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02 プレゼント(三日前)

 次の日。

 僕は気もそぞろに、大学の講義を受けていた。講義室で“座っていた”と言い換えても良い。今年は今日が終われば冬休みになってしまうので、最後ぐらいちゃんと受けようと思っていたのだけど、大学まではきちんと来たのは良かったが、全く講義の内容が耳に入ってこないのである。

 その原因は言わずもがな、昨日のことだ。

 姫川さんからいつものように連絡がなかったので、仕方なく大学まで出向いてみれば、彼女は僕に何も言わずに帰ってしまっていた後だった。

 たったそれだけのこと。

 普通の人ならば、そういう日もあるとか何とか納得してしまうような些細な事だったのだろうけど、僕にはそれがとても重大なことのように思えて仕方なかった。

 昨日、あれからどうなったのか、僕にはほとんど記憶がない。

 気がついたら家にいて、朝を迎えていた。本当にそんな感じだった。現実感のない、上も下も分からないような闇を何時間もさまよっていたような感覚だけがあった。

 姫川さんが僕に何も言わずに帰ってしまった事、それが僕にとってどれだけショックな出来事だったのか。その事実に気がついた事に僕は余計に動揺を隠せなかった。

 姫川さんが望むから、と始めたはずのハグをいつしか僕も心の底から楽しみにしていたらしい。彼女のためを考えて大学近くのカフェで電話を待っていたのは、同時に僕が一刻も早く彼女に会いたがっているという事の表れでもあったのだろう。

 たった一日でも、姫川さんに会えなかったというその事実が僕には辛くて仕方がなかったのだから。

 だが、同時に昨日の真実を知ってしまうことに対する躊躇が僕の胸中には渦巻いていた。良くも悪くも、望むと望むまいと、僕はいままでの生活を壊しかねない分岐点に立たされているのだ。

 何があったのか。

 それを聞くことで、僕らの関係が変わってしまうような事実が出てきてしまうのが怖かった。僕よりももっと包容力のある優しい彼氏ができた、とか、実は家庭の事情で引っ越しをすることになって下見に行ってきた、とか、考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりが膨らんでいくようだった。

 あるいは、この気になって仕方のない思いを心の奥底に押し込めて、たまにはそういうこともあるだろうと無理矢理に納得させて、今までと同じような日々を送っていくのか。それもそれで、いつ爆発するのかが分からない時限式の爆弾を抱えたまま、平穏を偽ることになりそうで恐ろしい。

 全てが僕の妄想で、取り越し苦労ならばいいのだが、この綻びの生まれてしまった日常に無視することはできそうになかった。

 今までもこれからも、同じような日々が続くものだとばかり思っていたのに。そんな甘い想像は、一瞬にして打ち壊されてしまった。他でもなく、僕の大好きな姫川さんの手によって。

 あの日、ひまわり畑で全ての答えを見つけたとき、二人でならどんな事でも乗り越えられるような気がしていた。大切にしたい物を手に入れようと躍起になっていた夏の日、僕は姫川さんの為ならばなんでもできただろう。だけど今、大切な物を手に入れてしまった僕は、それを失いたくない一心で、失ってしまうことに対する恐怖で、何もできなくなってしまっていた。とても弱くなっていた。


 僕が大学の講義内容に耳を傾けていなくても、時間だけは時に非情なほど早く過ぎ去っていく。一限の講義を聴いていたと思ったのに、気がつけば放課後になってしまっていた。その間、僕が考えていたことはひたすらに姫川さんのことだった。僕はどうすればいいのか、そんな答えの出せない問題に対して頭をひねり続けていた。出来ることならば、昨日の全てをやり直したかった。ないしは姫川さんの昨日の行動について問わなくても、耐えていけるだけの強い心が欲しかった。

 答えの出ない問題を永遠に考えているわけにもいかず、だけど姫川さんに会いにいくこともできなかった僕が、最終的にとった選択肢は、今日は彼女には会わないという決断だった。昨日ようやくクリスマスが近いことに気がつき、まだ姫川さんへのプレゼントを買っていないことを思いだしたのだ。今日は彼女へのプレゼントを考える日に充てることにした。

 姫川さんはまだ講義が終わっていない時間だったので、

「用事が出来たので迎えに行けない」

 とだけメールで送っておく。何でも無い連絡事項なら躊躇なく送信できるのに、昨日の真実を問う内容になると途端に決心が付かなくなるが不思議だった。何でも無いことのようにさらりと聞ければ良いのに、と自分の話術の無さにも呆れてしまう。

 姫川さんからの返事はすぐにきた。まだ講義中のはずなので、こっそり携帯を見て返信をしてきたのだろう。文面には短く、

「わかった」

 という文字だけが書かれていた。これだけでは、彼女の心中を想像することはできない。残念に思ってくれているといい、と思った。

 クリスマスのプレゼントについては、まだまだあやふやだが僕の中に少しだけアイデアがあった。まず外せないのが、姫川さんが持っていなくて喜んでくれそうなものだ。もちろん僕が何かをプレゼントすれば、彼女はきっと喜んでくれるのだろうけど、そういうことではなくて、心から喜んでくれそうな物を贈りたかった。

 また、忘れちゃいけないのが姫川さんには0と1の世界が見えているということだ。出来ればそのことも考慮に入れつつ、彼女が一番喜びそうな物をプレゼントしたい。特に姫川さんとの関係がちょっとギクシャクしてしまった現在、仲直りの意味も込めて一番良い物を贈りたいという思いがあった。

