にヴァンパイアが出ている噂を耳にした。退治ついでにエパルの様子でも見ようと思って来たんだが知らないか?」
クリュトラが尋ねると、ジェントはしばらく黙って目をそらす。
「王に招かれ、先に城へいってしまった。それから一週間は帰っていない」
「あいつのチェロは確かにすごい。だが、一週間はさすがに変だな」
―――なにか事件に巻き込まれたのだろうか、それにジェントはなぜ彼と一緒にいかなかったのだろう。
◆ジェントがいかなかった理由は?
〔臆病だから〕
→ 〔きっと別の理由〕
「なら皆で城を探ってみるのはどう?」
「もちろんそのつもりだが、皆ということは君も来るのか?」
クリュトラはジェントをみやる。
「たしか師匠がどうとか言っていたな。なら王の餌食になっている可能性もあるか……」
ジェントに言われ、もしかしたらと思った。
師匠は手紙で王に呼ばれ、この城下へ来た可能性がある。
「というわけなの。ハルメンが彷徨いていて探せないし」
後ハルメン事件もなんとかならないかと思っている。
クリュトラはヴァンパイアを狩るくらいだからハルメンだって大丈夫だろう。
「命が惜しくなければ勝手にしろ」
「オレも構わないが、万が一敵にあったら二人で逃げてくれ」
ということで、今から調査がはじまった。
「……この町、ほとんど住民がいないな」
不自然なまでに外に出ている人間がいない。
ジェントのいた宿は彼が来たときから無人でもう勝手に住んでいたらしい。
「住民が帰ったら宿代を払うからいいだろ」
「お前、踏み倒す気だよな」
クリュトラが目を細めると、ジェントはこちらへ視線をあわせようとしない。
おそらく金銭トラブルがあったに違いない。
「さあいこう。吊り橋も皆で渡れば怖くない」
●
「城に人の気配がない。だから乗り込んでも邪魔が入らないんじゃないか?」
まず城に人がいないことがおかしいのだ。
吸血鬼が城の人間を殺したのかもしれない。
「私達生きて帰れるかしら」
「さあな」
「死ぬのが怖くないの?」
ジェントは死んだらその時、といって先へ進む。
本気で生きることに興味がなさそうというか無頓着すぎる。
「ならどうして一人で城に来なかったの?」
死ぬのが怖くならはじめから一人で音楽家のところにいけただろう。
「さあな」
ジェントはフイと顔をそむけ、関わるなと言わんばかりにそっけない態度をとった。
男の子ってこんな感じなのかしら。身近な男性は師匠や町の市場の店主くらいしかいないから、いまいち慣れない。
堂々と前門から入るのは気が引けるので裏手からまわってみる。
そこは厨房のようだが、埃やカビにまみれ、もう長らく使われていないように廃れていた。
「これはどういうことだ。食事を用意する場所を掃除しないなどありえないだろう」
「……もしかしてこの城、本当にヴァンパイアがいるのかしら?」
吸血鬼なら食事をしないから、こうなっていても不思議ではない。
「しかし、ヴァンパイアのエサとなる人間が一人もいないな」
クリュトラは考えている。
「もう次の町へ移動しているとか?」
「それが妥当だろうな」
―――ということは、ジェントの友人はもうこの世にはいないのかもしれない。
だが人間も王も誰もいないこの城、気になる存在があった。
「待って、気になることがあるの」
「なんだ?」
次の部屋を探そうとしていたジェント達は私に注目した。
「城には宰相やパレードを開くピエロドールがいたでしょう?」
それに絡まれていた私を一度助けてくれた金髪の男性もいる。
彼等は普通ではないが人間だと思う。
「ああ」
「私がジェントと再開する前にピエロドールがハルメンを捕まえようとしていたの」
そして彼と会って一日くらいしか経過していない。
ピエロドールが王の命令でハルメンを探していたなら、町を去る直前にそんな指示を出すだろうか?
「ならどうするか考えよう。すぐにここを去るか、捜索を続けるか」
◆決めるのは私みたいだ。
〔去る〕
→〔留まる〕
「探してみましょう」
私はよく注意しながら廊下を歩き進む。
「……骨くらい拾ってやらないとな」
ジェントは友人の生存を諦めたように、ため息をついている。
「ミイラとりがミイラにならないことを願おう」
――――しばらく歩いた私達は広い玉座の間にたどり着いた。
床には脆く風化した骨や乾いて黒くなった血痕がある。
「はじめて見たわ」
芝居で見るそれとあまり変わらない。なんて場違いな事を考えながら恐怖心をまぎらわせた。
「嫌な気配がする」
「奇遇だな、今そう言おうと思っていたところだ」
いきなり空が暗くなり、風が吹いて窓が揺れはじめた。
「はやくもお出ましといったところか」
ジェントの視線の先には赤毛の男、おそらくゼルスタール王がいた。
「ごめんなさい私が残るなんて言わなかったら!」
王後ろに続いて緑髪の男、金髪の青年が現れる。それはピエロドールと私を助けてくれた彼だ。
「貴方は!」
「誰だ?」
金髪の青年は私のことを覚えていないようだ。
「誰ってつい最近チンピラから助けてもらった……」
「ああ、あのときのか」
彼にとってチンピラは大したことでもなかったらしく、言われてからようやくきがついたようだ。
「おや、そこにいるのはシャープナーバ楽団の異端児シャコンヌではありませんか?」
ピエロドールはジェントを見て言った。
「知り合いなの?」
「そんなことより、俺達ここでは殺されるのか?」
敵が勢揃いしている中、ジェントは強気に出ている。
「お前達が我を満足させるなら生かしてやろう」
◆誰が芸を披露する?
【私がやる】
【ジェントを信じる】
【逃げだす】




