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Amour Eternel~果てなき歩み~  作者: 永久発狂マン
一章 不思議な少女と不可思議な少年
5/11

常識を逸脱した彼らだからこそ、伝わり合う意思

 翌日。大魔術『運命の日』発動から一九日目。

 ローブにくるまって床で寝ていたキャロルが目を覚ますと、時を同じくして寝室から眠気眼を擦るマーテルがのそりと姿を現した。どうやら昨晩は謎の腹痛を起こすことなく安眠できたようで、災害時であることを思わせないような軽い口調で挨拶を交わしてくる。


「おはよぉ、ひゃろゆ……」

「キャロルだ」

「ひゃろゆ」

「寝起きはいつもそんな感じなのか」

「ううんー、もうお仕事が無いのでゆるゆるになってしまいましてー」


 マーテルはふらふらした足取りでコンロに小さなポットをセットする。どうやら既に水が入っているようで火にかけると、二つのマグカップにインスタントコーヒーをいれ、ふわふわ言いながら椅子に座りこんだ。その状態で火を扱われては嫌でも冷や冷やする。


「ひゃろるもこーひーでいいですかー?」

「気を使わなくてもいい。……でもまあ、貰おうかな」


 沸騰したお湯を注ぎ、二人は眠気覚ましにブラックコーヒーを体に巡らせていく。

 じんわりと温かさが身を包み、マーテルは綻んだ緩い顔で、ふぅと優しい息を吐いた。

 静かな家に響く雨音を消すように、マグカップを置いたマーテルが謝罪を口にする。


「床は寝辛かったでしょう? すみません、私がベッドを使わせてもらって」

「ここは君の家だろう。謝ることは無い。それに……」

「それに?」


 俺を看病してくれた時は君が床で寝ていたんだろうと口にしようとして、やめる。それを言ったとしても彼女から返ってくる言葉など想像に難くない。


「なんでもない。気にしなくても俺はよく眠れた」

「こんなことならもう一つベッド置いておけばよかったです。少々高いですけど、キャロルが快適に過ごせただろうことを考えると安いものですしね。残念だなあ」


 彼女の収入からすれば少々なんてものではないだろう。必要になるかどうかも分からないものを用意できなかったことを悔やむのは、彼女の場合用意周到を目指したかったという理由ではない。極めて単純に、相手に不憫を強いていることを悔やんでいるのだ。


「本当に気にしなくていい……と言っても意味はないんだろうけど。どうしても気になるんだったら俺が勝手に用意するから、黙ってベッドで寝ててくれ」

「もう起きましたよ?」

「…………」

「?」


 少し頭を抱えていると、何もわかっていないマーテルは小首を傾げる。最早言葉を続ける気にもならないキャロルは黙ってコーヒーを啜る。

 そうしていると彼女は立ち上がり、備蓄の水のタンクの方をよいしょと持ち上げた。


「何に使うんだ」

「水浴びですよ。電気も水道も止まっちゃってるので、タンク一つの水を一週間かけて水浴びに使うんです。連日浴びれてなかったのでそろそろ気になっちゃいまして……」

「……冷えてない水とは言え、冷たいだろ」


 外は大雨。おまけに突風。家も湿気を吸収しやすいのかヒンヤリとしている。そんな中で水浴びすれば多少清潔は保てるかもしれないが、風邪を引いてしまうだろう。もしかして謎の腹痛はそれが原因なのではと考えたキャロルは、仕方ないと椅子から腰を上げる。


