恋(こう)る君はいずこにあるか~たそ彼刻に探して~
あなたを恋るはいつの事か。
そして、そんなわたしはまた、たそ彼刻にあなたを探す。
探してみてもあなたはもういないのに。頬を涙が流れる。蛍の火がそんなわたしを淡く照らした。
「…もの思へば、沢の蛍も我が身よりあくがれ出ずる魂かとぞみる」
ふと、昔の歌人の和歌を詠んでみる。その声も足元に流れる川の水音にかき消されてしまう。
ここはわたしの家よりも少し山奥にある小川だ。誰もいない中で煌々と輝く星空を眺めた。
足はとうに冷えてしまっている。それでも、小川から出る気にはなれなかった。
わたしはあなたを忘れられないままだ。あなたはどうなのか。わたしを覚えてくれているだろうか。
そんな事を考えてしまうもすぐに首を横に振った。それはあり得ない。あの人ー俊哉はもうこの世の人ではないのだから。
「…俊哉。わたし、寂しいよ。どうしたら、あなたに会えるの?」
星空と蛍の火が舞う中でそう呟いた。俊哉は答えてはくれない。それくらいはわかっているのに。
苦いものが胸中を満たす。目を閉じると俊哉の優しげな笑顔が浮かんだ。涙が流れて手で拭う。
どうしようもなく、弱い自分が嫌になる。今、わたしは白い膝丈のワンピースに白のサンダルという軽装でここに来ていた。
唇をきゅっと引き締めるとわたしは小川の中を進んだ。水のパシャパシャという音が辺りに響いた。
ワンピースの裾が濡れてしまわないように気をつけながら、川から上がった。びしょ濡れの足を持ってきていたタオルで拭いた。
サンダルを履くとポケットに入れていたペンライトのスイッチを入れて藪の中から出る。しばらくすると、遊歩道に出た。そこを歩きながら、家を勝手に出てしまったなと反省をする。
あの時、自分がどうなってもいいやと思った。けど、結局何もできないでいる。
意気地なしだ、わたしは。俯いたけど、またとぼとぼと家への道を歩いた。俊哉はわたしの幼なじみだった。二歳上でいつの時も頼りになるお兄ちゃん的存在だった。
そんな彼を異性として好きになったのはいつの頃だったか。穏やかで優しく、顔立ちも爽やか系の人だから高校生の頃とか同級生のみならず、上級生や下級生からも人気があった。わたしにとっても憧れで初恋の人だった。
その恋が実ったのはわたしが高校二年生の夏休みの時だ。大学一年であった俊哉に思い切って告白して向こうからも、「…お前の事が以前から好きだった」と言われてそのまま、付き合う事になった。
一度だけ、蛍が綺麗に見られるという名所に連れて行ってもらった事がある。その時に俊哉とファーストキスをしたっけ。
思い出すといろんな思い出が走馬灯のように蘇ってくる。涙はいつの間にか、引っ込んでいた。
わたしはよしっと気合いを入れると前を向いて遊歩道を歩き続けた。
俊哉はそれから、四年後に交通事故でこの世を去った。二十歳の時にわたしと付き合っていたから、二十四歳で人生を彼は終えた。
俊哉が亡くなった時にわたしは二十一歳だったけど。今、二年が経って二十三歳になる。
後、一年すれば、彼が亡くなった年齢になるが。わたしはどうすればいいのか。まだ、答えは出ていない。
家の明かりが見えてきた。わたしの家には誰もいない。ただ、一人だけで住んでいた。虚しくはあるけど。落ち込んでばかりもいられない。俊哉、わたしは弱いけど。それでも、あなたの事は忘れない。空からでも良いから見守っていてくれると嬉しいよ。わたしは笑いながら空を見上げた。星は変わらずに輝いていた。
終わり