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4、釣り対決part2(1)

番外編第四弾。小太郎視点。

2話完結になります。

 まだ肌寒さの残る4月初めの土曜日、早朝4時――。

 大学近くの香奈ちゃんのマンションまで車で向かうと、すでに外に出て待っていた香奈ちゃんが笑顔で手を振ってきた。


「おはよ、香奈ちゃん」

「おはよう、小太郎」

「乗りなよ」

「うん、お邪魔します。……あ、ここに乗っちゃったら咲良ちゃんに悪いかな?」


 助手席に座ろうとした香奈ちゃんが、ふと顔を上げて聞いてくる。

 色んな意味で鈍い香奈ちゃんは、変なところで心配性だ。

 半年ほど前に付き合い始めた俺の彼女は、香奈ちゃんの親しい友人でもあるというのに。


「いや、今日は咲良来ないし、元からそんなの気にするような子じゃないだろ」

「そっか。咲良ちゃんって見かけによらず体育会系だもんね。そんな些細なこと気にしないか。じゃあお邪魔します」

 香奈ちゃんが安心したように笑って助手席に座り、ドアを閉めた。


 まだ夜が明けきらない春休みの学生街は、とても静かだ。

 対向車のほとんど来ない道を、ここから1時間ほどの距離にある漁港目指して走り出す。


「香奈ちゃん、もう朝飯食った?」

「ううん。朝早いから小太郎何も食べてないんじゃないかと思ってさ、おにぎりと温かいお茶を持ってきたよ。食べる?」

「おっ、いいね。さすが香奈ちゃん」

「はいどうぞ」

「ありがとう」


 信号が変わったタイミングで、香奈ちゃんがラップに包まれた大きなおにぎりを手渡してくれる。

 触れればまだ十分温かく、車を運転する俺の食べやすさを考えてか、一つのおにぎりの中に数種類の具が入っているみたいだ。


「ん、うまい」

「ほんと? よかった。――それにしてもさ、今日の釣り、先輩たち気合入ってるよね。朝の5時に現地集合だなんて」

「そうだよな。大抵夕方から行ってのんびり夜釣りするのにな」

「でもなんでわざわざ別々に行くんだろう。清田先輩の車だったら全員乗れそうなのに」


 今日のメンバーは、OBの中でも特に釣りが好きな清田元主将、泰吉先輩、翼先輩と、新しく副将になった中野先輩、そして俺たち二人の計6人だと聞いている。

 以前ならメンバーに加わっていたはずの司先輩は、会社の研修に参加するため先月からすでに東京暮らしだ。


「香奈ちゃん、最近どう? 一人の生活にはもう慣れた?」

「うーん、昼間は部活とかあってそんなに感じないんだけど、夜とかお休みの日はちょっと寂しいかな……部屋がすごく静かなんだよね」

 最近少し元気がないなと思っていたら、やっぱりそのせいだったらしい。


「あっ、でも今月従姉の結婚式で東京に行くし、7月の合宿の頃にも先輩が帰ってきてくれるらしいから大丈夫だよ」

「結婚式?」

「うん。三つ年上の従姉でね、東京の人と結婚するんだって。式は土曜日なんだけど、黒木主将がのんびりしてこいって言ってくれたから、日曜日にある司先輩の試合を見てから帰ってこようと思って」

「へぇ、いいね」

「うん。練習試合だけど、すごく楽しみ。でも先輩の試合をベンチからじゃなく観客席から見るのって、何だか変な感じだよね」


 香奈ちゃんが無邪気に笑う。

 あまり心配はしていなかったけれど、やっぱりこの二人の仲は遠距離になっても変わらないらしい。

 楽しげな香奈ちゃんの話に耳を傾けているうちに、ほぼ予定通り、先輩たちとの待ち合わせ場所に着いた。




「――ねぇ、小太郎。本当にここであってる?」

「うん、そのはずなんだけど……」

 香奈ちゃんが戸惑うのも無理はない。

 カーナビを頼りに待ち合わせ場所へと着いてみれば、そこは20隻ほどの船が停泊している小さな漁港だった。

 足元の海を覗くと水深は浅く、とてもまともな釣りができそうな感じではない。


「なんでいつもの防波堤じゃないんだろう。あそこのテトラポット、結構釣れるのに」

「そうだよな」

 どう見てもここで釣るとは思えない。一度集まってから移動する気だろうか。

 ふと、船の上で何か作業している人が目に入る。

 まてよ。漁港に集合って、もしかして――?


「あっ、先輩たち来たよ」

 香奈ちゃんの声に振り帰る。

 隣に止められた清田先輩の車から、先輩たちが眠たげな顔で降りてきた。


「おう、早かったな、お前ら」

 泰吉先輩が、クァーッと大きなあくびをする。

「おはようございます、泰吉先輩。今日はここで釣るんですか?」

「あぁん? こんなところで釣れるか、バーカ」

「え、じゃあ一体どこで?」


 香奈ちゃんが首を傾げた時、清田先輩が一隻の漁船に目を向け、そこで作業している年配の男性に声をかけた。


「田所さん」

「おう、隆盛、泰吉、久しぶり! 元気だったか」

「はい、お久しぶりです。田所さんも相変わらずお元気そうですね」

「あたりまえだ。まぁ、とにかく乗れよ、早いとこ行こうぜ!」


 ――あぁ、やっぱり。

 移動する気なんだ。車ではなく……この船で。


「ま、まさか、今日の釣りって!」

 後ずさりした香奈ちゃんを、泰吉先輩が素早く捕まえる。

「あれ、清田のオヤジのダチなんだよ。ほら、さっさと乗るぞ」

「むっ、むむ無理ですっ!!」

「あ? 何言ってんだ、お前」

「私はここで留守番します! こっ、ここから先輩たちの航海の無事を祈ってですねっ」

「おい中野、ぼさっと見てないで、とっととコイツを船に乗せろ」


 泰吉先輩が香奈ちゃんを掴んだまま中野先輩を呼びつける。

 もう本当に、この人は……一体どこまで香奈ちゃんのことが好きなんだよ。

 合宿中、香奈ちゃんがマジで溺れたのを知っているくせに、普通そこまでして連れて行くか?


