その六
私はまず、竜平の部屋を調べた。あまり整理整頓は得意ではなかったようで、服や雑誌などが散らばっていた。
部屋の内側のドアノブには血がべったりと付いていた。竜平の身体を良く見てみると、右手が血に染まっていた。これは何を意味するのだろうか?
次に桜の部屋を調べた。
ドアノブには血は付いていない。
綺麗に片付けられた部屋の机に、スケッチブックが置いてあった。
私はそれを開いてみる。どうやらクレヨンで描かれているようだった。
一枚目は、狼のような獣に襲われている女性の絵。桜のペンダントをしていた。
二枚目は、獣の赤ん坊を抱き抱えている桜のペンダントの女性。
三枚目は、獣に襲われている長い黒髪の女性。
その絵を見た時、私はとても恐ろしい想像をした。まさか、そんなことが。
それを確かめる為に、私は龍太のもとを訪れ、その絵を見せた。
「……桜が母親に瓜二つだったのが、桜の父親が、自分の妻を溺愛していたことが、不幸を呼んだのだ……」
龍太は項垂れながら、語り始めた。
十数年前の、不幸を。
私は新一郎の元へと訪れた。龍太に手伝ってもらい家具を退かし、部屋へと入った。
「新一郎さん。私の話を聞いてもらえないでしょうか?」
「……」
無言は肯定の証とした。
「今から話すことは、全部私の推測です。推理なんてもんじゃない。証拠もない」
「……」
「始まりは、十数年前、貴方たちの母親が亡くなった。
貴方たちの父親は妻を溺愛していた。桜さんは妻に瓜二つだった。だからーー」
「……父は、桜姉さんを犯した」
呪詛を吐くように新一郎が呟く。私は例のスケッチブックを見せる。
「この獣は父親を現しているのでしょう。桜さんにはケダモノに見えた。
……そして、桜さんはその時のショックで心を病んでしまった」
「龍太さんから聞いたのか?その通りだ」
私はページを捲り、二枚目を見せる。
「このページには獣の赤ん坊がいます。抱いているのは桜さん。……つまり……」
「その獣は竜平」
新一郎の言葉に私は頷く。
そして、最後の三枚目。
「この獣は竜平さん。女性は恐らく撫子さんでしょう。つまりこれは昨日の出来事を描いたものでしょう。
……これが、今回の事件のきっかけだとしたら?」
「何?」
「撫子さんに言い寄る竜平さんを見て、桜さんはパニックになった。
獣の息子は獣。撫子さんが同じ目に合う前に殺そうと考えたら?」
「……成程。確かに無茶苦茶な推理だな。まあ良い。それで?密室の件はどう説明する?」
煙草に火を付け、新一郎が私を見る。
「あれは、竜平さんが自分で閉めたんです。ドアノブに血がついていたり、ドアのすぐ側で死んでいたことから、鍵を閉めた後力尽きたのでしょう」
「姉さんの場合は?」
「やはり、自分で閉めたんです。その後自らをナイフで刺した」
「……」
新一郎は煙草の煙を吐き出す。
新一郎の言う通り、無茶苦茶な推理で推測だ。そもそも桜さんにそこまでの思考能力があったのかーー。
「……私の話は以上です」
「君の話より、俺が二人を殺した方がまだ皆は納得すると思うがね」
「……貴方が殺したんですか?」
「さあね。
ただ、これだけは言っておこうか、探偵くん」
ーー真実とは、時に闇に葬った方が幸せな時もあるーー。