「少し待ってろ」

「? 分かりました」


 キャロルはバスルームへ向かう。当然こじんまりとした空間で湿気もすごい。排水溝から雨水が流れる音が明確に聞こえ、入室しただけで肌を刺すような冷えを感じられる。

 まずバスタブに残っている水を流して、魔術で生成した水を軽く洗浄する。それが終わると栓を占めて、次は温かい水を生成してバスタブ一杯に注ぎ込んだ。

 ぶわっと湯気が立ち、次第にバスルーム全体に充満。室内が程よい温度に包まれる。

 これは適当に言い訳をしようと考えながらリビングへ戻り、バスルームを指差す。


「これで風邪引かないだろ。ゆっくり入るといい」

「ん? よく分からないですけど何かしてくれたんですね」


 そう言いながらバスルームへ向かったマーテルが声を上げるのは想定の内である。


「水ー! お湯ですよお湯! すごーい! どうやったんですか!?」


 バタバタと駆け寄ってくる彼女に、考え付いた適当な嘘をでっちあげる。


「……手品だよ」

「手品!? 初めて見ました手品! 種ってやつを教えてください!」

「種が分からないから手品は楽しいんだろ。冷める前に早く入ってこい」

「はーい!」


 手品自体をあまり知らないのが幸いしたのか彼女はそれだけで引き下がってくれる。

 まさかこのようなことに魔術を多用するとは思ってもみなかった為に、どこか可笑しく感じてしまったキャロルは軽く鼻で笑い、再びテーブルに着いて一息を吐いた。

 彼女が静かな内に考えられることは考えておきたい。その為の脳を活性化させる役割を担ってくれる眠気覚ましのコーヒーがあったのは僥倖だ。


「キャロルー!」


 支配神復活を阻止できる可能性は、いくつかある。

 一つは秘蔵の娘の発見・尋問の後、殺害すること。まずこれで今回だけは復活を阻止することが叶う。しかし問題点は多い。何せ手が掛かりの類が一切として皆無なのだ。


「キャーロールー!」


 二つ目はグラハム=ラーンクラフトの殺害。あの男を殺しさえすれば、かの大魔術を使える魔術士は一人になる。そしてキャロルが行わなければ実質魔術士はゼロとなる。


「聞こえてますかー! おーい!」


 三つ目は、簡単なことだ。キャロル=ラーンクラフトが自殺すること。グラハムが死のうとキャロルが死のうと、ひとまずの結果は同じ。しかしそのどちらも、支配神が目覚めなかった場合にのみ通用する手というのは自分自身、強く理解しているのは変わらない。

 加えて、殺すなら自分よりグラハムの方が勝算は大きい。

 強いて言うなら四つ目。グラハムを殺した後で自殺するという手が最善だろう。


「無視をしないくれませんかー!」


 そうなればもう一つの手が浮上する。

 魔術秘密結社『銀の夕闇教団』に属する教徒全てを殺害した後、四つ目の手を行う。これを完遂すれば世界から『支配神』を知る人間の殆どが消滅するのだ。そこまでしないと安心して死ぬこともできないだろう。やるならこれだ、徹底的にやらねばならない。