 大学を出ると、駅に向かうまでの道のりはちょっとした商店街のようになっている。昔からやってきたような個人商店と大衆向けのファーストフードなどが入り乱れるこの通りは、学生生活で必要な物はだいたい手に入るようになっていた。もちろん電車にのって少し行けば、デパートのある大きな駅にも行けるのだが、姫川さんに合いそうなプレゼントはそういう量販店ではなくて小さな雑貨屋にありそうな小物のような気がしていた。

 実のところ、この商店街のお店のだいたいの分布と品揃えを僕は把握している。姫川さんと再会してつきあい始めるまでは、よく大学の帰りにいろんな店に立ち寄っては店内をじっくりと見て回っていたのだ。散策気分で行くだけでも、小さな店の中に様々な商品が立ち並ぶ様子は見ていてとても楽しかった。何に使うのか分からないような物から、何故こんな店に置いてあるのか分からないような分野違いの物まで、お店の主人の趣味や興味で並べられた品々は多岐に渡る。そんな何でも揃いそうで、何にも揃わない雑貨屋や大学関連の書籍ばかりが売られているような古本屋にならば、姫川さんの心をくすぐるような何かがありそうだった。

 本当は姫川さんにそれとなく何が欲しいか聞いてから、とも思っていたのだが、どうやら今の状況でそれは無理そうである。とにかくクリスマスまで時間が無いので、悠長にお店を渡り歩いてプレゼントを探し回る余裕はない。この商店街の中ならば今日中に全てまわることも出来るし、かなりいろいろな物が置いてある。だから僕は今日プレゼントを買うつもりで、お店へと向かった。

「ここにしてみるか」

 まず入ったのは、商店街の中でも比較的規模の小さい、雑貨屋だった。そこを選んだことにたいした理由などないが、強いて言うならばこういうお店の方が大型店よりも掘り出し物がありそうだったからだろうか。

 物がごちゃごちゃと立ち並び、掃除が行き届いていないのか若干埃っぽい店内は薄暗く、怪しげな雰囲気を醸していた。文房具が店頭近くに少し置いてあるのが、かろうじて普通の店っぽい様子を演出しようとしている。だが、その隣に何故か実験などで使われるビーカーが売っていた。と思いきや、把手が付いているビーカー型マグカップだったりするのだから、もう手に負えない。腕時計型懐中電灯や、トランプみたいなメモ帳、モアイの置物などわけの分からない物を漫然と物色しつつ、ぐるりと店内を一周するがコレといって僕の琴線を刺激するような物は見つからなかった。

 正確にいうのなら、ちょっと欲しいと思った物はそれこそ山のようにあったが、姫川さんに贈るのにふさわしいと思える物はそこにはなかった。

 次に僕が選んだのは、さっきとは反対で商店街の中でも一番大きいと思える雑貨屋だった。規模が大きくなり従業員も多くなったからか、店内の埃っぽさはなかったが、今回の店は先ほどの店以上に品揃えが乱雑としていた。それこそ、いろんな面白い物を全部集めておいたおもちゃ箱をひっくり返して、人が通れるだけのスペースを確保しただけという感じだろうか。

 多少は分野別に分かれているらしいが、ほとんど未整理のまま無秩序に並べたとしか思えない店内はかなりわかりにくかった。ちょっと目を引かれてしまうような面白グッズから、誰がこんな物を買うんだというような怪しげな物まで、人と人とがすれ違うことが困難なほどに所狭しと並べられている。品揃えとしてはやはり頭一つ抜きんでているが、その分めぼしい商品の見つけにくさも異常だ。

 そんな店内をゆっくりと物色しつつ歩いていると、不意に僕の目にとある物が飛び込んできた。

 それは何の変哲もないちょっと大きな量販店に行けば売っていそうな物にも見える。だが、明らかに普通ならばこんなところにあるとは思わないようなものだった。よく見れば、普通に見かける物よりもかなりちゃちな作りをしていた。性能としてはかなり下の方の部類に入る物だろうか。だが商品ポップは、あえてそういう機能を持たせた商品だと書いてあるようにも読める。見上げてみればいろいろな種類の類似品が沢山置いてあった。値段もこういう小物を沢山取り扱うような雑貨屋にしては、かなり高めな価格設定になっているものから、ある程度リーズナブルそうな価格のものまでピンキリだ。どこか玩具っぽいその見た目からは想像も付かない値段だったが、コレにはどこか独特の趣が感じられた。

 これならば、姫川さんにもぴったりかもしれない。そんな風に考え、僕は彼女がこれを持っているところを想像する。小柄な彼女が、ちょっとアンティークチックな玩具のようなこれを首から下げて、歩いている姿は想像するだけで口元が緩みそうな可愛さである。僕の方にうっすらと微笑みながら、それを構えるところまでしっくりと想像することができた。まるで、小さい子供がお父さんの愛機を持ち出して、真似をしているかのようなほほえましさだ。そんなことを彼女に言ったら怒られそうだが。

 なんていう、僕の幸せ補正を抜きにしてもこれは悪くない選択のように思えた。お金もある程度は持ってきたので、予算内で十分いろいろな種類の中から吟味する事ができそうだった。僕には、初めての二人で過ごすクリスマスに贈るプレゼントとして、これ以上にないほどふさわしいように感じられた。

 数十分かけて、ゆっくりと姫川さんが持っているところを想像しながら選び出し一つは、漆黒のボディを持った手のひらサイズの小さなものだった。小柄な姫川さんには大きいものを上げるのも可愛いのだけど、持ち運びのことを考えると小さい物の方がいい気がした。僕としては家で飾られるよりは、毎日でも持ち歩いて使って欲しいという思いの方が強かったからでもある。

 クリスマスに贈る物が決まった僕は、明日こそ姫川さんに会いに行くことを決意する。右手にはプレゼント用の包装をされたそれが、僕に存在を主張していた。なんとなく姫川さんとの関係修復を後押ししてくれているような気がした。

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