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5、遠距離恋愛(1)

遅くなってすみません。

4話完結、毎日更新する予定です。

 飛行機が定刻通りに着陸し、滑走路をゆっくりと移動する。

 やがて完全に停止してシートベルトのサインが消えると、逸る気持ちを抑えつつ、出口へ向かう人の列に加わった。


 ――先輩、もう来てくれているかな……?

 到着ロビーが見える位置まで来て、素早く先輩の姿を探す。

 自動ドアの向こう。スーツ姿の先輩と目が合って、思わず頬が緩んだ。



「あの、お久しぶりです、先輩」

「あぁ」


 相変わらずのそっけなさ。短い言葉一つで感動の再会シーンを終わらせてしまった司先輩が、私の荷物へと手を伸ばす。


「あっ、大丈夫ですよ?」

「いいから」

「……ありがとうございます」

 先輩が荷物を手に歩き出した。


 ほんの1か月会えなかっただけ。それでも会社帰りの先輩が見慣れないスーツを着ているせいか、緊張と照れくささとで頬が火照ってくる。


「幸子さんたちは?」

「いろいろ行きたい場所があるらしくて、今朝の早い便で先に来ています。式場のホテルに1泊だけして、もう明日には帰るみたいですよ。あっ、明日もし先輩の時間が取れれば、お茶でもどうかって言っていました」

「分かった。それにしても、よく俺の部屋に泊まるのを許してもらえたな」

「私から言い出す前に、久々に会えるんだから二人でのんびりしてきなさいってお父さんが言ってくれて……」


 信じられないほどあっさりと。両親は司先輩との付き合いを認め、なんだかもう自分の息子のように扱っている。

 それは多分、先輩が卒業前の忙しい時間の合間を縫って、幸子たちから声が掛かるたびに実家まで足を運んでくれていたせいかもしれない


「どこかで飯でも食って帰るか」

「はい」


 地元では考えられないほど込み合う電車を乗り継ぎ向かったのは、先輩の部屋の近くにある、おしゃれな小さいイタリアンのお店だった。

 落ち着いた雰囲気の店内はとても居心地が良くて、お客さんの数もちょうどいい。


「わぁ、このパスタすごく美味しいですね!」

「美味いな」

「このお店にはよく来るんですか?」

「いや、一度だけ。引っ越しの日にたまたま見かけて入ったことがある」

「そうですか」


 見知らぬ街と、社会人らしいスーツ姿。慣れた様子で電車を乗り継ぐことのできる司先輩には、もう私の知らない新しい日常が確かに存在している。

 それは分かりきっていたことだけど、一緒に暮らし、大学も部活も、お気に入りのお店までも共有していたあの頃とはもう違うのだと思うと、ちょっぴり寂しくなってしまう。


「部内の様子はどうなってる?」

「この前話した新入部員12名、全員やめることなく頑張ってますよ。この前の飲み会で去年のリーグ戦のビデオを見たんですけど、みんな司先輩に会ってみたいって言っていました。なんだか、自分が3年生になったってことがぴんと来ないです。いつまでも下っぱ感が抜けなくて……」

「パシられすぎだからだろ? きっぱり断れよ」

「一応断ってはいますけど、聞くような人じゃないし……なんだかすごく寂しそうだから」


 どこまでも偉そうな泰吉先輩だけれど、社会人としてはまだ一年目のひよっこだ。

 会社で色々とつらい思いをしているのか、最近先輩のイジワル度とさみしがりや度が急上昇しているような気がする。

 泰吉先輩の飲み友達である小太郎も、仕事が大変そうだと言っていたし……。


「司先輩はどうですか? 仕事はきつくないですか?」

「別に」 

「意地悪な上司とかいませんか? 先輩にいじめられたりとかは……」

「するかよ。どこにだっているだろう、合わない人間の一人や二人」


 帰りがいつも遅いようだし決して楽ではないのだろうけれど、とりあえず上手くいってはいるのかな。

 確かに、ものすごく怖い上司がいたとしても、司先輩がいじめられている姿は想像できないかも。


「チームの人も同じ建物内にいるんですか?」

「二人いる。フロアは違うが」

「そうなんですか」



 食事を終えると、近くのコンビニで明日の朝食などを買い、先輩の新しい部屋へと向かった。


「どうぞ」

「お邪魔します……」


 以前の部屋よりも少し広い、真新しい部屋。そこに置かれている家具はほとんど見覚えのあるものばかりなのに、なぜだか妙に緊張してしまう。


「結構遅くなったな。先に風呂使うか?」

「あっ、いえ! 私はあとでいいです。先輩がお先にどうぞ?」


 ほんの少し前までは当たり前だったやり取り。それすらも声が上ずってしまい、恥ずかしさから目を伏せる。

 テレビをつけても、買ってきたお茶を飲んでみても緊張が抜けてくれない。

 先輩がお風呂から出て来ると、逃げるようにしてバスルームに向かった。


 今日空港で会った時から、ずっと……。どうして私ばかり、こんなにもドキドキしてしまうんだろう。先輩なんて、少しそっけないぐらいなのに。

 