「おいこらー!」


 ああ、しかし。どれもこれも前提が賭けに等しい。

 堂々巡り。何度思考しても行き着く答えは同じ――最善など、存在しないのだ。

 コーヒーを飲み干し、バスルームの脱衣所まで向かう。


「なに」

「遅い! 二度寝ですか?」

「違うけど、なに」

「キャロルも一緒に入りませんか?」


 すりガラス越しで、バスタブに浸かるマーテルが手招きしているのが分かる。

 思わず呆れたような声を出してしまう。


「は? 嫌だよ」

「どうしてですかー? 気持ち良いですよぉ」

「いいよ。一人でゆっくり入っててくれ」


 言い残してリビングへ戻る。そこへ再びマーテルの声が響いた。


「待ってくださいー! 用はもう一つあって、着替えを持ってくるのを忘れたので持ってきてもらえませんか? 適当な下着と部屋着でいいので! タンスにありますからー」

「……先に言ってくれ」


 言われた通り、タンスから適当な下着と部屋着だろう服を掴み取る。この程度で照れるような正常な精神をしていない為、特に何を思うことも無くもう一度脱衣所へ戻った。


「置いておくから」


 空いている脱衣かごに着替えを入れる。そのほんの一瞬の出来事だった。


「せい!」


 ばしんと開かれたバスルームのドアから飛び出した手に腕を掴まれ、咄嗟のことに反応できなかったキャロルはそのまま引きずり込まれ、バスタブの中に体を沈ませた。

 目を丸くしていると、狭いバスタブにマーテルも入り直し、酷く窮屈な空間で二人は正面から見つめ合うような態勢になっていた。蒸気が晴れ、互いの顔が明確に視認できる。


「気を抜いてはダメですよー」

「……なんのつもり」


 眉をひそめて言うキャロルに対し、


「えへへ、一度ですね、こうして誰かとお風呂に入ってみたかったんです」


 まるで状況を理解していないとも思えるほど楽観的にマーテルは笑って見せる。

 本気で何を考えているか分からなくなったキャロルは彼女の目を見つめる。無論、その視界に彼女の裸体は映り込んでいるが、表情を変えず至って冷静に常識を説く。


「……その夢を否定する気はないけど、やるなら同性相手で叶えるものだろ」

「同性も異性も友達が居ない私にとってはどうでもいいんです。そもそも男も女も関係ないと思います。キャロルはキャロルだし、私は一方的に友達と思っていますから」


 つまり、まとも――かどうかは微妙なところではあるが――に相手をしてくれたキャロルは既に友達認定されており、友達と風呂に入るという願いに性別は関係ない。これまた極めて単純に、ただそれだけをしたかったということ。これには思わずため息が零れる。


「……はあ。夢は叶ったことだし俺はもう出るよ」

「むー、仕方ないですねぇ……あ、キャロルは着替えが……」

「手品で乾かすから気にしなくていい」


 きっぱりと言って浴室を出る。ドアを閉め、彼女がバスタブの中でぶくぶくとしている音を認めてから、魔術『四元素の生成』を行使した。火の魔術を応用し、髪を含めた全身の水気を僅かだけ残して殆どを一瞬にして蒸発させる。

 何度目の往復か。リビングへ戻ったキャロルは、先刻の光景を想起した。

 それは彼女の体。肌は白く綺麗なのだろう、しかしそこに刻まれていたのは多数の裂傷痕や痣。それらによって変色した肌は痛々しいどころではない。それだけなら土木業の作業中に負った傷とも思えるが、中には他者によって付けられたであろう打撲痕もあった。

 彼女は、嫌われていると言っていた、だが、現実はそれどころの話で無かったのだ。

 常識を超えた善性は、かえって忌まれる。それでもマーテルは、ひたすらに自分の意思を貫き通してきたのだ。暴力の発散によって和らぐ悲しみもある。それを真っ向から受け止めて自ら暴力の対象に買って出たこともあっただろう。そのような思いが、彼女の人生が痛々しいほどに胸に刺さって、耐えきれずキャロルは早々にバスルームを去ったのだ。

