定められた運命
「……『門』が消えたか。クク、どこまでも想定通りに動く男だ」
フランス某所。とある教会――『銀の夕闇教団』本拠点の礼拝堂にて、まるで崇められるように飾られている奇怪な像を見上げながら、グラハム=ラーンクラフトは嗤う。
礼拝堂中央に設置した『門』が消失した。つまり、大幹部にして養子・キャロル=ラーンクラフト捕縛に向かわせた三幹部が任務を失敗したことを表している。あの程度の魔術士にキャロルを捕縛できないことなど分かり切っていたが、だからこそ殺させるべく向かわせたのだ――死と共に発動する変生魔術を組み込んで、現実を直接目撃させる為に。
支配神、ひいては多元宇宙生物・神が存在しているという、非現実を教える為に。
「さて、残り十日。どう動いてくれる、キャロル。どうとでも動け、キャロル。どれほど足掻こうとも先に待つのは貴様にとっての絶望だけだ。希望を抱くな。このような腐った世界で希望など抱くな。支配神という新世界の神にのみ、希望を抱け。その為に、貴様は今ここで完全に絶望するのだ。そうでなくては我が教団の教祖などろくに務まらんからな」
グラハムは一冊の本を開く。それこそ真の『支配神の魔導書』である。
こうなると十年前から予測していたグラハムは、支配神について不完全な内容しか書かれていない大昔に作られた写本を、キャロルに見えるように大切にしてきた。そうすればあの大幹部は疑いもせず、その写本を本物と思い込んで己が道標にする。だが『支配神の名』すら明記されていない劣化コピーを読み込んだところで何にも辿り着けず、しかして辿り着くのは絶望の瞬間。そう、全てはあの日より定められた運命。
グラハムが仕組んだ『新生銀の夕闇教団』創立の為の、シナリオでしかなかったのだ。
支配神の本当の名が記されたその魔導書を、グラハムは切なげな表情で眺める。
「悲しい。実に悲しい。我が命は尽きる寸前であるがゆえに、新世界で生を謳歌することは叶わない。残る命の使い道も決まっている。ああ、実に悲しいよ。だが、実に幸せだ」
礼拝堂に朗々と響き渡る教祖の声。その声そのものが魔術であると錯覚するほどに、聞いた者の精神を汚染する悪魔の嘆き。それを見下ろすのは、支配神を象った彫像の双眸。
「父は子へ、この何者にも変え難い幸せを託そうと思うよキャロル。それも直接この手でな。だから、なあ……待っていろ我が愛しい子よ。直に、私が絶望をくれてやる」
支配神の像――十年間、魔術で姿を秘匿させ続けた名状し難い冒涜的な像の前で、グラハム=ラーンクラフトは両手を広げて、声高々と、
「復活はもう間近でございます。かつてとは一変した世界に驚くことでしょう。しかし気にせず気ままに神が意思の赴くままに。世界を浄化し、蹂躙し、そして再び其が支配の威光を爛々と……我らは其が御心と共に」
祈りを上げた。
「支配神――ドゥミシェン=マグナルム様」
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