ダイコン
公式ではないが、日本海側のある地域で晴れと雨の日を比較してみたところ、圧倒的に雨の方が多い地域がある。この地域では朝に出勤もしくは登校する前に空を見上げる。そして、もし太陽が雲に隠れていればには護身用として傘を持つことが暗に推奨されている。雨が多いということを除けばなかなか住み良いところだと私は思っているのだが、県外の学生に言わせればこの晴れと雨の比率は気分を不快にさせるらしく、幼い頃から曇り空ばかりで晴れ渡る空を見ていないから、お前の性格は歪んでいるんだと私の人格を根本から否定されたこともあった。
その日は珍しく朝から晴れ渡っており。大学の南側に位置する荒島山が、雲に隠れることなくはっきりと見えた。私は珍しいこともあるものだと首を傾げながら電車を降り、受付のお姉さんに切符を渡した。
駅を抜けるとひゅるひゅると心地の良い風が駅前を駆け抜けた。私は暴れる前髪が目に入らないように右手で押さえながら大学の方へ歩いた。
夏休みの早朝ということもあってか、校内に人影は少ない。ちらほらと大学職員らしき人は何人か見かけたが、学生はほとんど見なかった。私の所属している工学部棟付近で憂鬱そうな表情を浮かべふらふらと歩く研究員らしい人がいたが、私は見て見ぬふりをした。あれが未来の自分の姿かもしれないということは理解していたが、今日は自分の運命を決める大事な日である。晴れ渡った空、心地よい風…ここで陰気な研究員など見てしまっては運気が下がってしまう。
私は心のなかで敬礼をし、ひとつ呼吸を置いて工学部棟のなかに入った。入ってすぐ左側に巨大なモーターのようなものが見えた。たしかこれは機械工学科の教授が作ったものらしいが、私には何がいいのかさっぱりわからない。その由緒正しい置物の反対側に我が学科の掲示板が位置してる。主に休講や試験の日程などがこの掲示板に貼られるのだが、今日の目的はそのどちらでもない。私は深呼吸をして、ゆっくりと一歩ずつ掲示板に歩み寄った。
私は現実に叩きつけられ言葉を失った。「成績一覧」とかかれた紙には、学籍番号順に並べられ、その隣に対応した評価がa~gで記されている。
私の番号の隣には f とかかれていた。遠くから見たとき若干 e のように見えたのだが、確かに f とかかれていた。
色々と思うことはあったが、とりあえず今後のみの振り方を考えようと、回れ右をして工学部棟を出ようとしたらほの暗かった前方にポツリと明かりがついた。ここの電灯は節電のため人が居なくなると自動的に消える。逆に言えば誰かが来れば電灯はつく。私は視力が悪いため人と会ってもギリギリになるまで気付かなかったが、ずんぐりむっくりしたその図体から誰なのか大体の想像はついた
『よう』と右手をヒラヒラとふりながら、こちらへ向かってくる彼は皆からダイコンと呼ばれており、私と同じ学部で、不名誉極まりないアホ四天王の一角を担っている。
ダイコンは無精髭を右手で撫でながら私の隣に立ち、先程の私と同じように掲示板に張られた成績一覧を一瞥した。そしてふぅとため息をついて
『お前、fじゃん』と嘲笑い、私の肩をポンポンと叩いてきた。
『私のことを笑うってことはさぞかしいい成績なんだろうな?』
すると彼は自信満々に鼻を膨らませ 俺はg と呟いた。
g はいってしまえばほぼ留年が確定しているグループで彼らに輝かしい未来が訪れることはほぼない…と言われている。
『お前、それって…』
『いーんだって、俺は元々5年計画でやって来たんだ、今さら最下層になったからって驚きやしねぇよ。それよりもお前の方がやばいんじゃね。このままだと暗黒組は免れんだろ』
暗黒組とは私の学科に存在する、ブラック企業も裸足で逃げ出すようなブラック研究室の総称である。
生徒の自主性を徹底的に潰し実験ロボットにさせたり、理不尽に怒鳴り散らす体育会系顔負けのくそラボなどがこれに当てはまるのだが、学部生の私たちは所詮噂しか知らない。ひょっとしたら暗黒組にも良いところはあるのかもしれない。あまりにも居心地がよすぎるから敢えて嫌な噂を流している…ということも考えられる。
『暗黒組だからって良いところがない訳ではないだろう。私は性善説派だからな、最後まで信じてみようと…』
『フンッ、まぁ精々頑張れや』
彼はタバコを取り出そうと胸ポケットに手を当てたが、どうやら中身は空だったらしい。じゃあなと言って彼はコンビニが近い方の出口から出ていってしまった。
『暗黒組は免れない』その言葉が頭から離れずにいた。いままで遊んできた己が悪いのだが、いざとなるとやはり胸の奥が不安で押し潰されそうだ。
しかし、よくよく考えてみると暗黒組にも良いところはあるかもしれないし、成績が下辺だからといってそこへの配属が確定したわけでもない。そう思うことで少し楽になった。私はケータイを取りだし友へカラオケにいこうとメールを送り、意気揚々と工学部棟を後にした。
悩んでいたってなにも始まらないのである。
無論このあと私が暗黒組の一角に配属が決まったのは言うまでもない。