 今更女体程度を見て何を思うこともない為、夢に付き合うのが嫌だったわけではない。

 ただ単純に、辛かった。

 そしてこうも思う。たとえ世界中から悲しみを無くしても、君の姿を見て悲しむ人は存在するのだ。今ここに立つ、力の使い方を間違えた愚かな罪人のような人間が。


「戦争が無くなっても、君は変わらないんだろうな」

「へ? なんのことですか?」


 気付けば後ろに濡れ髪のマーテルが立っていた。どうやら割と長い時間を思考に回していたようで、最後のセリフが聞かれてしまっていた。咳払いで誤魔化す。


「気にしなくていい。少しを目を瞑って」

「? はーい」


 固く目蓋を閉じたマーテルの髪に火の魔術を使い乾かしてやる。電気が通っていない以上ドライヤーが使えないのは当然のこと。この二週間、髪は自然乾燥だったのだろう。


「いいよ」

「わぁ、髪が乾きました! 手品ってすごいんですね! むしろすごすぎませんか?」

「乾いたんだからとやかく言わないでくれ。風邪ひいたら厄介だから」

「もっと見たいです! 手品!」


 キラキラした瞳で見上げてくるマーテルから視線を外し、ぶっきらぼうに。


「そんな安いものじゃない。とりあえず朝食を作るんだろう」

「むー……まいいです。キャロルも一緒に作りましょう」


 それも一つ、彼女の夢。行き詰った思考の休憩にはちょうど良いだろう。

 キャロルは言葉には出さないが、立ち上がることで肯定の意思を示した。


 ☆ ☆ ☆


「あ、そんな切り方したらいけませんよ」

「食うには変わらないだろ……」

「そういう問題ではないですし、そのナイフを当然のように使っているのはなぜですか」

「本当は俺のものなんだよ」

「……嘘はいけませんよ? いくら高価そうなものだからとは言え」

「……盗人を見るような目で見るな。俺の手品で増やせば信じてくれるか?」

「えぇ、どうぞ?」


 キャロルは銀のナイフを後ろ腰に隠し、魔術を行使。もう一本同じナイフを生成して二本になったそれをマーテルに見せつける。どう見ても相違ない同質のものである。


「……もう、なんで嘘を吐いたんですか!」

「特に理由はない。気にしなくてもいいところだ」

「気にしなくていいばかり言われると余計に気になりますよ?」


 話しながら動かすマーテルの手は危なげなく調理を進めている。キャロルも言われた通りに具材を切っているつもりなのだが、なかなか上手くいかない。

 魔術よりも難しい。そんなことを思っていると、


「キャロルは、どうして手品師になろうと思ったんですか?」


 藪から棒にそのようなことをマーテルは言い出した。いや、藪から棒にというわけでもないか。話の脈絡は繋がっている。ゆえに流すのも可哀そうかと思ったキャロルは、自身の実体験を元に、ある程度脚色を入れながらその経緯について話すことにした。


「別に大したことじゃないけど……人を、幸せにしたかったんだ。笑顔になって欲しかった。そんな時に、手品を教えてくれる人に出会った。それだけだよ」 


 脚色は大してしていないな、と。心が自分をあざ笑う。魔術が手品になっただけだ。

 そんな大したことのない話を、マーテルは受け止め飲み込み、ゆったりと口を開く。


「それだけなことないですよ。とても綺麗で、美しい理由です。私には出来ない。不思議ですよね、自分に出来ないことが出来る人を見ると、とても美しく見えるんです」


 君にだけは言われたくなよ、なんて言葉は口内で飲み込んで。


「……君だって、人の悲しみを無くしたいと思っているんだろ」

「はい」

「なら出来ないことじゃない。……と思う」

「いいえ」


 マーテルは首を振って、下ごしらえを完了した具材を鍋に投入する。


「できませんよ。だって私は、人の笑顔を見たことがありませんから」


 具材は水に沈み、水音に混じって彼女の言葉が波紋のように部屋に溶けていく。

 僅かな間がキャロルには長く感じられた。鍋の中を見つめる彼女が何を思っているのかが図れない。その横顔は悲しげでありながら、その感情は宿していないように見える。


「勿論、私とは関係の無い笑顔は見たとこありますけど、私の行動で笑顔が生まれたことは無いんです。ううん、正確には私自身の笑顔しか生まれない……でしょうか」


 キャロルは自然と彼女の声に、言葉に、擦り減った愚かな心を傾けていた。


「難しいですよね、いくら辛苦を肩代わりしても笑顔を浮かべるのは私だけ。でも、それでも誰かの悲しみを僅かでも肩代わりはできる。それだけで、私は嬉しんです。だから私はいつでも笑っていられる。こうして私が避難所に行かないことで、代わりに誰かが避難物資を受け取れるでしょう? そんな小さなことでも、肩代わりできることが嬉しい」


 コンロの火を点け、鍋に蓋をして、彼女はキャロルの方へ顔を向ける。そこに悲しみの色は微塵も現れておらず、ただ一つ――満足気な笑顔が、これでもかと咲き誇っていた。


「変、なんでしょうね。ずっと言われてましたから」


 でも、と。マーテルは苦笑して。


「こんな危ない場所にキャロルを引き留めているので説得力無いですよね。本当にごめんなさい……私、舞い上がってたんだと思います。独りぼっちって厄介なんですね」


 深く、腰を折って頭を下げた。降り続く雨音が沈黙を支配し、やがて頭を上げる。


「今更ですけど、わがまま言ってごめんなさい。もう引き留めませんから、でもせめて朝食だけでも食べて行ってください。たくさん話し相手してもらって、夢も叶えてもらえて、キャロルには感謝も感謝です」

「…………、」


 なんて言えばいいのだろう。

 分かった、じゃあな――か?

 なんでそんなこと言うんだ――か?

 勝手なことばかりで振り回しやがって――か?

