本編 『女騎士と本屋さん 第2話』 ※挿絵有
「これでよし。解毒薬と一緒に鎮痛薬も塗っておいた。しばらくすれば痛みも多少は引くだろ。」
幸いシィネの傷はまだ浅く、持っていた薬も受けた毒に適合していたので、応急処置とはいえそれなりに楽にはしてやれただろう。
「ありがとう、本当に助かった。随分手慣れているんだな。」
「国を跨いで一人旅を続けるなら、これくらいの処置は出来ないと命がいくつあっても足りないからな。
あんたも王国騎士ならこれくらいの医療知識は新兵の頃に叩き込まれただろ?」
「あ、ああ。そうだな。薬さえあれば私にも出来るぞ。うん。」
何か引っかかる言い方だが、今は気にしている暇はあまり無い。
「で、シィネ。治療をしてやった見返りと言うのも何だが、せめてあんたが何故こんな所でキノン兵に追われてるのかだけでも教えてくれないか?
もしキノン兵の大軍が国境を越えて侵攻してくるなんて話なら、まだ5日ほどはかかるミリヤの王都へ行くのもひとまず諦めないといけない。
そうでないなら、今すぐここから一番近い村にでも行って馬を借りてきてやる。どうなんだ?」
シィネは眉間にしわを寄せ、視線を落としたまま沈黙した。
俺の素性含めて色々と思うところがあるのかもしれないが、しばらくして一呼吸した後に重い口を開いた。
「わかった、話そう。
まずキノン兵の大軍が国境を越えてきたという事実は無い。
さっき貴様も言った街道沿いの城砦が落とされて以降、我が国の兵力は国境警備により重点が置かれるようになった。現時点では領土内で大規模な紛争が起こる心配は無いだろう。」
「それなら何故…」
「3日前のことだ。ここから南西へ下った場所にある集落が嵐の被害に遭い、食料庫が大損害を受けたという報告がミリヤ城へ届いた。」
南西の集落。地図で確認はしたことはあるが、ここからだとまだ大分遠い場所だな。
「すぐに国王の命で、食料支援と被害状況確認のために遠征部隊の派遣が決定したのだが、
国境警備に兵站を割かれていたために、後方任務に就いていた少数の騎士のみで向かうことになった。」
「それであんたみたいな貴族の娘が、こんな僻地まで来ていたのか。」
「貴族…?」
「髪も綺麗で、体格も町娘に毛が生えた程度だ。
その上、そこまで顔立ちが整っているとなれば、貴族出身としか考えられないだろ?違うのか?」
「…あ、ああ。うん、そうだ。恥ずかしいがバレてしまったなら隠しても仕方ないな。」
さっきから、何か引っかかる反応をするな。
「話を戻すが、任務自体はさほど難しいものではなかったから少数の部隊でも問題は無かった。
嵐が去った直後だったお陰で天候も良好だったから、馬車で急げば2日も掛からない行程だった。
ただ、想定外だったのは途中の谷でキノン兵の襲撃を受けたことだ。」
「やっぱり国境内に入り込んでいたのは間違い無かったのか。」
「と言っても人数は確認出来ただけで3人ほどだった。おそらく国境沿いを抜けていった嵐に乗じて身を隠し侵入したのだろう。
幸い死者は出なかったのだが、私と私以外の騎士がそこで分断されてしまったのだ。」
キノン兵は魔法の力に長けているので個々の戦闘能力が非常に高い。
それを利用して、少人数の工作部隊が秘密裏に国境を越えて他国へ侵入し、破壊活動や情報操作を行っている事が知られている。
当然その国の兵士は格好の的で、町の警備兵を襲撃して治安を乱したり、偽の情報を流しておびき寄せた兵を拉致にしたりと、敵国に騒乱をもたらそうとする工作活動を度々発生している。
俺がタバトに居た頃も、そうしたキノン兵の情報は時々耳にしていた。
おそらく今回も、嵐で被害を受けた集落に王都から支援部隊が向かうという情報を掴んで襲撃したのだろう。
国境に兵力が集中しているのを知っていたなら、多少能力に劣る兵が遠征してくることも考慮していたかもしれない。
そしてそこに、キノン兵からすれば幸運にも華奢な身体をした貴族の女が混ざっていたわけだ。
そいつを捕虜にでも出来ようものなら、工作部隊にとっては大戦果もいいとこだ。
…もしかしたら、集落が被害を受けたという情報自体もあやしいかもしれないな。
「私はなんとか馬でキノン兵の追撃を逃れたのだが、馬もその時毒を受けていたようで、しばらくしたら動けなくなってしまった。
そこから私だけ何とかこの廃屋まで辿り着き、傷の手当てをしているところに貴様がやってきたというわけだ。」
「本当に災難だったな。」
「ああ。おそらく別れた騎士がすぐに王都へ戻って援軍を呼んでくれているとは思うが、
魔法で人探しが出来るキノン兵に見つかる方が先だろう。」
「そんな状況で俺がのこのこ近づいてきたなら、そりゃあ警戒されても仕方ないな。」
「ああ、全くその通りだ。」
冗談めかしてシィネが微かに微笑む。
けど、こうなると今からどうするかが問題だな。
一番得策なのは俺が馬を調達してくることだが、満足に戦闘も逃走も出来ないシィネを置き去りにするのは危険だ。
シィネの言うとおりなら、いくら馬で移動しているとはいえ『探索』の魔法で的確に相手を探し出せるキノン兵より先に、ミリヤ兵の援軍が駆けつけるという望みも薄いだろう。
そうなるとやっぱり選択肢は1つか……
「けどな、ウェイン。そもそも私が貴様をキノン兵だと確信していたのにはちゃんと理由がある。
まず1つ目はその眼鏡だ。高位の魔法使いにとって必須の所持品であり、実際襲ってきたキノン兵もそれを身につけていた。
貴様はさっき自らを平民と名乗ったが、平民ならなぜ眼鏡をしている?」
ああ、そうか。魔法がさほど普及していないミリヤ国民にとって、眼鏡=魔法使いであり、たしかに警戒するのも頷ける。
「俺はさっきタバトから来たって言っただろ?今タバトで何が起こっているか知っているか?」
それを聞いて彼女はハッとした表情に変わった。
「タバトでは、国王の方針もあって近年急速に国民の間に魔法が普及したんだ。それこそ騎士から貧しい平民まで身分を問わずな。
その結果、ミリヤ以上にキノン兵の侵攻を受けていたタバトが短期間で『魔法騎士』の育成に成功し、かつて奪われた町をいくつも取り返したのは、同盟国の騎士であるあんたなら知ってるはずだ。」
「ああ。元々、我が国同様騎士力に長けた国であったタバトの兵が、魔法を会得したことで強大な戦力を有し、キノンに対して戦果を上げたことにより、
反魔力的な歴史が深い我が国でも魔法を普及させるべきだという声が上がってきたくらいだからな。」
「そのタバトでつい最近まで商売をしていた平民の俺だ。眼鏡を掛けていたって不思議じゃないだろ?」
「ああ、そうだな。すまなかった。」
…今の話に嘘は無いが、俺は自分についてのことをいくつか濁して伝えた。
が、これは今言うべきでないことや、言っても信じてもらえそうにないことがあるからだ。
「そして2つ目が何より疑いを濃くしたんだが、貴様はこの廃屋に"全く気配を消して入ってきた"だろう?」
「えっ…?」