「助けてぇっ、中野先輩!」

「悪いな、香奈。でももう溺れることはないから安心しろ。ほら、コレ着ておけば大丈夫だ」

 中野先輩が苦笑しながら香奈ちゃんを肩に担ぎ、明らかに子供用の救命胴衣を差し出す。

 でもパニック状態の香奈ちゃんがそんなものを受け取るわけがない。

 全力で逃げ出そうとする香奈ちゃんの腕が顔にあたり、中野先輩がイテッと声を上げた。


「泰吉先輩、いくらなんでも香奈ちゃんに船釣りは無理ですよ。このあと部活もありますし、俺と香奈ちゃんは遠慮して――」

「おい、ブス」

 俺の言葉は当然スルーで、泰吉先輩が中野先輩の肩越しに香奈ちゃんと向き合う。


「お前、本当に行かないつもりなんだな?」

「はいっ!!」

「そうか、残念だな。今日の釣り対決でお前が俺に勝てば、コレをやろうと思っていたんだが……」

 泰吉先輩が上着から何かを取り出し、香奈ちゃんの前でひらひらと宙に泳がせる。するとそれまで激しく暴れていた香奈ちゃんが、ぴたりと動きを止めた。


「今のって……」

「おう。翼から入手した、司のサッカー部時代の写真だ」

「先輩待って! もう一度! もう一度だけ見せてください!」

「なんでだよ。お前は行かねぇんだろ? あぁ、そういえばついでにもう一つ、こいつも用意してあったんだがな」

「それは!?」

「司の高校最後の試合のDVDだとよ」

「そうだよ。香奈ちゃんが喜ぶかなと思って、持ってきてみたんだ。その試合の司、マジでカッコ良かったよ」


 司先輩のサッカー部時代の先輩でもある翼先輩が、オレでも惚れそうだったなぁ、などと爽やかな笑顔を見せる。

「最後の試合……久々に見る、動く司先輩が今そこに……」

 香奈ちゃんが中野先輩の肩の上で小さく呟いた。


「ま、お前が行かないんならしょうがないな。必要ないならコレは海にでも沈めるか」

「うわぁ待ってください! のっ、乗ります! 絶対乗ります!」

「本当だな?」

「香奈ちゃん!?」

「い、今乗りますから!」


 香奈ちゃんがあたふたと中野先輩の肩から降り、震える手で小さなライフジャケットを着始める。

 そして何度も留め具を確認すると、おぼつかない足取りで船に向かって歩きだした。


「おい、大丈夫か嬢ちゃん。なんか死にかけの小鹿みたいになってっけど」

「だ、大丈夫です……多分」

 船長が手をのばし、香奈ちゃんが船に乗り込むのを手伝う。

 乗った途端ずりずりと腹ばいで移動しはじめた香奈ちゃんを見て、先輩たちがゲラゲラ笑いだした。


「何やってんだよ、ブス。いつもテトラポットの上を余裕な顔でぴょんぴょん飛んでるくせによ」

「あれは陸地、ここは海の上です!」

「香奈、お前船にいる間中ずっとそうしてる気か?」

 清田先輩が苦笑する。

「う、海を見なければ、何とかなるかと」

「海を見ないでどうやって釣る気だよ。ただ船に乗るだけじゃなく、俺に勝たないとやらねぇぞ?」

「そ、そういえば勝負ってどんな勝負ですか? 私、船釣りって初めてなんですけど」


 香奈ちゃんだけでなく、俺も船に乗っての釣りは初めてだ。 

 いつもは先輩たちから余った竿を借りていたけれど、今日は船長が用意してくれたのか、電動リールつきの竿がすでに人数分、左右均等に6か所セットされている。

 それぞれの場所には、餌にするアミエビ(小さなエビ)がたくさん入ったザルと、魚を入れるバケツが一つずつ。


「おい嬢ちゃん。その仕掛けの先にエサ用のカゴがついてんだろ? まずはそこにアミエビを詰めて準備しておくんだ。んで、今から沖のポイントに行って俺が魚のいるタナの深さを教えるから、電動リールのここを解除して仕掛けをその深さまで落とす。速攻でだぞ? この窓に水深が表示されるから、正確にな。そのあと竿を上下に振ってカゴに入った餌を撒けば、疑似餌の付いたハリに魚が食いつく。簡単だろ?」

「わ、わかりました。あの、どんな魚が釣れるんですか?」

「ん? 今日は泰吉から、ちっこいのも一人連れて来るって聞いていたからよ、てっきり子供連れだと思って波の穏やかなポイントでの五目釣りにしたんだが……まぁ、嬢ちゃんにはちょうど良かったかもな」


 船長が床にへばりつく香奈ちゃんを見下ろし、苦笑する。

 なるほど。だから子供用ライフジャケットが用意されていたわけだ。


「魚としては、アジ、メバル、カサゴあたりかな。結構いい型のが上がってるよ」

「じゃあ、泰吉先輩と香奈ちゃん、どちらが多く釣ったかで勝負ですか?」


 余裕のない香奈ちゃんに代わり尋ねてみる。

 清田先輩が「いや」と首を振り、ニッと笑った。


「魚の種類とデカさで、俺がポイントつけてやる」


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