 違う。違う。そんなことじゃない。

 言いたいのは一つしかない。ただそれしか、無い。


「……俺が今やらないいけないことはどこに居てもできる。でも避難所みたいな人が溢れかえっている場所じゃ集中できない。安全性で言えばどこも変わらない。何せ世界中を襲う大災害なんだ。なら静かで集中できる場所の方が良い。だから、ここで、いい……」


 伝えたいのは、俺はここに居る。ただその一言。

 君の傍に居れば、俺は逃げずにいられる。君の美しさで心を焼かれると同時に、俺では考え付かない『悲しみの無くし方』を知れる気がするんだ。

 君のせいで俺は苦しめる。

 君のせいで俺は逃げずに立っていられる。

 君のせいで俺は愚かしさを痛感することができる。

 今の俺にはそれが必要なんだ。

 君は今の俺の、抑止力なんだ。


「……本当に、私の家でいいんですか?」

「ああ、ここでいい。どの道、俺に時間は無い。どこに居ても同じだから」

「……本当に? 本当に本当に?」

「本当だ。だから君が気に病む必要はない。それこそ、気にしなくていいんだ」

「……ありがとう……ありがとう、ございます……っ!」


 そう言う彼女の顔は苦しそうだった。泣きたいのに、泣けない。その苦しさ。涙の出し方を知らないのか、泣けない体質なのか、あるいは彼女に涙は存在しないのか。

 分からない。でも、彼女は今、泣きたいほどに、感謝をしていることは伝わってくる。

 常識を超えた善性を宿していても。自己犠牲の権化だとしても。

 マーテル=マグナルムは人だ。人間だ。

 誰かと一緒に居たい。その気持ちを持つことが許されないなんてことは無い。

 あるいは、誰かと一緒に居たいから、誰かの為に身を削っていたのかもしれない。

 それは彼女自身にも分からないことだろう。自分には名前しか無い。何もないと決めつけている彼女なのだ、何もない自分のことは『何もない』としか思っていないのだから。

 つまりこれは、マーテルの人生で初めての『自己優先』の感情だ。 

 死が迫る状況だからこそ発露したであろうそれを、人間と言わずしてなんと言う。


「泣くことに、涙は絶対必要ではないと思う。だから君は今、泣いているんだと思う」

「……私、泣けていますか? ひどい顔じゃないですか……?」

「……綺麗だ」


 君が持つ意思は、とても綺麗で、美しい。俺にはそう見える。


「へっ、き、綺麗だなんてそんな……可愛いとも言われたことないのに……」

「そういう意味じゃない」

「か、可愛くないですか!? 私、可愛くないです……よね……」

「そういう意味でもない。面倒くさいから適当に受け取っておいてくれ」

「むっ……分かりました」


 少々むすっとした口調で答え、でも次の瞬間には笑顔が咲いている。大嵐の突風でも散らないような、豪雨にも負けない、火で燃えることもない、可憐な笑顔の花だ。


「それでいい」


 もう今は、誰かの為に身を犠牲にする必要なんてない。

 自分のやりたいように、生きたいように振舞えばいい。

 自己を優先して、新鮮な空気を吸って咲き誇ればいい。

 そして、その美しい花で俺を苦しめてくれ。

 ――俺は、罪人なんだ。君とは正反対の、悪性の塊なんだ。

 だから償いとして、まず目の前の君から、救わせてくれ。

 俺がここに居ることで君が救われるなら、俺はここに立っているから。

 君を救う中で、俺は世界も救いたい。その両方を、救うことが俺の償いだから。


「キャロル、顔が辛そうです。何か、我慢していませんか?」

「……いいや、我慢なんてしてないよ」


 視界にちらつく一冊の魔導書。ああ、全てはそこに行き着くんだ。

 考えろ。同じことでもいい、何度だって反復して考え続けろ。

 彼女を救って世界を救えないなら、俺はどちらも救えなかったことになる。

 彼女を捨てて世界を救っても、その先にあるのは償いきれなかった罪の重圧だ。

 両方だ。必ず、両方だ。それ以外に選択肢は無い。


「深呼吸です。ゆっくり、息を吸って吐いて、心を落ち着かせましょう?」


 マーテルの手がキャロルの手を包み込む。華奢な彼女の手は、これまで背負い続けた辛苦が傷となって刻み込まれたボロボロの手。手だけじゃない、彼女そのもの全てがだ。

 誓う。俺はこの傷すら、全て背負うと。どだい世界の全てを背負っている身だ、一つや二つ増えても変わらない。俺はその傷全て背負って、この身に変えても救ってみせるよ。

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