恋物語 2通目
恋物語2通目
今でもあの日々のことは夢に見ます。
「ヒスイお嬢様……」
あなた様に仕えることが出来てわたくしは幸せでございました。
思い返せば過ぎてゆく日々はまるで流れ星のように煌めいていて、刹那的で……。
それでも……、それでも……わたくしにとっては……。
―――30年前―――
「こらぁぁぁぁぁ!!!待ちなさい、アンデルセン!!!!!」
「良いではないですか、お嬢様!心配なさらなくても一番秘密にしてあるノートは見てないのですからぁぁ!!」
ヒスイお嬢様。私の主であるお方である。
お嬢様は昔からノートに想いを綴ることを好んでいらっしゃった。辛い時も、嬉しい時も、全て、ノートに書いてらっしゃるのだ。
ある時、私が問うたことがあった。
「お嬢様、ノートへ何を必死に綴ってらっしゃるのです?」、と。
お嬢様は答えてはくれなかった。笑顔で、「ナイショ」、と言うだけであった。
「ハァハァ、捕まえたわよ……アンデルセン……ハァハァ」
「優しくしてくださいね……お嬢様」
「ゴフゥゥゥゥゥ!!!!」
ふざける私にお嬢様はお得意の右ストレートをみぞおちへとぶち込んだ。
だが、しかし。
「アアアア!!ありがとうございますありがとうございます!!!!」
私にとっては御褒美でしかない!!!!!
「…………や、やめなさいよアンデルセン。相当気持ち悪いわよ、それ」
可愛い可愛いお嬢様が私へ罵り、蔑みの目を向けている。
何度も言う!私にとっては御褒美でしかない!!!!!
「き……気持ち悪いのよぉぉぉ!!!!!!!!」
毎日のようにそんなやり取りが続いた。
実際のところ、自分が変態で女性の方から向けられる蔑みや罵りが快感であることに否定はしない。
だが、それはお嬢様だから、、、ということに私は内心気付いていた。
愛らしい、可愛らしい、愛しい、様々な形の愛が私の中で浮かび上がる。どれが正しいのかなんて分からなかった。
主従の関係でありながら、愛を誓い合うなど周囲が認めてくれるはずもないということも分かっていた。
私は彼女が好きだ。
結ばれるということはもう諦めている。いや、正確には諦めざるを得ない。
だからせめて、お嬢様がいつかご立派な男性と巡り会う日まで、私は彼女を守り続けていく。
――――――――――――
季節は何度も巡り、それは冬の寒い日の事だった。
「アンデルセン、ちょっと……」
「はい、なんでありましょう?お嬢様」
「私、結婚することになったの……」
「…………真でございますか?お嬢様」
唐突に俯きながらお嬢様は確かにそう言った。
ああ、私の出番は全て終了した。終わりとはこんなにも突然で呆気のないことなのか。
「アンデルセン、私……」
「それはそれは!なんとも喜ばしいことではありませんか!」
「お嬢様と結ばれる様な方だ、とても魅力的な方なのでしょう?」
「…………うん、そう、とても優しい方なの」
ここから先のことは自分でも何を言っていたか分からなかった。
何も聞こえなかった。
ただ一つ、聞こえてきたのはどこかに存在する自分が自分とは裏腹に泣いている声、それが聞こえてくるだけだった。
「お嬢様……いつまでもお嬢様の笑い声が絶えぬよう、私は陰ながら見守ります」
―――――――――
無償の愛。
そんなものがこの世界に存在するのか。
いや、実はそんなもの、存在しない。
無償の愛も、また一つの愛と言う。
「アンデルセン」
私はそうお嬢様、いや、彼女に呼ばれていた。
生粋の日本人である私になぜそんな名を付けて呼んでいたのか、それもまた彼女は私に「ナイショ」、と言った。
「アンデルセン、私の部屋にあるノート、今ならもう見てもいいわ。全部全部残さず見て?お願い……ね」
「アンデル……セン…」
彼女は私にあの頃の笑顔を見せたまま、亡くなった。
死因は持病が原因。元々体の弱い方だった。
――――――――――――
「キャハハハハハ!!じいやおもしろーい!!!」
「シズクお嬢様!いいですか?!じいやは変態などでは無いのです!女性が好きなだけなのですぞ!!」
「変態ーー!!!!」
私はあれから変わりなくこの屋敷の執事として仕えている。
「ねえ、じいや」
「どういたしましたか?お嬢様」
「アンデルセンって誰?おばあ様の書いてらっしゃったノートにすごく書かれてたの。大好きだって!」
「アンデルセン……ですか」
「その世界で最も愛した方にそう呼ぶのですよ、お嬢様」
そう言う私の後ろで、静かにアンデルセンと誰かが呟いたような気がした。
END