 何とか気持ちを落ち着かせたくて、いつもより時間をかけてお風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かす。

 いよいよ何もすることがなくなって仕方なくバスルームを出ると、ベッドの上に座る先輩と目が合い、びくりと全身が固まった。


「遅い」

「あ、あの」

「香奈」


 すっと伸ばされた手に引き寄せられるように、ぎこちなく歩み寄る。

 最後の一歩を躊躇した時、先輩が私の腕をとって引き寄せ、抱きしめた。


「――会いたかった」


 耳元で聞こえた言葉に、じわりと瞼が熱くなる。

 この一か月ちょっと。会いたくて会いたくてたまらなかった人が、今ここにいる。

 切なげな声が寂しかったのは私だけではないのだと教えてくれている気がして、その懐かしい温もりに、恥ずかしさもさっきまで感じていた戸惑いも消えていった。


「……私も」

 温かな広い背中に、そっと腕を回す。

「ずっと会いたくて、寂しくて、先輩のことばかり考えてて、それで……」

 言葉と共に涙まで溢れそうになり、ぐっと堪える。

「……大好きです」


 会えない寂しさを募らせた分だけ、人は素直になれるんだろうか。

 普段は言えない言葉が自然と出て来たことに驚いていると、先輩が僅かに体を離し、私の顔を覗き込んだ。


「お前……酒飲んだか?」

 半分冗談、そして半分本気で疑っていそうなその問いに、思わず笑ってしまう。

「飲んでません」

 そう言って首を振ると、先輩がふっと微笑み、こつんと額を引っ付けてきた。

「俺も……お前のことばかり考えてた」


 ――どうしよう。幸せすぎて、泣いちゃいそうだ。


 先輩の手が優しく頬にふれる。

 二人の唇が重なる瞬間、そっと目を閉じた。








 土曜日に行われた従姉の結婚式のあとは、アメフトの練習を終えて迎えに来てくれた司先輩とお父さん、お母さんと一緒に、ホテルのラウンジでお茶を飲んだ。


 そして日曜日の朝。

 司先輩と共に、今日の練習試合が行われる会場へと電車で向かう。

 少し古い球技場につくと、入り口横の開けた場所に、司先輩のチームの人たち、そしてマネージャーさんらしき女性が集まって楽しげに話しているのが見えた。


「あの、私はもう、観客席に行っていましょうか?」

 なんとなくあの中には入りづらい気がして、先輩に問いかける。

「先に紹介しておくから、一緒に来い」

 そう答えた先輩に手を引かれ、少し緊張しながら後に続いた。


「おはようございます」

「おう、上原お疲れさん!」

「おはよう」

 周りの人たちが笑顔で声を掛けてくる。そして後ろにいた私に気付き、目を丸くした。


「誰、この子。もしかして噂の彼女ちゃん!?」

 ――噂? 噂って何だろう。

 沢山の人に顔を覗き込まれ、慌てて頭を下げる。

「お、おはようございます」

「うわ、可愛い! 名前は? まだ大学生だったよな、いくつ?」

「平川香奈、俺の二つ下で大学3年です。すみません、ちょっと主将に挨拶してきます」

 先輩が代わりに答えてくれ、今度は綺麗な女性と打ち合わせをしている男性の元へと向かった。


「松岡さん」

「あぁ、上原おはよう。今日は頼むぞ」

 20代後半ぐらいだろうか。背の高いがっしりとした男の人が、人懐っこい笑顔を浮かべて先輩の肩を叩く。すると隣にいた女性が私に気付き、微笑んだ。

「もしかして、前に言っていた上原君の彼女?」

「はい。――香奈、主将の松岡さんと、奥さんでマネージャーの亜紀さん」

「あっ、はじめまして。平川香奈です」


 亜紀さんって、なんて綺麗な人なんだろう。

 大人っぽい洗練された雰囲気と優しい笑顔。芸能人かモデルさんだと言われても納得してしまうほどの美人だ。


「はじめまして、香奈ちゃん。上原君に会いに来たときには、練習場にもぜひ顔を出してね。遠距離になったばかりで寂しいと思うけれど、みんな応援しているから頑張って」

「あ……ありがとうございます」

「上原の活躍には特に期待しているんだよ。卒業したら香奈ちゃんもこっちに来るんだよね? その時にはぜひ、マネージャーとして亜紀を手伝ってやってよ」


 亜紀さんと松岡さんの優しい言葉に、じーんと胸が熱くなる。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 そう言って、深く頭を下げた。


 二人は私がアメフトのマネージャーをやっていること、先月まで先輩と一緒に暮らしていたことまで知っていた。

 大学時代、たとえ飲み会の席でも先輩が自分のことを口にするのは見たことがなかったから、司先輩が出会ったばかりの人たちにそこまで話していたことに、とても驚いた。


 その後も沢山の人に声を掛けてもらい、挨拶を交わす。

 試合の準備に入る先輩たちと別れ、2階にある観客席へと向かった。



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